1-3 不審
「どうしたカラス、今日はエラい不機嫌だな」
木村さんに顔を覗き込まれる。きっと相当ヤバい顔をしていたのだろう。
いつも何かと気にかけてくれる木村さんを邪険にするのも憚られて、重い口を開く。
「いえ、その……ちょっと昔嫌な目に遭わされた奴が隣に引っ越してきて」
「そりゃキツいわ。会った瞬間大バトル?」
「にはならなかったです。あっちは覚えてなくて、俺も確信するのに大分かかったんで」
「余計モヤモヤすんな……まあなんだ、あんまり気の利いたカッコいいこと言えねーけどよ、せめて顔合わせないで済むといいな。最悪知らないフリしときゃなんとかなるだろうし」
「はい……」
木村さんがニヤッと笑って俺の背中をバシバシ叩く。
「午後の回収も頼んだぞー、お前が真面目で俺本当に助かってんだからな」
弁当を畳み、木村さんの後について収集車に乗り込む。いつもどおりの午後の回収ルート辿ってゴミを回収すること数回。焼却場で収集車の中を空にし、ついに次の回収が最後になった。
通りがかったのは、俺が住んでいるよりは上等なアパートのゴミ捨て場。俺がごみ袋をボックスの中から拾い上げ、関が収集車まで持っていき、木村さんが回転板の中に袋を押し込んでいく。今日一日で随分連携が綺麗になったなと感慨深く思いながら一つのゴミ袋を持ち上げた時、妙な違和感があった。
……重い。ついでに重さのバランスが悪い。
住人が頓着して燃えないゴミでも捨てたんだろうか、中身の入った瓶とか。が、表からは確認できない。
燃えるゴミの日に燃えないゴミを回収するわけにはいかない。当然だ、それぞれの日でトラックの行き先は違うのだ。
そして、「燃えないゴミが入っているかも知れないから」という俺の疑念だけで、このゴミを回収しないで置いていくことも出来ない。
では、どうするか。
ゴミ回収ボックスの前にごみ袋を置き、俺は指定ゴミ袋の結び目を解いた。一般市民が勝手に開ければプライバシーの侵害だが、ゴミ清掃員が開けるならそれは業務上必要な確認だ。
袋の中をかき分ける。ティッシュや無造作に捨てられたDMやその他封筒の奥に、それはあった。黄色いビニール袋をさらに開いて、その正体を目の当たりにする。
「なんだこれ……金庫か?」
袋のほぼ中心部に鎮座していたのは、手提げの金庫だった。前のバイト先で、店を閉める間レジの中身を保管するために使っていたのを見たことがある。
一般家庭で一体なんの用途に使ったんだろう。そして、どうして燃えるごみの日に。……町内会の屋台の集金用とかだろうか。
まあ、推測しても仕方がないことだ。このゴミ袋ごと収集不可として置いていくしかないと思いながら金庫を戻そうとした時、ドタドタドタと騒々しい足音が近づいてきた。スニーカーにつま先だけを突っ込んだ男が、顔を真っ赤にしながら俺に詰め寄ってきた。
「おいお前! 何勝手に人様のゴミ覗いてやがるんだ!」
「ゴミ収集です。不燃ごみが混入していないか確認させていただいています」
「開けんなっつってんだよこっちは! 話通じてねーのか!?」
……面倒なクレーマーが来てしまった。
まだ四十路には届いていないだろうに、悪い姿勢、無精髭、それに怒りのせいだけではない赤ら顔で、年齢以上に随分とくたびれて見える。
「とにかく、このゴミは回収出来ませんので」
「その程度持っていけよこの税金泥棒が!」
「規則ですから」
税金泥棒と呼ばれようと、こっちも仕事だ。というか不燃ごみが焼却炉に混入すると、それだけで炉の温度は下がるわ、溜まった大量の燃え残りの清掃作業が発生するわで、それこそ無駄な作業に税金が投入される仕組みになっている。痛むのは俺の財布ではないが、ここは引き下がれない。
自他共に認めるところの目つきの悪さを遺憾なく発揮して男を見返すと、怒りに染まった表情が大きく歪む。
「……もういい! 返せ!」
そう言うと、男は猛然と俺の手から金庫をもぎ取って抱え込んだ。そして止める間もなく、またドタドタと階段を登ってアパートの中に引っ込んでいった。
なんだったんだ。呆然としていると、関と木村さんが心配そうにこちらに近寄ってきた。
「災難だったなーカラス。あいつ滅多にかち合わないんだけどな、運が悪かったなぁ」
「よくあることとはいえ勘弁してほしいですよね……結構有名な人なんですか?」
「たまーにしか遭わねーんだけどよ、その一回のインパクトのデカいやつなんだよ」
「なるほど……」
「手伝うからよ、残りのゴミも回収しちまおう」
「俺も手伝いますよ、あとちょっとっすよね」
「ありがとうございます」
「なーに、お互い様だろそんなの」
「昨日助けてくれた分っすよ」
同僚の親切心に触れた感動で気を取り直し、改めて金庫分のスペースの空いたゴミ袋の中を確認する。追加で二、三個のビールの空き缶を見つけてしまったので、俺は最初の予定通り収集不可シールに諸々の書き込みをして貼り付けた。
「うっし、あと三箇所だ。これ以上のこと起きる筈ぁねーから気楽にいこうぜ」
「はい」
「ウッス」
俺と関はそれぞれ返事をして再び助手席に乗り込んだ。
次の回収をする頃には、俺は前の集積所での理不尽をただの日常の一コマにしてしまっていた。
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