第3話 今日の俺は一味違う

カラオケから帰った日の夜。俺は風呂に入った後、自分の部屋に戻りベッドに横たわっていた。


「はぁ…………」


深いため息が自然と口から漏れる。

俺は、カラオケに向かっている途中の佳奈との会話のやり取りを思い返していた。


「あいつ、俺たちがどれくらいの付き合いになるのか覚えてなかったな…………」


そう言う俺はどうなんだって?

覚えてるよ!はっきりと覚えてるよ!!

佳奈と初めて出会ってから十一年! 付き合ってからは七年!

忘れたことは一度もないというのに…………。


「俺がおかしいのかな……?」


普通、カップルって○○記念日みたいな感じで覚えてるもんじゃないのか?

いや、他のカップルの事情は知らないけどさ。

それに、


────もしこの先、私以外の女の子がアオくんのことを好きになって告白してきたらどうする?


断るに決まってるじゃん!!

仮にも彼女がいる身の俺が、天使みたいに可愛い佳奈以外の女に浮気するわけないじゃん!普通そんな質問を彼氏にする?しないでしょ!


「………………」


やっぱり、恋人同士だと思っているのは俺だけなのかな?

佳奈にはもうとっくにそんな気はないのかな?

彼氏らしいこと、今までしてあげられなかったもんな…………。


「…………決めた」


俺はある決意をし、ベッドから勢いよく起き上がった。


「明日は絶対に恋人らしいことをして、佳奈の気持ちを確かめてやる!」




   ♢   ♢   ♢




「とは言ったものの…………」


何もできないまま四時間目の授業が終わってしまった。


「くっそぉ…………」


朝は一緒に登校している時に手を繋ごうと思っていたのに、握る勇気がなかった。

自分はダメな男なんだなとつくづく思う。

しかし今は昼休み。佳奈と昼ご飯を一緒に食べるチャンスだ。

今から俺は佳奈を屋上に誘う。今日の俺は一味違うぜ!

そうして俺は席を立ち、佳奈のもとへ足を運んだ。


「か、佳奈……」

「ん?何?」


振り向いた彼女を前に俺は硬直する。

言うんだ。今やらないと、この先何もできないぞ。勇気を出せ、俺!


「あのさ、今かっ────」

「佳奈ちゃ〜ん!」


言いかけたその時、三人の女子の一人が後ろから佳奈に声を掛けてきた。

きっと彼女たちも佳奈を昼ごはんに誘うつもりなんだろう。


「あぁ……やっぱりなんでもない。それじゃあ」

「あ、ちょっと待って」

「え?」


身を引こうとした時に佳奈に引き止められ、俺は足を止めた。

そして彼女は、女子たちの方に顔を向けた。


「ごめん、ちょっと用事ができたから三人で食べておいて」

「佳奈…………」


彼女は女友達よりも俺の方を優先してくれた。

それが、とても嬉しく思えた。


「それで、何を言おうとしてたの?アオくん」

「あぁ……昼ご飯、一緒に食べようと思って誘おうとしてたんだけど…………」


そう伝えると、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて大きく頷いた。


「うん!食べよう!」



その彼女の表情は、俺の顔全体が真っ赤に染まるほど可愛かった。



そうして俺たちは、弁当箱を持って屋上へと向かった。

屋上には誰もおらず、俺たち二人ではもったいないほどの広い空間の端に並んで腰を下ろした。

どこからか吹く春風が、佳奈が纏った匂いを乗せて俺の鼻孔をくすぐる。


「こうして二人でご飯を食べるのも久しぶりだね」

「そうだなぁ、中学の時はよく一緒に食べてたけど」


他愛もない会話をしながら、俺は佳奈の目に入るように弁当を広げた。

今日の俺の弁当は、不器用な自分の手で朝一に料理した手作りだ。


「アオくんのお弁当、美味しそうだね!誰が作ったの?」

「あぁ、これ俺が作ったんだよ」

「えっ、これアオくんが作ったの!?ねぇ、ちょっと卵焼き交換しない?」


キタ!待ってました、この時を!

カップルらしいことと言えば、弁当のおかず交換。

一度やってみたかったんだよなぁ。しかも卵焼きは自信作。


「いいよ、はいどうぞ」

「ありがとう!じゃあ私のと交換ね」


彼女から渡された卵焼きは、明らかに俺が作ったものより見た目が綺麗だ。

まぁ、味見する時間はなかったけど、俺の卵焼きも上手くできてるはずだ。


「じゃあ早速いただきま〜す。うっ…………」

「ん?」


佳奈が俺の卵焼きを口にした瞬間、彼女は箸をくわえたまま固まった。

俺は嫌な予感がし、残っている自分の卵焼きを先に口に運んだ。


「うわ甘っ!ごめん、砂糖入れすぎちゃった」

「ううん、大丈夫。伊達巻みたいで美味しいよグフッ」

「明らかに伊達巻の何十倍も甘いし、吐きそうになってるじゃん…………」


最悪だ。ミスってレベルじゃないくらいに甘すぎる。

佳奈から貰った卵焼きを食べてみると、俺のやつとは真反対ですごく美味しい。

あぁ…………ほんと、俺ってダサいな。


「本当にごめん。お詫びにこれ、タコさんウインナー」

「ありがとう」


俺は、ただ切って焼くだけの失敗のしようがないタコさんウインナーを爪楊枝で刺して佳奈の前に差し出した。

すると、彼女は俺が手にしたタコさんウインナーをそのままパクリと口にくわえた。


「…………っ…………!」


佳奈の顔が急に目の前に来て、俺の心拍数が跳ね上がるのが分かった。


「うん、美味しい。ん?どうしたの?」

「あっ、いや…………」


美味しそうにもぐもぐと口を動かす彼女。

その表情を見て、俺は頬が熱くなるのを感じた。


「………………うん」


まぁ、たまにはこういうのもいいかな。


俺はそんなことを思いながら、佳奈と一緒に残りの弁当を平らげた。








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