第2話 私の彼氏(たぶん)は幼馴染

私──水篠佳奈には彼氏がいる………………たぶん。


「いや………」


────お、幼馴染だよ


「……………………」


もしかすると違うのかもしれない………………。


「ねぇねぇ、水篠さん」

「え?」


四時間目の数学の授業が終わり、お昼休みに入った時、私は仲良くなったクラスメイトの女の子に声を掛けられた。


「お昼ごはん、皆で一緒に食べよう」

「あ、うん。食べよう!」


私は女の子二人と席をくっつけ、お弁当を机に並べた。


「わぁ、水篠さんのお弁当美味しそう!お母さんが作ってくれたの?」

「ううん、私が早起きして作ったの。自分のことは自分でやろうと思って」


私がそう言うと、二人は一斉に驚きの顔を見せる。


「えっ、これ水篠さんが作ったの!?女子力高すぎでしょ」

「私だったら絶対こんなの作れないわ。砂糖と塩間違えるレベルだし」


褒められて悪い気はしない。

私は少し頬を赤らめながら、おかずを一つパクリと口の中に入れた。


「水篠さんの将来の旦那さんは幸せ者だろうなぁ。こんなに美味しそうなご飯を毎日作って貰えるんだもん」

「だんっ!?」


思わず箸が止まってしまう。『旦那』という言葉を聞き、私は頭の中でアオくんの顔を思い浮かべてしまった。

顔が急激に熱くなっていくのを感じる。


「おぉ?もしかして水篠さん、好きな人でもいるの?」

「えっ!?なんでそう思うの?」

「なんでって、分かりやすいリアクションだったから」

「う、うぅ…………」


私はあまりの恥ずかしさに両手で顔を隠す。

私ってどうしてこんなにも顔に出やすいんだろう…………?


「誰々?この学校にいる人?お姉さんたちに教えてごらん」

「な、内緒…………」

「えぇ、いいじゃん。教えてよぉ」

「だーめ、教えません」


私は箸を持ち直し、再びお弁当を食べ始める。

すると、一人で昼食を取るアオくんの姿がふと視界に入ってきた。


「……………………」


黒髪の可愛らしい顔をした男子生徒。

幼い頃は彼に対していつも積極的だったのに、なぜ今は私たちが付き合っているのかどうかを確認することすらできないのだろう。

ほんと、あの時の自分から勇気を分けてほしい。

アオくんとの距離は近いようで遠い…………。


「いいなぁ水篠さん、青春してるって感じで。私も恋したいなぁ」

「あーわかる、イケメンな彼氏とか欲しいよね」

「イケメンと言えば、うちのクラスに一人いい感じの人いるよね」

「あ、誰のことを言ってるか分かったかも。確か葉月くんだっけ?」

「…………っ…………!」


アオくんの名が挙げられ,私は必死に動揺を隠そうとする。


「そうそう、その人。みんなからモテそうだよね。私もちょっと気になってるし」


その言葉を聞いた瞬間、私の心がざわついた。




♢   ♢   ♢




「なぁ、佳奈…………もしかして俺、今日お前に何かしちゃった?」


放課後。クラスの子たちの後ろについて行きながら学校から少し離れたカラオケへと向かっていると、隣に並んでいるアオくんが声を掛けてきた。


「ん?なんで?」

「お前、いつもの感じで振舞ってるけどさ、どこか元気がない感じがするんだよ。朝の時、なんか怒ってたし…………」


どうしてこの人は、そういうところはちゃんと見ているんだろう?


「すごいねアオくん、そんなところに気づくんだ」

「そりゃまぁ…………長い付き合いだからな」

「……………………」


それは幼馴染として?それとも恋人として?

どうしたら私たちの関係をアオくんに確認できるんだろう?

どうしたら………………あ、そうだ。


「確かにそうだね。私たちってどれくらいの付き合いになるんだっけ?」

「うっ…………」


この質問でアオくんが七年と答えれば、私を彼女と思ってくれているということになる。十一年と答えれば、私はただの幼馴染としか思われていないことになる。


「あぁ……どれくらいだっけな…………」


怖い。聞くのが怖い。今でも耳を塞いで逃げ出してしまいそう。

でも、逃げるわけにはいかない。

どちらの答えが返ってきても、私はそれを受け入れることにしよう。


幼馴染としては ・・・・・・・十一年の付き合いになるかな」

「……………………」


そ、そうきたかぁ…………。


「あぁ……もうそのくらいになるんだね」


えっ、幼馴染としてはってなに!?

これじゃあどっちなのかはっきり分からないじゃん!

もー!アオくんのバカ!


「……だから、お前が落ち込んでるとなんか気になっちゃうんだよ」


そう言ったアオくんの表情は、私のことを本気で心配してくれている様子だった。


「アオくんは優しいね。顔もいい方だし、モテるのも納得がいくかも」

「え、俺ってモテてんの?」

「さぁ、どうでしょう?」

「なんだよそれ……」

「えへへ」


私は笑って誤魔化す。

アオくんには他の女の子に意識を向けてほしくない。私だけを見ていてほしい。

だけど、アオくんが私のことを彼女と思ってくれていなかったとしたら、他に好きな人がいるとしたら、その人に告白されたとしたら、どうするんだろう?


「……もし、だよ?もしこの先、私以外の女の子がアオくんのことを好きになって告白してきたらどうする?」


また恐怖が私を襲ってくる。もしも最悪なパターンの返事が返ってきたらと考えると、胸が張り裂けそうになる。アオくんは、なんて答えるんだろう?


「断るよ」


即答だった。


「そ、そっか……」


アオくんの答えを聞き、私は少し安堵した。


「そんなことより、元気がない理由を教えてくれよ」

「え?あ、あぁ……そのことならもう大丈夫」

「はぁ?」

「私の思い違いだったかも」

「なんだそりゃ」


アオくんが私のことを彼女と思ってくれているかどうかはまだ確信できないけれど、その可能性があることだけでも知れてよかった。

私の心の中にあった不安は、いつの間にかきれいさっぱり消えていた。


「なんか急に元気出てきた!今日は絶対カラオケでアオくんに勝ってやるから!」

「お、おう……」


そうして私は、カラオケでたくさん歌って楽しい時間を過ごした。

あ、因みにカラオケの点数勝負は今回もアオくんに勝てませんでした。

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