第3話 邂逅


真鶴邸で真鶴と俺が1度目の死を体験した後の話を訊き、話した。『人ならざるモノ』に接触、会話、憑依と云った事が出来る特異体質であること。


高校入学以前の記憶を持ち合わせていないこと自分が何者なのか分からないと云うこと


蘇った肉体の無事を知り安堵の息を漏らした真鶴の表情を雅はじっと音も立てずに見入っていた為、その時話していた真鶴の話を聞きそびれたまま相槌打ったが特に指摘はされなかった。


昨夕の出来事が嘘のように廊下や教室、校内で聞こえる音何の変哲もない普通の日常へと引き戻す。

クラスメイトとの何気ない会話、他愛の無い会話。当たり前の授業風景や全ての授業が終われば、部活動をこなす運動部や文化部の姿が当たり前に見られる


「なあ真鶴クラスの奴が噂してる廃旅館の話ほんとだと思うか?」


「…多分ほんとだと思う。微弱だけど魂を感知できるから」


話を遡ること昼休み。

幽霊旅館と呼ばれる町の郊外で廃墟と化した元旅館内で肝試しに行った複数人の生徒達が廃旅館内の一室で幽霊を見たと言って騒いでいた。

広い旅館内を探索して地下を見回り地上1階、2階、3階を見て回ったらしい。3階まで行ったものの何もなく帰る為に2階へ続く階段を降りた所、突如音が聞こえたらしい。

耳を澄ますと地面と接触して跳ね上がる音だとわかり、生徒達は音の鳴る方へ進行した。すると、扉一面に幾枚モノ札が貼られ、明らかにそこだけ雰囲気が違う一室に一同は息を呑んだ。

中から球の跳ねる音が聴こえ、引き戸は開かず3人の男子生徒の力を持って扉を蹴り破る。

勢いよく扉は飛んで地面にバタンと音を立て倒れ現れた部屋の奥には、日本人形が室内を囲むよう雛壇に置かれた一面に飾られており、日本人形達のケタケタと口を動かし笑い声を発する姿に恐怖してその場から逃げ出したとのこと。


で真相確かめる為にこっそり1人で向かおうとした所を真鶴にバレて一緒に解明しに行くことなったわけだ。


「まさか真鶴も来てくれるとは思ってなかった。除霊とか出来んの?」


「真相が本当なら除霊してあげないと。魂が永遠に帰る所を喪ってしまう可能性もあるから。普段から除霊札は持ち歩いてるから問題ないよ。」


その後も他愛もない会話をしながら、町郊外の廃旅館の入口まで自転車を用いて雑木林付近まで走らせた。

雑木林内の途中に入口を見つけた2人は自転車から降り、全く手入れがされていない雑草が生え散らかした道を掻き分け進む。暫く進むと関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板を見つけた。文字は薄れ、緩みきったロープは地面に落ちており、まるで意味を為さないロープを踏み抜け奥に続く道を進む。


実際、廃旅館を目の当たりにすると雰囲気に呑まれそうになる。

雑木林に面した場所に建てられており、ジメジメとした薄暗い陰湿な雰囲気。廃旅館に足を踏み入ると、足先から全身を駆け抜けた魔力の波長には、明らかに侵入者に対して凄まじい拒絶と嫌悪感が孕んでおり、雅の背筋が凍り付き警戒心が高まる


「これ明らかに妖の力だよな‪──‬」


ソレといった影は一切見当たらず、嫌悪感を孕んだ魔力の瘴気に当てたれた雅は心なしか吐き気を催し口を抑える


「間違いなく妖だよ。結界が3つも張られてる。憂懼ゆうくの結界は、魔力を持たない人間や下級の妖に恐怖心を与たえてる力を持った結界。謝絶しゃぜつの結界は、嫌悪感や体調に影響を与えて警告を促すもの。戒飭かいしょくの結界は踏み込んだ者の位置を特定して常に動きを把握ができる結界。厄介な結界が張られてる。私達の位置は常にバレてるから、油断出来ない。あと、染崎君は後ろを付いて来てね。私の魔力で結界を阻害して染崎君の肉体へのダメージを軽減させるね」


「わりぃ。頼むさっきから吐き気が催してる」


青覚めた顔をしている自覚があったし、俺の言葉に真鶴は頷き「少しは違うと思う筈。辛かったら声掛けて」そう言って止めた足をうごかす。


2人のスマホのライトが薄暗い空間を照らす。微かな光を頼りに旅館の開けた廊下を足早に進んでいく。

なるべく俺に対して負担を掛けまないと真鶴が背中越しにこちらのペースに合わせつつも、根源の方向を辿り進行する。

廃旅館に足を踏み入れた時に比べて明らかに催した吐き気は薄れ、体調が戻りつつあることに気づく。

廃旅館の内装は面影がある程度に保たれているものの輩達がスプレー缶で描き記したアートとも全く呼べないセンスのない落書きに床に散乱した荷物などは腐敗しており、廃墟に相応しい荒れ方は伊達ではなかった。


結界に動じてる様子もなく真鶴は淡々と足早に噂の2階へと続く廊下の中央部から上り階段と下り階段を見つけ、共に階段を上る。一歩進む毎に無音の室内に軋む木造階段の音が反響し、不気味さを促すが動じずに踏破していく真鶴の姿に不思議と安心感と心強さに安堵の息を漏らし背中を追い掛ける雅。

階段を上りきった2人の前に左右に伸びる長い廊下が広がっており、結界の中に溶け込む妖の魔力だけを掬い感知できる真鶴は「左の一番奥の部屋に妖が居る」そう言って迷わず妖のいる部屋へ向けて進行した。


先程から真っ直ぐ歩いてる。

筈なのに真っ直ぐと捉えている眼前には、捻れた廊下が映され、壁をグルグルと歩行している錯覚を引き起こしていたのだ。平衡感覚の狂いを覚える雅とは対照的に梓にはその様子が全く見られない。

まるで干渉することが出来ていない

もしくは、干渉しているが効果が全くない

雅の瞳にはそう映った。


「着いたよ染崎君。感覚とか変じゃない?あの廊下平衡感覚とか感覚器官に影響を与える術式が組み込まれていたみたい。」


「だいぶ効いてる。視界が回ってるし平衡感覚今もおかしいけど真鶴は平気なのか?」


「私に幻術式や肉体操作の技は効かないの。」


「そうなのね‪──‬」


言葉を吐いた雅は昨夕蹴り破られた札付きの扉を刮目したが蹴り破られた扉は元に戻っている上に部屋の中から素人の雅ですら感じる魔力が佇んでいる。

真鶴が胸元に手掌を当て抜刀した倶利伽羅を見て思わず声が出た


「やっぱ斬るのか?」


「妖を伐つのが真鶴の使命だから」


瞳から光消え刈る者としての使命を秘めた死神とでも言わんばかりの殺気を孕んだ魔力を漂わせ倶利伽羅を扉に向かって右斜から斜線を描くように振り下ろされた。


扉の切断された音も無く扉は崩れ落ち、梓の右足が部屋の踏み込む瞬間、勢いよく強い回転が掛かりキュルキュル回転音を鳴らして放たれた鞠が梓を襲い掛かる。

しかし、梓の肉体に届くよりも先に軽く一振り倶利伽羅が振るわれた。

真っ二つに割れるように斬られた鞠は地面にゴロゴロと転がり右足に続いて左足も踏み込み、慌てて雅も室内に侵入した。


雅と梓の双眸が捉えたのは二十歳を回っているだろう端麗な容姿の女性の姿をした妖が映る。

薄紅色の着物を纏い、両腕を広げ背後で着物を掴み怯える3人の子供の幽霊を身を挺した体勢をして此方を睨み付けていた。


『此処は立ち入ってはならない場所じゃ。さっさと立ち去れ』


放たれた言葉に込められた強大な魔力は、部屋一面に置かれた日本人形達に生を宿、し不気味で無機質な笑い声を上げ次々と此方へ向かって飛び交いながら襲い掛かってくる。しかし、梓の太刀筋は日本人形の首と胴を綺麗に撥ねていく。

一振り、二振り、三振り、幾度も刃を振るう姿はまさに鬼神の如きと言っても過言ではない。


「真鶴もあんたも待ってくれ」


思わず叫んだ雅の声に2人の動きは静止する

宙を舞っていた日本人形は、糸が切れたように地面にぼとぼと音を上げ転がり落ちた。梓は倶利伽羅の刀身に刺さる日本人形を振り抜く途中で静止した。


『逢魔殿ではないか?──‬違うのう。否、逢魔殿と似通った雰囲気だが全く異なる異質な存在じゃな』


逢魔と呼ばれた。


「貴女は逢魔のこと知ってるんですか?というか、こんな場所になんで籠城してるんですか?」


妖は後ろに匿うように隠す子供達を指差し、語り出す。


『ワシの後ろに隠れる子達はこの旅館で起きた事故に巻き込まれて命を落とした。死んでなおも成仏出来ない可哀想な子達なのじゃ。子供達が命を落とすよりも前からこの土地のこの場所に根を下ろし、人々に運気を与えていた。じゃが、事故の影響で旅館はどんどん寂れていき廃業取り壊す事もままならない状態になってから、この子達の親代わりをしていただけじゃ逢魔殿』


言っている言葉に嘘はないし、子供達の姿は間違いなく真実だろう。

雅は確信する。この妖とは争わなくて済む。


「なあ真鶴、この妖は悪い感じないし事情だけ話して帰──‬」


梓のいる方向へ首だけを向けながら吐いた言葉は空虚に消え、そこには梓の姿形は無かった。

電光石火と云うべき雷の如き疾さで瞬時に間合いを詰めた梓が振り抜く。

一閃の黒き刃から放たれ紫紺の刃紋が残光と共に妖を襲う


『ワシの首をりにきたのか真鶴の忌わしい巫女。』


「一つ残らず刈るのが真鶴の使命」


黒き刃は妖には届いておらず、眼前に張られた守護の結界によって刃を通さず、バチバチと魔力の火花が弾け合う。

弾け合う火花が空間に音を轟かせ、雅の思考を凍り付かせた。


『まるで、桔梗の生写しじゃな。敵に対する慈悲など無さに冷たき憎悪の篭った忌まわしきまなこ


倶利伽羅の黒き刃から放たれた初撃を防がれ、刃を結界から引き離し後方へ飛ぶ。

刹那、斬という文字を体現したと云うべき鉄が空を斬る鋭い風音を高鳴らして、先程よりも鋭く振るわれた太刀筋の刃が結界を容赦なく斬り裂く。

斬られた箇所から消滅する結界から妖が佇む場所までの道がまさに斬り開かれた。


咄嗟、無意識だろう。凍り付いた脳神経を介して伝達された電子信号は思考よりも速く、足は動き妖に背を向けたまま両手を広げた。

雅は身を挺した。

駄々漏れの殺意を放ち切っ先を向けたままの梓を阻止する為に


「そこをどいて」


小さく漏らした声を聞き逃さなかった雅は首を横に振る。梓にとって、それは拒絶の意思であり使命を全うする上では一番厄介な存在であり邪魔な存在。


「ねえ、そこをどいて染崎君」


「退くつもりはない。」


結界が破られた時点で妖に抵抗の意思は無く斬られる覚悟を決めた表情を浮かべ、身を挺して幽霊達こどもたちを庇う姿。

怯えきって涙する幽霊達こどもたちを安心させる為に優しい言葉で諭す姿。

まさに我が子を守る母親のような姿。

助けるには十分過ぎる理由だと思ったし、護りたいという気持ちが逸り盾となって梓に立ち塞がる雅に梓の心は揺れる。


「この妖に戦う意思はもうないだろ。止めようぜこんな無意味なこと」


「無意味なこと?」


ぽつりと言葉を溢した梓の無表情であり、殺気が増すのを感じ雅の背筋から冷や汗が滲む。


「真鶴が今やろうとしていることは平和を啄む行為だ。何でこんな廃墟で結界まで張ってココに根を下ろしてるか本当に分からないのか?この妖はこの幽霊達こどもたちを守りたいって感情があるからだろ。」


梓の殺気に気圧されながらも言葉を強く吐き棄てた。内心びくびくで何故自分でもここまでしているのか理解が出来ない。


「もしそこを退かないなら染崎君ごと斬るよ?妖は悪だ。生命いのちついばみ、人を屠る害悪な種族。滅ぼす為に真鶴の一族が居るのよ」


「もし斬れるなら斬れよ、俺は‪──‪──‬


間が開く。息を吐き出し新たな酸素を取り込み間を閉ざすように‪──‬


‬善悪の区別も無く生命いのちを奪う行為の方が絶対悪だ」


雅の揺るぎのない真っ直ぐに梓を見据えたまなこが梓の心を揺るがし怯ませた。

使命に囚われた彼女の心を貫き迷いを生ませた。

無言のまま倶利伽羅を手掌から離す

梓は戦闘を解除、つまり戦う意思を放棄した

倶利伽羅は光の粒子となって真鶴の胸部に吸い込まれていき姿を消した。着物女性の後ろに隠れていた子供の1人が此方に顔を出し怯え涙を流して『座敷童のお姉ちゃんを虐めないでお願い』声は震えており、子供にそんな言葉を言わせてしまった事に雅は身の縮む思いを感じて必死に口を開いた。

ことの経緯を座敷童と呼ばれる妖に話す

先日の肝試しにきた同級生の話

度々真鶴に送る視線に折れた様子を見せ始めた梓からは完全に敵意が消えていた。

妖、座敷童に向けていた鋭いひとみは普段と同じ穏やかなまなこに戻り殺気の孕んだ魔力も無く。

幽霊達こどもたちに向けて「怖い思いさせてごめんなさい。もう大丈夫だよ。座敷童のお姉ちゃんにもう意地悪しないから許してね」優しく微笑む姿は日常風景で見られる真鶴梓そのものだ。

子供達は顔を見合わせ、座敷童の後ろに隠れたままだが梓の言葉の意図は通じていた。


「その逢魔って何者ですか?」


純粋な興味と共に自身に関係している人物を知りたいという欲求が湧水のように溢れ、座敷童へ問う。


『異業種である妖の王として君臨していた人物じゃ。真鶴の巫女なら逢魔のことを知っている筈じゃろ?教えてやらぬのか?』


座敷童の言葉に雅は梓の方へ顔を向ける。


「私が知っているのは、妖でありながら人を守る為に力を振るった。それと当時の当主である真鶴桔梗を愛していたこれしか知らないの。」


人ならざるモノの異業種にして妖の頂点に君臨する存在は人間の為、1人の女性を最も愛し同胞と戦った異端の王である。


「なんで、妖の王は人を守ったんだ座敷童さん」


『わしも知らないのじゃ。そのことは誰にも語らんかったからのう。ただ、妖にも人を餌にせず、争わず共存している者もおる。私もその1人じゃ。人の肉は口に合わない。それよりも白米や魚の肉、何より日本酒の方が断然美味いのじゃ』


何処から出したのか分からない一升瓶に頬を擦り嬉しそうな顔を浮かべた座敷童と呼ばれる妖の姿に雅も梓も毒気が抜かれていた。


‪──‬‪──‬‪──‬

‪──‬‪──‬

‪──‬

‪─


子供達の幽霊と戯れ仲良くしている雅の様子を梓は遠目から眺め座敷童に問う。


「座敷童さん先程は申し訳ありませんでした。貴女は蔦の事をご存知ですか?」


『構わん。巫女の血統は呪いにも似たモノじゃからのう。蔦は元々下級の妖でのう、巫女の血を持たない人間でも倒せるほど弱かった。私が初めて会った時は薄汚れた見窄らしい姿で同胞の肉を喰らっていた。私の姿を見るや否や肉を持って姿を消した。その後も同胞の肉を喰らい人を喰らい。どんどん力を付け逢魔の右腕となった。だが逢魔とは相反し、人間を糧とする事を拒む逢魔を理解出来ず真鶴と組んだ逢魔に葬られたが最近蘇ったわけじゃ。」


「金髪の妖が関係してますか?」


『金蘭錦が蘇らせたで間違いないじゃろう。何百年も前から蔦に求愛しては振られ、それでも諦めず何度も擦り寄っていたからのう。蔦を蘇られる為の魔力が欲しいと言ってワシの元へ現れた。勿論、ワシは静かにこの子達と過ごしたいからと言ったら襲い掛かって来たからのう。力でねじ伏せた訳じゃが…どう云うことか蔦を復活させるだけの魔力や肉体を見つけたようじゃ』


「1つ良いですか。」


何を問おうとしたのか座敷童は察していた。

真鶴梓という真鶴家の新当主の言葉を。


『ワシは逢魔殿と同じく人と共存する世界を望んでいる。真鶴の使命も理解しているつもりじゃ。だからこそ、力が必要ならば貸すことも惜しまぬ。そちは桔梗と同じ修羅の道に進む必要はないのじゃ。共存は出来るとワシは信じている。何よりワシは人間が大好きなのじゃ』


訊こうとしていた事の答えを先に言われ、見透かされた梓は言葉が見付からず、顔を伏せた。

使命に縛られた真鶴の血統に抗う行為


梓の中に生じた迷いは、元から秘めた楔を更に雁字搦めに絡まっていく

妖という異業種を刈らずに共存することが出来ていれば、先代達の苦しみはきっとなかっただろう。

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