醜い蛹

 気がついたら、両手両足を何故か縄で縛られていた。

 なんで今更こんなことになっているんだろうか?

 特注の鎖付きの首輪があるから、この屋敷から私が逃げられないことなんて分かっているだろうに、なんだって今更。

 そう思っていたら背中を強く押された。

 悲鳴を上げかけたけど、その直前に衝撃。

 私はどうも狭苦しい穴の中に落ちたらしい、手足が縛られているのも相まって、身動きが取れない。

 それでも首は自由に動いたので上を見上げる。

 穴から彼が此方を覗き込んでいた、その顔に浮かんでいたのは――彼が人を殺す時によく浮かべる微笑みだ。

 背筋が怖気だった、逃げろ逃げろと全身が暴れ出すけど、何をしても無駄だった。

「――蛹よ、その中は」

 彼は声音を低めてそう言った、意味がわからない。

 どうして、なんで、だって私は醜い、この人に殺される価値など一つもない醜女だ。

 面白半分で飼われているだけの醜いヒト科の生き物だ、なんでなんでなんで。

「あなたも一度ドロドロに溶けたら、あなたの妹みたいに綺麗になるかもしれないわ」

 彼はそう言って、バケツで汲んだ何かを此方に向かってぶちまけた。

 ぶちまけられたのはどろりとした謎の液体、チョコレートの匂いと、腐った肉の臭いと、虫の体液の臭いがごちゃ混ぜになった酷い臭いをしている。

 その液体がかかった直後に、肌の表皮がずるりと剥けた。

 赤くぷるりとした肉が露出する。

 露出した肉も液体に犯されて、じゅくりじゅくりと溶けていく。

 痛みはなかった。

 だけど、肌が、肉が溶けていく悍ましい感覚だけが鮮明に。

「――――っ!!?」

 泥水のような叫び声と上げていた、涙を流しながら慈悲を乞うた。

 それでも容赦なく、肉を溶かす液が何度も私の身体にぶちまけられる。

 皮膚が消える、肉が蕩ける、ああ露出した骨すら溶けていく――

「どうせなら美しく生まれ変わりなさい。――そうすれば、丁寧に丁寧にころしてあげる」

 そんな声と共に腐りかけの妹の生首が降ってきた直後に、意識がぷっつんと途切れた。


 自分があげた絶叫で目が覚めた、要するに夢オチである。

 ぜひゅーぜひゅーと全力疾走させられた時よりも荒い息を立てながら、混乱する心を落ち着かせる。

 しばらくして冷静になった。

「あ、ははは、は……」

 とんでもない悪夢を見たものだと、いっそ笑えた。

 ……ところで今結構な叫び声を上げてしまったけれど、大丈夫だっただろうか?

 もし起こしてしまっていたのなら、とても悪いことをした。

 思わずカーテンを少しだけ開けて外を見る。

 外は薄ら明るかった、夜明けが近いのだろう。

 もし起こしてしまったのであれば、怒っているかもしれないし、ひょっとしたら心配しているかもしれない。

 もう一度寝たら同じような夢を見てしまいそうだし、一度謝りにいくか。

 起きていないようなら声をかけずにこの部屋に戻って来ればいい、起きていれば一言謝ってそれで終いだ。

 その後は、窓の内側から夜明けを見守ろう。

 そう思って、首輪の鎖を引き寄せる。

 これを引きずる音で起こしてしまったら元も子もない。

 なんて思いつつ、違和感。

 寝ぼけ頭ではその違和感の正体に気付かず、引き寄せて、引き寄せて。

 からぶった。

「――ん?」

 この鎖の先は、この部屋の壁に埋め込まれているよくわからない金具につながっているのだ。

 この屋敷の三分の一くらいは自由に動き回れるくらいは長いけど、それにしたって弛みすぎでは?

 からぶる直前に掴んだ箇所から恐る恐る鎖をたどる。

 途切れていた。

「――――は?」

 慌ててカーテンを全開に。

 鎖は、途中で切れていた。

 

 鎖をまとめて抱え込んだ後、大急ぎで部屋を出る。

 一体どうして、なんで。

 そう思いながら、走る。

 ジャラジャラと鎖が五月蝿い。

 それでも走って、途中で違和感。

 へんなにおいがする。

 それは、腐臭に似ていた。

 酸っぱいような、嫌な臭い。

 臭いが強い方向に向かって走る、なんだかとっても嫌な予感がする――

 匂いを追って最終的に彼の自室にたどり着いた。

 鎖のせいで今まで入ることが叶わなかったその部屋のドアは半開きになっていた。

 恐る恐るドアノブに手をかけて、開く。

 広いけど、ものが少ない部屋だった。

 広い部屋の真ん中に、大きな鏡と、とても大きく頑丈そうな水槽らしきものが置いてある。

 臭いの元は、その水槽の中身だった。

 大きくて透明なガラスケースの中に、ピンクと赤が混ざったぶよぶよとした何かが入っている。

 ――なんだこれ。

 そう思って、それに近付いて中を覗き込む。

 糸の塊のようなものが水槽から少し溢れていることに気付いた。

 糸じゃない。ああ、これは――髪だ。

 見覚えのある色の、長い髪。

『――蛹よ、その中は』

 悪夢で聞いた彼の声が何故か脳裏に響いて――水槽の中身がナニであるか気付いた。

 気付いて、しまった。

 その後のことは、よく覚えていない。

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