第1話 現代の刀

 季節外れとも呼べる厚着の着物に加えて半纏を羽織った妖艶な女性。禍々しくも美しい容姿から放たれる圧倒的な威圧感と共に吐き気を催す殺意を孕んだ負の魔力は感知網を劈き背筋に鳥肌を立つ


同時に目に映るのは殺された人物。

服装を見て血の気が引いた。

何故なら、少女が通う学校の男子生徒指定制服なのだから。

つまり、学校の生徒が寄りにも寄って犠牲になったのだ。

女性は眼前で豆腐に刃を通す如き、少年の胸部を貫いて生命いのちを容易く奪いとり、手刀を強く引き抜き付着した血液をご馳走の様に舐めとっては、血の味に恍惚な表情を浮かべていた。

手刀を引き抜かれた少年が地面に崩れ落ちる瞬間、顔が見え少女は言葉失った。

薄い水色のワイシャツと学年毎に指定されたネクタイの色は緑色。

無造作な髪型で誰にでも明るく優しく接する男子生徒『染崎 雅』であった。

少女の瞳が目撃した『死の瞬間』は過去の光景を脳内に投影され、何年も前に大切なモノを失った力無き時代をデジャブさせ甦らせる。

自身に対する怒りも甦り過去の負の遺産とも呼べる記憶は心を酷く騒つかせて感情を震わせた。


「もうこれ以上の生命いのちは奪わせない。6代目当主 真鶴 梓の総てに換えても。」


負の遺産を振り払う様に強い口調で放たれた言葉に眼前に映る女性は少女を見下し嘲笑しながら言う


「ならば真鶴の小娘。この蔦に通用するのか示してみろーー」


少女の文言に呼応する蔦は武者震いと共に心を高揚させ、自然と口角と眉は吊り上がり嘲笑は消え不気味な笑みを漏らす。

殺意の宿る双眸は真鶴 梓を鮮明に映し、また真鶴 梓の双眸に映る不気味な笑顔を浮かべる蔦の姿を刮目していた。


梓はすぐさま掌を胸元に当てがう。

あてがう掌をゆっくりと引く。

すると、掌から吸い寄せられ真っ黒な柄は顕現する。

顕現した柄を強く握り締め、胸元から勢い良く抜刀し地面に向けて振るう。

刹那、ドンッという鉄球を高度から地面に叩き落とした重轟音が辺りに木霊する。

振るわれた風圧は凄まじく、風圧の余波は地面に一閃の痕を刻み地面を陥没させた。

柄よりも更に深く重厚感のある光すら通さない漆黒に包まれた刀身。

刀身に刻まれた紫紺色の刃紋は刃を振るう度に残光を置き去りにする。

真鶴家当主のみが扱う事のできる一振り

『破魔の神器 倶利伽羅』

初代 当主真鶴 零まなづるれいは生まれながら有した破魔の力を用いて『巫女として自身の生命を賭け妖を討つ』という誓約を己に課し巫女の力だけでは抗うには力が及ばないと察し、当時の天才刀鍛冶師 楽禅鋼雄らくぜん こうゆうに打たせた神の一振り。

白銀白色の刀身に煌く黄金に輝きを放つ刃紋は救いを与える刀として巫女に納められ、力を示し妖の骸を築く。

後の妖討滅戦線あやかしとうめつせんせんと呼ばれる力無き人間達の存亡を賭けた戦いの果てに辛勝を勝ち取ると同時に黄金の輝きに満ちた波紋を喪った神の一振り。

真鶴 零は呪いにも似た2つの願いを込めたのだ

契約けいやく破魔はま制約せいやくと共に自身の生命を吹き込み絶命。絶命と共に黄金の刀身は瞬く間に光を通さない漆黒の一振りに変貌を遂げる。

それが『破魔の神器 倶利伽羅』である


先代ののろいを継いだ真鶴の当主のみが人の域を超え、妖を屠る神の一振りとして代々継承されてきた神器。

梓も例外に漏れず巫女としての力を12歳の時に発現させ神器に認められ握ることを許されたのだ。


名乗り上げ、進行する真鶴家の現当主の勇ましい姿に。刹那、間合いを簡単に詰められ刀を振るわれ再び過去の狼煙が上がる


蔦が振るう爪の刃は風すらも細断する鋭利な爪の太刀筋。刀剣と遜色が無く、灼きの甘い刀剣であれば刀身が砕け散ってもおかしくはない威力を有している上に『神器』である倶利伽羅と相対する程の強度の爪で幾撃も耐え得る上に欠けた様子もないのが恐ろしい


幾度も剣戟と爪撃が交わっては反発し、倶利伽羅の刀身から弾けるような金属音が轟く

足場や立ち位置が変わりながら進行を重ね、幾度も打ち合う。気付けば衝撃音すらも置き去りにする殺陣を刮目するのは互いの双眸のみ。より強い次の一手を振るう少女の眼は戦闘狂染みており、そんなまなこを蔦は以前も見たことがある。


初めて出逢ったあの晩の夜は今でも忘れはしない。

最も脆弱で愚直であり、愚考を最善手と思い込む節のあった哀れでならなかった頃の私

飢餓状態にほど近い状態の空腹に耐えかね何でも良いから血肉を喰らいたく町や森を彷徨っていた。

突如、鼻腔に届く御馳走の匂い

人間の血液は食欲を刺激し、生肉の食感が脳裏を過ぎり、自然と頬は綻び口角が緩む。

久し振りのまともな食事にありつけるという歓びからだろう後先考えず匂いのする方角へ走る。

はやる気持ちが抑えきれず、先程まで足取りが遅くなっていた筈の足が軽く感じる。早く走るに伴って血肉の匂いはどんどん濃くなり匂いの根源に到着する。

血の匂いは確かに人間の物であり、2体の遺体が地面に転がっていた。首元から肉を貪られ絶命した歯型と痕跡が残っており目の前のご馳走に耐え切れず涎を溢し肉を貪る。

汚らしい音を立てて食事にあり付き、血液滴る生肉が食道を通り過ぎ胃袋に落ちる感覚が溜まらなく空腹を満たしていく。

飢餓状態が満たされていくと同時に思考が回る。なぜ、朝は転がっているのに同じ妖の姿は何処にも見えないか…と


『お前も妖か?』


突如、闇の中から声がした。

女性とは信じ難いと感じるくらい生気の篭っていない声音が闇の奥底からぽつりと飛ぶ。

闇を払う様に徐々に雲の隙間から満月が姿を現し月明かりは木々の隙間から溢れ、姿が照らされてる。

人間の餌の匂いに隠れて最初は全く気が付かなかったが、同胞の血肉の匂いが空間を充満しており、骸は連なりその頂点に君臨する様に人間が立っていた。

艶のある綺麗な黒髪を藍色の布で1本に結んで纏めた頭髪に長く伸びた反り返す睫毛と日光焼けの一切ない綺麗な白いの肌。

頬や着物には夥しい量の返り血が彼女に纏わり付き命乞いを懇願する地獄絵図ともとれる模様と化しており、どちらが妖なのか判別に苦しむ。

剥き出しの刀身にも夥しく滴る赤黒い血液が付着していることが確認でき、先刻の惨劇を物語っている現実を叩きつけられた私は命乞いどころか、体動かず涙が溢れ出した。

転がる大半の骸は首や腕脚わんきゃくの部位が欠損したもので恐ろしく研鑽された剣技で出逢えば死を意味する。


低級の妖ですら知っている死神の異名を持つ妖狩りの一族の3代目現当主


真鶴まなづる 桔梗ききょう


ぽつりと名前を漏らし、その場に膝から崩れ落ちた。


同胞の骸には、殺されて間もない者も混ざっており体を痙攣している。人間の所業とは思えない光景に心が畏怖され、胃袋の消化されてすらない新鮮な血肉を吐き出した。

ビチャビチャと鳴る響く吐瀉音は静寂な森に溶けるように消えてゆく。


『10秒の猶予を与える。数えてる間に失せなければ首を刎ねて胴を斬り捨てて殺す』


美しい容姿を穢すようにこびりつく頬の返り血を着物で拭いながら死の宣告を突き付けられた。


『10.....9....8』


此方を刺す様に見据えた双眸の眼と生気はない声音が秒数を刻み出し、無理矢理体を起こして森を縦横無尽に命辛々駆け廻る

足の裏は木々の小枝や石でぼろぼろになるも走るのを辞めなかった。

走り際、振り返った時に映った彼女の氷の様に冷たく突き刺さる戦闘狂の瞳は忘れる事はない


ーーーー

ーーー

「あの頃の私は酷く弱くお前の先祖に追い回され命辛々無様に逃げ惑い生に必死に縋っていた。何とか逃げ延びてからは喰らったよ。人間も同胞も強くなる為に沢山喰らい強くなる為に力を付けて技を磨き続けた。だが、桔梗に何1つ及ばず命を奪われた。だから、今度は私が何もかもを奪い取る。」


疾風の如き速度で弧を描く爪撃が剣戟に触れた瞬間

蔦の雪の様に真っ白の華奢な腕及び皮膚が破れ血液が突如噴き出す。

少女は慄き何歩か背後に飛んで距離をとり様子を注意して伺う


血管と皮膚が裂け噴き出す血液をまじまじと眺める蔦は暫く眺めると、飽きられたと言わんばかりに大きな溜息を吐き捨てながら「まだ完全ではないみたいね」とポツリと呟く。


「無理をなさらないで下さい蔦様。貴女は復活を遂げてから、まもないのですよ。貴女の御力が馴染む前に肉体を酷使したら先に肉体が崩壊するのは当たり前です。」


柔らか物腰と共に現れた人物。

今の今迄、何処かで観察していたと言わんばかりの口振りに加えた発現。薄い蜜の様な色合いの髪の毛に深緑の瞳は宝石と遜色がなく整った美男子という言葉の体現ともとれる容姿。

真っ白なスーツに全身を包み込み、胸ポケットには見える様に仕舞われた紺色の薄手のハンカチを取り出した血液を噴き出していた蔦の左腕に優しく巻き付けると少女の方に双眸を向け笑みを溢す。


「蔦様が世話になりました。次回は私がお相手になりますよ。真鶴家6代目現当主で現代あわれなやいば真鶴 梓さん。」


白スーツの男性は、蔦の隣で支えら形で共に透過するように空気に溶けていき姿を消した。先程までの戦闘がまるで嘘の様に嵐が去った翌日の様な静寂さが公園を包む。

梓は戦いを終え、安堵の息を漏らすが眼前に転がる雅の死体を見ると言葉では表せない心を射抜く様な刺す痛みに加えて胸を締め付けられる。己の不甲斐なさや今迄の鍛錬を否定されたような気がしたからだ。


遺体の頬に触れ謝罪の言葉を述べようとした。謝ったところで生命は決して戻らない。

そんな事は誰でも分かりきっている事だが、事件に巻き込んだ責任を少しでも晴らしたかった。

触れた掌に感じる人の熱に梓は息を飲む。

死んだと思われた遺体の部位が再生していたのだ。貫かれ破壊された心臓、砕かれた骨、剥き出し皮膚は塞がり傷すら残らなかった。


掌を口元に近付ける。口から吐き出される呼吸を感じとれ、耳を胸部に当てると一定のリズムで稼働する心臓音が聴こえた。


再生の力を司る事は決して有り得ない。

超越された力を人だろうと妖だろうと持つ方はない。だからこそ梓は理解した。

過去の書物で見かけた奇跡とも呼べる神器


真鶴家が生み出して、失った神器

烈火れっかの神器』


過去の真鶴家の文献に記載されていた

治癒の炎は死の理りを覆し、破壊を齎す業火は総てを灼き払い何も残さないと。

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