知らぬ間の再会
牛を飼う、草を見た。
僕の知らないところで、頭のいい人たちは次々に新しい法則や仕組みを発見し。世界を作り変えてしまう。人間の脳の仕組みは、長きにわたり謎に包まれていて、それを解明することは不可能だと思われていたが。近年では、研究者たちの弛まぬ努力のおかげで人のイメージや記憶や感情を具体的に観測できるようになった。
その結果誕生したのが、仮想現実を冒険できるアトラクション「スカイワールドエクスプローラー」だ。
こんな訳の解らないものに関わるのは不安だし嫌だった。
紹介に記載されている売り文句が事実ならば、記憶やイメージを誰かに隅々まで覗かれてしまうことになる。
そんなことをしていい権利は誰にもない。
しかし子供二人は、この如何わしいアトラクションに対してずいぶんと乗り気だった。
30分の利用で一週間分の食費ほどかかる高額な料金がペア無料チケットで全くタダになると言うのだ。
ますます、そんなものは怪しい。
それに先日家に来た、訪問販売の『ヨツバフォールディングスの伝道師』を名乗る者に。言われるままに『給料の大体一月分』を手渡したばかりだと言うのに。
その月の僕と宮下さんのやり取りを二人は見ていたはずだと言うのに、国中で人気になっているという一点に対して絶対の信頼を寄せ、何が何でもアトラクションに乗ると言ってきかない頑固さを放っていた。
正気の沙汰ではない。
挑発的な様子で空子が言った。
「瑞樹!このゲーム。鬱とかPTSDとかの人はやっちゃダメだって!だから、風葉と二人で行ってくるね!」
僕は。鬱じゃない。
「・・・瑞樹。出来ないのかな?ちゃんと治療してからの方がいいのかな?わたし、みんなで一緒にやりたいな」
「30分、だけだよ」
二人の分の料金は無料になり、実質一人分の料金だけを支払い、ゲート内に設置されたシリンダーの中に体を静かに収めた。整備上の理由からだろうか手や足などの部分には、発泡スチロールを上質にしたような質感がする。
視界がだんだん暗くなり、手足が温かくなっていく。この感覚は、とても似ている。
あの体験が、あの沢山の人との出会いがたった25分ほどの時間の出来事だったなど到底信じられない。あの感覚、あの暖かく、怖く、すっきりとした瞬間。
作った人物に興味が湧くほどのリアルな臨死体験だった。
体がずっしりと重く感じられ、近くにあるベンチに腰掛けると吹き抜けになった天井の空間にSWEの世界地図が映し出されていることに気が付いた。巨大すぎて気が付かなかったのだ。僕らがいた場所を探したが解るはずもないほどだ。
それから5分ほどたって二人がテスト明けのような健やかな足取りで戻ってきた。
「なんか凄かったねぇ!よく覚えてないけど!なんだか体がずっしりする」
「私なんかふわふわするかも」
二人の口から、追加プレイの要求をひそかに期待したがそんな言葉は、一切出てこなかった。
二人はこころなしかアトラクションから僕の体を無理やり遠ざけるように少し強引に振舞って素敵なオシャレをひらひらとさせた。
「次は、洋服見て!屋上でパフェ!」
「パフェはダメだよ、瑞樹お金ないんだから・・・」
「サイバーチューリップだっけ?もったいなぁい」
「あのおじさんに渡したお金でパフェ。いっぱい食べれたのに・・・」
「働けるようになったら、沢山パフェ食べさせてあげるね!」
「うん、期待しているよ」
ああ、なぜだろう。
つくづく、生意気だ。
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