第二課 改革開放

 ――その翌日の午前中。


 特に寄るつもりもなかったのだが、用事でそちらの方へ行かねばならなかった私は、またしても中共学園の前を通りかかった。


 しかし、一目見ただけで、昨日とはガラッと雰囲気の変わっていることがわかる。


 あれだけ〝うるさく〟貼られていた茂尾主席委員のポスターが一枚残らず剥され、壁のあちこちに書かれていたペンキの落書きを、ジャージ姿の生徒達がちょうど洗い流しているところである。


 また、昨日は皆一様に着ていたあのモスグリーンの制服だが、今日は誰一人として身に纏っている者はなく、ジャージの生徒以外は見慣れた中共学園のブレザー制服姿だ。


 なんだか、ただ文化祭が終わったからというだけではないような感じだ……。


「ああ、さすがにやりすぎましたからね。〝文革祭〟を主導していた林平助や江尻青子達が補導されたんですよ。威力業務妨害だか器物破損だか、とにかくそんな罪いろいろで」


 余りの変わりように、どうにも気になって生徒の一人を捕まえてみると、その純朴そうな男子生徒は他人事のようにそう答えた。


「ま、そもそもの茂尾主席委い…じゃなかった。もうそう呼ばなくていいんだったな……その茂尾もと会長自身は文革祭に関わってないって言い張ってるし、林や江尻達も口を噤んでるんですけどね。どう考えたって、あれは生徒会長辞めさせられた茂尾の個人的復讐ですよねえ」


 男子生徒は私が再度尋ねるよりも早く、そんな説明を続けて口にする。


「でも、学校が普通に戻ってくれてよかったです。さすがに柳校長は体調崩してしばらくお休みらしいですけど、今はほら、あの紫苑頼三しおんらいぞう教頭先生を中心に、茂尾が生徒会を追い出した島正平しましょうへい先輩を新たな生徒会長に迎えて復興の真っ最中です」


 そう言われて彼が指し示した方を覗うと、どこかで見たことのあるような中年男性が、その島だかいう新生徒会長らしき人物に指示を出して、まだ残っていた特設ステージの片づけ作業を進めている。


 この学校に知り合いはいないはずだが、見憶えあるのも別段、不思議なことではない。あれは昨日、私に〝吊し上げ〟のことを教えてくれた、あの男性である。


……そうか。教師ではないかと思ってはいたが、なんと教頭先生だったのか……。


「ま、紫苑先生も文革祭中は茂尾の味方して難を逃れてたし、ちょっとズルいとこもあるんですけどね。でも、紫苑先生が庇ってくれたおかげで助かった保守派の生徒も多いんです。茂尾達の手前、みんな革新派のフリしてましたけど、内心は保守派に賛成だったから紫苑先生も一躍大人気です。あ、僕もそろそろ作業に戻らなきゃいけないんでこれで」


 最後にそう付け加えると、純真な目をした男子生徒はペコリとお辞儀をして走り去って行く。


 昨日は嬉々として教師や学校を攻撃していたように見えたが、果たして本当に皆、内心その暴力的行為に反対していたのだろうか?


 その爽やかに去り行く彼の背中を眺めながら、一夜にして一変してしまったこの学校の有様に、私は社会の縮図を見たように感じていた。


 なんと大衆は扇動に弱く、ころころと手のひら返しをすることだろうか……これは保守も革新も、右も左も関係ない。熱狂の高揚感に酔いしれる心地良さに、人はいとも簡単に暴走してしまうのだ。


 昨日、声高らかに茂尾の名を連呼していた生徒達が、今日は紫苑教頭を笑顔で囲み、和気あいあいと茂尾の仕出かした後始末をしている。


 私は、暴走する大衆の無自覚な罪悪を前に、どこか未来への不安にも似た、形容しがたき恐ろしさを感じた。

 

                          (文化大革命祭 了)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文化(大革命)祭 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画