第2話 透明な記憶

染崎 雅は夢を見た経験がない

正確に言うならば過去の記憶が欠如している為、夢を見たという経験がないと認識しており、過去に見た事があるかもしれないという曖昧なモノだ。

即ち高校に入学から現在まで夢を見たと云う経験が全く無い為に夢を見ると言う感覚が未だ掴めず分からない。

だからこそ現在進行形で雅の双眸に映る世界は『夢』の中であると胸を膨らませながらも異質な空間に心が騒つく。

現実世界では起こり得ない事や妄想、想像等と云った記憶の断片から生み出されているのが一般的な『夢』だと雅は認識していた。

とは云え、雅は蔦という人ならざるモノによって命を奪われ絶命したと云う事実は間違いなく真実である。

その線で行くならば死後の世界という可能性も無くもないーー

漠然と浮かび上がる疑問を勝手に結びつけ

『夢の中の死後世界』

そう、圧倒的なこじ付け解釈理論に至る。


「俺の認識は間違ってないという事にしておこう」


まるで自分に言い聞かせ自問自答する様に雅は言葉を吐き出した。

自我を保つ事が可能な上に認識はすこぶる良好。

思考も五感も働いており、視覚、触覚、聴覚は至って平常。

嗅覚と味覚に関しては確かめようがない。

空間そのものは無臭であり、自分の匂いすら感知出来ない上に味覚に関しても以下略。


 降り注ぎ煌めきを放ち続ける星々は空間と視界全面を支配する様に包み込んでいる。足場が水で覆われており、濡れたという感覚は無いが水に触れたという感触は足の裏を通して認識できる。

降り注ぐ星々が水面みなもにも投影され、常に流動を続ける星々は万華鏡さながらと云っても過言ではなく、美しい世界が広がっている


「にしてもコレはどうなんだ…」


思わず雅は声漏らした。

流動的な星々が降り注ぐ空間内を舞踊り流々と泳ぐ様子で飛翔する生物の存在感が雅にとんでもない違和感を植え付けたのだ。

燎原業火りょうげんごうかの如き飛禽ひるいと成す姿をかたどり、6枚翼に明滅めいめつさせながら巨躯を支える様に羽ばたかせ、孔雀の翼を模した5本の尾を宙で舞う。

神々しさ体現していた火の巨鳥は舞い踊り優雅に飛翔姿を雅に魅せ付けながら目の前にゆっくりと降り立つ。


『初めまして新たな継承者』


唐突に問われた事に対しても疑問が浮かぶ上に見た目に似つかわしくない透き通る程、美しい女性の声音が火の巨鳥から発せられるのだから少々戸惑った。


「えっと…は、じめまして。貴女は誰なんですか?」


謎の緊張感から声は上擦り言葉を詰まらせながら何とか吐き出す。


『1つずつ説明します。ここは貴方の深層心理が生み出した世界と私の意識が繋がった事で顕現された空間であり、現実と同じ様に意識を保つ事が出来ているの。』


止まった思考が動き出す。

つまり此処は俺の深層心理の世界で無意識に心が創り出した幻想空間を目の前で座る火の巨鳥の意識が繋がったことで自我を保って意識を持つことが出来ている。


「何となくは理解できましたがもう1つ質問です…俺は死んだんですか?」


『貴方の一部の魔力吸った蔦によって心臓を破壊され殺されましたよ。貴方の破壊された心臓を『烈火の神器』である私の炎で破壊された心臓の細胞そのモノから全て再生させ、心臓の再構築を行い蘇生しました。』


あっなるほど。

つまり俺は生き返ったのか…

この空間にいると云うことも相まって生き返った感覚がまるでない。


「生き返らせて貰った事は凄い感謝してますし、生き返った感覚は無いんですが…何で俺を生き返らせたんですか?」


『ソレは君が特別な力を持っているから』


「それって人ならざるモノが見えたり触れたら話せたらする力ですか?」


火の巨鳥は頷き、再び口を開く。


『その異能力もその1つよ』


その1つ?あっ…そう云う事か


「継承者と言ってましたね」


最初に漏らした継承者という言葉の意味が繋がった。烈火の神器の継承者に俺が選ばれたと言う訳か。


『えぇその通りです。烈火の神器である私が貴方の心に宿されてた時点で継承者に選定されたのです。』


「烈火の神器を継承したって実感は正直無いですし、俺は何をすれば良いんですか?俺の命を奪った蔦って言う人物を殺さないといけないんですか?」


『まずは貴方に私の姿をさらけだしておきます』


言葉の直後、突如、唐突、不意に巨躯を取り巻く業火が渦を為して収束を始めると巨鳥の姿は一変して、ヒトの形状を模す。

目を疑う光景と衝撃に頭を殴られた衝撃に近いものを喰らった気がする。

加えてその容姿が雅に更なる困惑を与えた。

火の巨鳥が成した人間の姿は真鶴 梓の容姿とほぼ一緒なのだから。

『ほぼ』と云うのは真鶴 梓よりも大人びた容姿と雰囲気だろう。加えて、艶やかな長い黒髪を藍色の布で1本に纏めており、高価であろう綺麗な桃色の着物を身に包んだ格好は数年先の梓を連想させ、大和撫子そのものであると思わせる身形みなりに見惚れてしまった

身長も真鶴 梓より少し高いが華奢な体付きなのはまるでそっくり。


『真鶴家3代目当主 真鶴 桔梗です。梓の容姿は私の生写しでも言うのかしらね。凄い瓜二つだから私も驚いてるのよ。遺伝子って凄いわね。』


嬉しそうな口振りで言葉を漏らした桔梗の姿は、我が子を愛でる様な慈愛に満ちていた。


「…えっと…今更ですが染崎 雅です」


後頭部を掻きながら何故かこそばゆさを覚えながら、挨拶をする。すると、優しく桔梗は微笑んだ。見覚えがある。桔梗の微笑む姿はクラス内で見せる梓の笑顔を浮き彫りにして色濃く重なり、胸が締め付けられる様な苦しさを感じた。


「あーえっと桔梗さん烈火の神器ってなんですか…?」


取り乱しかけた事を無かった様に声を発して咄嗟に雅は取り繕う様に手振りを見せながら文言を投げた。


『簡単に云えば生み出し蘇生する治癒の炎と全てを破壊し奪い取る炎とでも言えば良いのかしら。』


「2つの能力ちからを併せ持つ炎なんですか?」


『2つの烈火が神器となったモノ。真鶴の一族が生んでしまった忌むべき力と云うのが正しいのかしら』


「忌むべき力で…真鶴家が生み出した力が何で俺に」


『ーーー貴方をーーー巻きーー』


言葉を言い終えるよりも先に遮る様に、又は被せて言葉を吐露した桔梗は苦悶に満ち思い詰めた表情を浮かべた彼女を見て何も言えなかった。

遮る言葉とは異なる雑音が混ざり言葉を聴き取ることが出来ず、言葉を認識する事すら出来ずーー


「言葉が…」


雑音は更に悪化し、砂嵐のテレビ画面と同じ音が突如として轟き鼓膜を鳴り響く。言葉と云う音を全て掻き消し頭部に鈍い反響音の痛みが一定間隔で襲い掛かる


「痛ッ…待ってくれ桔梗さん、さっきから声が聴き取れーーまだ話はーーッ痛」


『貴方はきっとーー真ーーーを』


頭を抑え、真鶴 桔梗へ視線を送ると酷く辛そうな表情を浮かべて懇願する様に何かを話し続けている。


「駄目だ声が聴こえない」


空間は視界共々、突然歪みを生み出し星々を映し出す空間は壊れ意識がプツプツと途切れていく。

意識を保つ事が難しくなり、目眩のような焦点がブレては戻ってを繰り返す。

目の前で苦悶の表情を浮かべたままで佇む桔梗の姿は映像が途切れてしまう様に空間から弾き出され消滅。

刹那、雅に向けて切実に懇願する声音で吐露する


『お願ーー梓の楔を断ち斬って救ーー』


最後にはっきりとは聴こえず届かない言葉だったが心は理解でき、初めて見た夢は途切れてーー


世界は現実へと徐々に引き戻され、眠り醒めていく…夢の世界は硝子が砕け散りポロポロと床に降り注ぐ音をあげながら、深層心理の透明で、濃厚で、鮮明な記憶を脳裏に刻む。

透明な記憶は全てに決着ケリが着くまで幾度も見るとは雅はまるで予想出来なかっただろう。


もう1つ雅は予想出来なかったことがある。

真鶴 梓と今後濃密な関係になることを知る由もない。

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