第9話 俺は彼女を好きだと再確認する

佳奈の誕生日までついにあと一日となってしまった。


「………………」


いや、別にもう焦る必要はないな。


終礼が終わったあと、俺は佳奈から離れるためにすぐに手洗い場に逃げてきた。

右手には遊園地のチケットが二枚ある。


「佳奈と一緒に行きたいな…………」


でも、あいつは俺と遊園地に行きたいとは思っていないんだろう。

俺が遊園地に誘っても佳奈に迷惑がかかるだけだ。

そうだ、あいつの誕生日は本当の彼氏が盛大に祝ってくれるだろう。

昨日の夜に佳奈の家にいた美少年の顔が、俺の頭に浮かび上がる。


「クソっ…………」


半信半疑ではあるけれど、俺は今までずっとあいつの恋人なんだと思っていた。

でも、そう思っていたのは俺だけだったんだ。

あまりの悔しさに、二枚のチケットを握り潰しそうになる。

しかし、一気に感情が鎮まり、力を緩めてチケットをかばんの中に閉まった。


「……帰ろう」


どうやら俺は、このチケットを破り捨てることは愚か、握り潰すこともできないらしい。だったら、このままこのチケットを持ち帰って、明日までずっと部屋に引きこもってしまえばいいんだ。

そうすればきっと、俺の中にある諦めきれない心もいなくなってくれるだろう。

今日は、佳奈を遊園地に誘いたい欲求を抑えるために極力あいつを避けてきた。

そうするしか、俺には方法がなかった。

俺は上靴を脱ぎ、下駄箱から外靴を取り出して履き替えようとした。


「…………っ…………!」


しかし、体が全く動かない。


「……………………」


俺はしばらく呆然と立ち尽くし、自分に呆れて思わず笑ってしまった。


「どんだけ未練がましいんだよ、俺は」


自分でも驚くくらいの諦めの悪さ。

しかし俺は今、その自分のしつこさに感謝している。


「誘うだけ誘ってみよう」


俺は再び上靴を履き、佳奈の下駄箱を見て外靴が残っているのを確認してから自分の教室の方へと走り出した。


「あれ?葉月、そんなに急いでどうしたんだ?」


途中、同じクラスの男友達に声を掛けられ、俺は足を止めた。


「佳奈を探しているんだけど知らないか?」

「あぁ、水篠さんなら屋上の方に走っていくのを見たぞ」

「そっか、分かった。教えてくれてありがとう」


俺は教室とは逆の方向に体を向けて再び走り出した。


「頼むからいてくれ」


佳奈が俺のことをなんとも思っていなくてもいい。なんなら嫌われていてもいい。

簡単に諦められるわけないだろ!

だって、小さい頃から十年以上もずっと佳奈のことが好きだったんだから。


「佳奈!」


扉が開いたままの入り口の向こう側で、佳奈が屋上に立っている姿が目に入った。


「えっ…………」


驚いた顔をしている佳奈を見つめながら、俺は息を整える。


「はぁ……はぁ……見つかって、よかった」

「……どうしてここに来たの?」


ある程度息が整うと、俺は彼女の方に近づいた。


「これを渡しに来たんだ」


俺は学生かばんからチケットを一枚取り出し、佳奈に差し出した。


「これって…………」

「お前、明日誕生日だろ?それを祝いたくて買ったんだ。だからその……迷惑じゃなかったらでいいんだけど……よかったら俺と一緒に遊園地に行ってくれないか?」


佳奈はチケットをそっと受け取り、一枚のそれを見つめる。


「わざわざ私のためにこれを?」

「うん。あ、でも、行きたくなかったら全然断ってくれていいから。ほら……他の子に祝ってもらう予定があったりとかさ」


自分の口から「彼氏」という言葉を発することはできなかった。

俺は遠回しにあの美少年と用事があるのかを聞いてみた。


「ん?今のところ家族以外でお祝いしてくれるのはアオくんだけだよ。いとこの子には昨日の夜にお祝いしてもらったけど」

「あぁ、そうなんだ…………ん?いとこ?」


俺はその言葉を聞き逃さなかった。


「うん。昨日は親戚がうちに遊びに来てたの」

「え?いとこってもしかして、昨日俺がお前の家に行った時に見た少年か……?」

「うん、そうだよ」


じゃ、じゃあ、俺はそのいとこの子を勝手に佳奈の彼氏だと思い込んでいたってことか?


「あ、あぁ……なるほど…………」


つまり俺は、早とちりしていたってわけだ。

ほんと、バカだな俺…………。


「よ、よかった…………」


全てを理解した俺は、気が抜けてその場で崩れるように座り込んでしまった。


「え!?どうしたのアオくん?」

「あぁいや、ちょっと疲れただけだから。心配しないで」


佳奈は腰を下ろしている俺の目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「今日、そんなに疲れるようなことあったっけ?」

「あったんだよ…………それで、明日のことだけど……返事くれないか?」

「あぁ、うん」


佳奈はチケットを両手で持ち、微かな笑みを浮かべてこう言った。



「明日、楽しみにしてるね」



「…………っ…………!」


その彼女の表情を見たとき、俺の頬が急激に熱くなるのを感じた。

全身から嬉しさが込み上げてくる。


「よ、よっしゃあぁああああ!!」


俺は両手を名一杯に上に挙げて、佳奈の前で喜んだ。





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