話しのつうじない奴
右側で湯煎したチョコレートを型に流して今度は、左側の氷水で固めた。
型に収まりきらなかったチョコレートは、水と重曹を少し加えてレンジで温める。
「瑞樹?・・・何してるの?」
勉強もせずに友人と遊んでばかりいる二人が帰宅する。早速甘い香りに気づいたようだ。
「お返し、してなかったから」
「それ!バレンタインにあげたやつ!!?溶かしちゃったの?」
「うん」
「酷い。瑞樹の為に一生懸命作ったのに・・・!」
やはり、母の事を思い出した。
泣きそうになる空子を見ていると胸がズキズキする。でも、お互いに慣れるべきだ。
「僕も食べるよ」
「知らない!」
「きっとおいしくなったよ」
「うるさい」
期待通りに、空子はぷりぷり怒って部屋の角に設置したカーテンの向こうに消えていった。
あの区画を作ったのは、正解だった。風葉は、チョコを一つ食べておいしいと言ったが。
その目には、やはり空子と同じように悲しみの色が出ていた。あまり感情的にならないこの子が悲しそうな顔をすると胸がずきずきする。でも、お互いに慣れるべきだ。
「ねぇ、瑞樹?」
「なに?」
「宮下さんからもらったチョコも入ってるの?」
「うん」
宮下さんからもらったチョコレートは、毎年その日にこっそり全部食べていた。
中学校の入学式も、終業式前の前に決まって執り行われる参観日も参加しなかった。
楽しみと言える物は、月に一度の宮下さんの来訪だけだった。
でも、それだけでは、少しもの足りなくて。あわよくば長谷川の時のように町でたまたま出会えることを期待して無駄に外出をしたりもしたが、週末の町はおろか、仕事が終わる頃の夕方の町ですら、その姿を見つける事が出来なかった。
わざわざ遠回りをして、遅い時間に帰っていると言うのに二人はまだ家に帰らない。
正しくは、空子が帰ってきていなかった。
最近二人は、それぞれ単独で行動することが増えた、どちらか片方は帰宅が少しだけ遅くなる。理由は、聞いていない。
「ねぇ、瑞樹?」
みんな、僕から離れていく。もしかしたら、逆かもしれない。
「なに?」
「肩揉んであげよっか?」
「疲れてないからいいよ」
本当は、それを望んでいるのかもしれない。
それから、左手の腕時計をそっと撫でた。
淡々と、日々が流れていく。あと2年と6か月。
一度死のうとしたくせに、その時が訪れるのを恐れているのはその先に死ぬよりも怖いものが待っているが判るからだ。
中学校の勉強は、難しい。特に、英語だ。
Sea see she
という三つの単語が有る。これらの発音は全てシーだ。
にも拘らず、それぞれが全く違った意味を持つ。例えば、彼女は海を見た。となったとき
she sea see とはならない。
She saw the seaとなる。sawはシーの過去形だが、ザはどこから出てきたのか?
ザの意味を調べると実に曖昧でなくてもいいものに感じるのだが。
問題集の並べ替え問題などには、きちんとザの存在が有る。
同じシーでも何故綴りが違うのかややこしい。
動詞だのビー動詞だの一般動詞だの動詞の意味が解らないのに初めから教科書にそう乗っている。イズアムアーの中でアーだけ明らかにおかしいと思うのは僕だけなのだろうか?
社会も、数学も、まるでわからない。頭がどうにかしてしまいそうだ。
今日も、鉛筆を握る手だけが強張って、二人が問題を解き終えるのをじっと待っていた。
すると、風葉が少し寂しそうな顔をして言う。
「瑞樹?勉強解らなかったら。無理しなくてもいいんだよ?」
なんとなく気が付いていた。いつからか僕の存在は二人の勉強の妨げになっていたのだ。
すっかり、子供に図星を指されたような気がして、体中にアドレナリンが回るのを感じると、額からうっすらと汗が出た。恐る恐る空子の方を見ると、空子は2度しっかりとうなずいた。
ほんの半年前までは、3人で少しづつだが教養を身に着け、等しく賢くなろうと努力していたのに。
実を結んだのはこの子達だけ。徒労に終わった時間を何で補うべきか悩みながら。僕は折りたたんでいた両足を小さなテーブルの下に放り出して、天を仰いだ。
遠くで聞こえる波の音と、2本のペンが力強く英知を刻む音だけが聞こえてくる。この部屋には時計が無いのだ。宮下さんから頂いた大切な大切な腕の時計を何度もチラ見して、やがて表示された時間が変わらないものになる頃に。飽きてきて、空子の足を足でつついた。
「邪魔」
真面目ぶりやがって。
空子は、教材から目を離そうともしない。
同じように、宮下さんから頂いた大切な大切な腕時計をチラ見して、やがて表示された時間が同じものになる頃に。飽きてきて、風葉の足を足でつついた。
「もうちょっとだから、待ってて」
風葉は、優しく微笑んだ。しかしそれはそれで、辛いのだ。
しかし、不幸な蝙蝠は。と文章を作るときは。
バットバッドバットとなるのだろうか?きっとそうはならない。
軽い照明に書くでライトライトライトになるのだろうか?きっとそうはならない。
正解以外は、許されないその極地。英語など言葉の可能性を奪う悪魔の言語だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます