文化(大革命)祭
平中なごん
第一課 文化祭
ある日曜の午後、偶然立ち寄った中共学園の文化祭は、なんとも異様な雰囲気だった……。
「革命バンザーイ!
校門には「文化大革命祭」と書かれた看板のかかるアーチが作られ、そんな高らかに叫ぶ声が、たくさんの来場者で賑わう校内のあちこちから聞こえている。
その声を上げているのは、私の知る中共学園の制服とはなぜか違う、戦中の国民服のようなモスグリーンの衣服に身を包む生徒達だ。
また、校内の壁という壁、掲示板やさらには窓にまで、彼らが称賛の声を上げる「
「……ん? なんだ?」
その特異な熱狂に包まれた敷地内で、一際、生徒達が黒山の人だかりを作っている場所があった。
校舎正面前に作られた特設ステージのような舞台だ。
近づいてみると、ステージの上には椅子が一つだけ置かれ、その椅子には白髪頭の初老男性がぐったりとした表情で座らされている。
スーツを着てはいるがジャケットは引き剥され、ネクタイも伸びてクシャクシャに曲がっている。
いや、それだけにはとどまらず、鶏ガラのように細い首からは「反革命分子」と書かれたプラカードが下げられ、どこから見ても明らかに見世物状態である。
「この封建主義教師めっ!」
「革命を邪魔する者は断固処分せよ!」
そんなみすぼらしい恰好の男性を取り囲むようにして、興奮した学生たちが手に手に赤い生徒手帳のようなものを掲げて暴言を浴びせているのだ。
おそるおそる、盗み見るようにその手帳の表紙に書かれた文字を見てみると、「茂尾拓斗語録」という文字を読み取ることができる。
尋常ならざるその光景に、私はとなりに立っていた一般客らしき中年男性に尋ねてみた。
「ああ、あれは
すると、その男性も学校関係者なのか? やけに詳しくこのバカ騒ぎの裏事情を教えてくれた。
あれは校長なのか? …そういえば、校門脇にある初代校長の胸像も「反革命分子」と落書きされていたな……いや、校長や学校の方針が気に入らないからって、いくらなんでもこれはやりすぎだろう?
「ああ、これは少々やりすぎだ……」
驚きと呆れに目を見開いて思わずそう口に出すと、教えてくれたその男性もなんだかひどく疲れたような顔をして、その校長だという人物の方を眺めたまま呟く。
見ればこの中年男性もスーツを着ており、もしかしたらあの校長と同じこの高校の教師なのかもしれない。
「生徒の敵め! 茂尾主席委員に謝罪しろ!」
「早く自己批判しろよ!」
ステージ上の柳校長は、ぐったりと椅子に項垂れたままぴくりとも動くことなく、どんなに暴言を浴びせられてもじっと黙って耐えている……いや、もう耐えることにも疲れて、反応する元気すらないのだろう。
最早、イジメかリンチにしか見えないその光景に、居た堪れなくなった私は場所を移動することにした。
だが、生徒達が部やクラスで出している屋台を見ても、「造反有理」と書かれた〝落書ききせんべえ〟だとか、先程、生徒達の手にしていた赤い「茂尾拓斗語録」手帳だとか、彼の横顔写真が焼きつけられた「茂尾主席委員バッジ」だとか…と、どれもこれも買う気のしないカルトめいたものばかりであり、中には教師の名の書かれた人形を撃つ〝射的〟といった、あまりにも悪趣味極まりないものまである。
「よっしゃ! 柳校長に命中だぜ!」
「はい。おめでとうございます。一等の景品は我らが偉大なる革命の同志・茂尾主席委員の直筆サイン入りポスターです」
コルク栓に弾き飛ばされる校長人形を見て、客の男子生徒が歓喜の声を上げているかと思えば、もらってうれしくもない陳腐なポスターを、店番の女生徒がうやうやしく両手で掲げて差し出している。
特設ステージの吊し上げに続き、またしてもその場の空気に辟易してしまった私は、まるで逃げ込むかのようにして校舎内へ入ることにした。
「…………ここもか」
だが、けっきょく校舎内も外と変わり映えはしなかった。
その多くの教室で行われていたのは茂尾思想研究部だの、茂尾思想革命団の各学年支部だのといった団体による、どれもこれも同じような内容の茂尾拓斗を讃える壁新聞研究発表である。
時折、華道部や手芸部なんかのごくごく一般的な部活発表が珍しくあったかと思えば、それも茂尾主席委員の好きな花だったり、茂尾思想に準じた正しい服装の在り方と称した新たな制服の展示(あの生徒達が着てたやつだ)だったりと、いい加減、食あたりしそうなくらい、どちらを向いても茂尾拓斗ばかりだった。
一応、文化祭には定番の喫茶店もあったので、一休みする目的も兼ねて入ってみたのであるが、案の定というかなんというか、そこで出されているメニューも茂尾主席委員がいつも飲んでいるウーロン茶だったり、お茶菓子も彼の好物だという中華蒸しパンだったりである。
また、視聴覚室では映研が制作したという茂尾の半生を描いた映画が上映され、体育館の方では同じく茂尾を主人公にしたミュージカルを演劇部が上演していたが、こちらはさすがにもう入る気にもならなかった。
その代わりに入って「やめときゃよかった」と思ったのが〝お化け屋敷〟である。
けしてクオリティが高いとは言えぬ、生徒の作った粗雑な素人制作のそれに、正直、私は恐怖を感じた……。
いや、といっても単純に「お化けの仕掛けが怖かった」ということではない。
というより、それは世間一般にいうところの〝お化け屋敷〟ではないのだ。
「生徒を苦しめる悪逆非道な化け物」と称して、悪意ある造形のなされた教師のマネキン人形が陳列される、お化け屋敷というよりも見世物小屋のような興業だったのである。
柳校長を初めとする極悪にデフォルメされた実物大先生人形達が、男子生徒役の人形にひどい体罰を加えたり、女子生徒マネキンには口にできないような猥褻行為を働いている。
おそらくは真実ではなく、捏造された犯罪の場面展示なのであろうが、こうしたものを全校生徒達に見せ、教師に対する負のイメージを植えつけようという魂胆に違いない。
ここまでデフォルメがひどいと、スポーツ新聞や週刊誌の如く、むしろ真実味がなくなるように思えるのだが……でも、あの生徒達の熱狂ぶりからすると、こんなチンケな展示でもプロパガンダになるのかもしれない。
にしても、いくら学生自治のためだからといって、こんな卑劣なやり方で教師を悪者に仕立てようとするだなんて……さっきの吊し上げといい、悪趣味にもほどがある。
私はまたも胸糞が悪くなり、早々に校舎を出て退散することにした。
屋外に出ると、それでもけっこうな時間、見学していたらしく、辺りはもう薄暗くなっていた。そもそもここへ来たのが夕方近くだったから、そろそろ日暮れの時刻なのだ。
そんな薄暗い会場の中、なにげなく校庭の方を覗えば、オレンジ色の炎がチラチラと燃え上がっているのが見える。
どうやら、これも文化祭の夜の定番、キャンプファイヤーをやっているらしい……。
もう文化祭も終わりだし、これから後夜祭でも行うのだろうか?
異様としか言いようのないこのお祭り騒ぎであるが、こんなところは普通の学校の文化祭と変わりないのだな…などと、少々安堵するような心持ちでそちらへと近づいて行ったのだが……
私は、またしても驚愕と戸惑いの感情に目を見開いて立ち尽くしてしまう。
燃えていたものは、薪でも、松明でも。文化祭の準備で出たゴミでもなかったのだ。
それは本来、そのように燃やすことも、粗末に扱うことも許されぬもの……
そう……校庭の真ん中で、夕暮れの空を焦がす紅蓮の炎に赤々と燃えていたのは、山積みにされた大量の教科書類だったのである。
「見ろ! 悪書が灰になっていくぞ!」
「悪書を廃し、茂尾思想に則った正しき学校教育をここから始めるのだ!」
その背徳的なキャンプファイヤーを取り囲む生徒達の輪の中からは、そんな自分達の暴力に酔いしれる声が熱狂とともに上がっている。
教師ばかりでなく、教科書にまで攻撃を加えるだなんて……こんなことが許されていいのか? ……いや、これはもうすでに一線どころか、二線も三線も超えてしまっているだろう!
私は段々と怖くなってきて、今度こそ逃げ去るようにして足早にその学校を後にした――。
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