#2.5
「今回のリタイアは早いのね。」
哀れむような声でセキュアは言った。でも、口元は私を嘲笑うかのように歪んでいた。
「無理なのよ。」
私は吐き出すように言った。
「まあ、予想はしていたけどね。」
「あなたは、何者なの。私はなんであんな世界にいたの。」
思ったことが全て口に出ていた。
「私はセキュア。それ以上でもそれ以下でもない。世界のことなんて、あなたが選んだのよ。私はなにも干渉していない。」
冷酷に、突き放すようにセキュアは言った。
仮面の下の私を見下したような目つきが私の何かのスイッチを押した。
「じゃあなんで、なんでなのよ!私がやっぱり要らない子だから?誰からも必要もされないなら最初からいなかったことにしてよ。どの世界でもそれはどうせ変わらないんでしょ。どうして、どうして私なんているのよ。私なんかいなくたって何も変わりゃしないじゃない。そこに私がいた意味はあるの?私は、どうして私なの!」
その悲鳴のような声は青い空に飲み込まれて言った。セキュアは何も言わずに私を見ていた。
ふっ、と、体の力が抜ける。膝から崩れ落ちるように私はその場に座った。
「言いたいことはそれだけ?」
暫くしてからセキュアが言ったのはそこ一言だけだった。
その一言で私は察した。何を言っても何も変わらないってことに。それがわかると急に頭が冷えた。私はゆっくりと立ち上がった。
「行くしかない。」
「そう。なら鏡を。」
期待なんてしても無駄だとわかっている。それでも私は期待する。私が必要とされることを。私じゃなきゃダメなものがあることを。
目の高さまで上がってきた鏡に触れる。そしてその中に吸い込まれる。私は一歩中へ踏み込んだ。
中は映画館のような作りになっていた。薄暗いその部屋の中には、大きなスクリーンと何列も並んだ赤い座席。私は適当な席に腰掛けた。座ると同時に真っ白だったスクリーンに映像が流れ始めた。
写った場所はよく学校帰りに寄るショッピングモールの中にあるフードコートだった。
『お待たせ。』
画面に映り込んできたのは徹だった。
『わ、アイス。ありがと。』
その声に返している声は、紛れもなく私のものだった。
『んー。おいしい。徹のは何味?』
こうしたどうでもいいような、付き合っていた頃は毎日していたような会話がしばらく続いた。
でも途中でふと気がついた。
『でね、それでこの前詩乃に聞いたんだけどね……』
『やっぱり詩乃がね……』
『詩乃ってさ……』
なにかと徹は詩乃のことばかり話す。
『とーおーるー。』
『どした?』
『最近詩乃の話ばっかり。』
画面の中の私の声も不機嫌だ。
『そーかー?』
『もしかして私より詩乃の方が好きとか。』
『……。』
なんで黙るの?
『とーおーるー?』
『ごめんごめん。で、なんだっけ。』
『もう、ぼーっとして。』
苦くて嫌な味が舌の上に残る。背筋が少し、寒さでぴんとなる。
急にぷつん、と、映像が消えた。そしてまた違う映像が流れだした。
場所は学校。屋上のドームの中だ。
夕焼けの茜色の光がドームの中に差し込んで、長い影を作っていた。望遠鏡を挟んで反対側に徹と詩乃がいる。どうやら、ドームの中は私を含めて三人のようだ。音は何も聞こえない。だけど、向こう側にいる二人はとても楽しそうに話している。距離が近くて、私の入る場所なんてないみたいだ。
変な気分だ。すごくモヤモヤする。そして少しイライラする。
私は徹と付き合っているけど、徹は私のことがもう好きじゃないってこと。もしくは私より詩乃が好きとか?
嫌な予感が溢れてくる。
映画館のようなその部屋が急に白く光りだした。眩しさに目をつぶり、開くと私は鏡の世界を抜け出していた。
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