私たちは、気付くべきだ。

 庭のナスやトマトやキュウリが収穫できそうになった頃、二人に夏休みがやってきた。

だからと言って、僕の生活にこれといった変化はない。二人の担任である石川先生からの便りが消え、昼食の用意をする手間が増えただけだ。その一方で、時間を持て余す二人は、良く学校の友達と遊ぶようにもなり、僕の存在感は、日に日に薄れていった。

今月で宮下さんは10度目の来訪になる、うだるような暑さの中、扇風機だけが僕のよりどころだ。夏の料理は、どうしても簡素になりがちで。ご馳走となると。なかなかに難しい。

 宮下さんに出す料理を考えるときは、たいてい一人の時で。今までは、適度にその事を考えない時間もあった。しかし、夏休みを迎えた二人が家にいない時間が増えると、虚空を生めるように発生したその時間も肥大化し、苦しみに近いものになっていた。

少しでも気を紛らわすために、部屋に小さな中古テレビを設置した。古く奥行きのある箱型のテレビだ。このテレビは、上路社長がリフォームした依頼人から不要になった物を譲り受けたもので。壊してしまうのならと、僕が引き取ったのだ。 

 夏休みのテレビ番組は、子供にとって魅力的な物ばかりだ。

二人は、初めこそ電気代だ贅沢だ必要ないなどと文句を言ったが、すぐに夢中になり家にいる事が増えた。僕にとってもテレビは大変興味深く、二人が寝静まったころこっそり音を消して大人向けの少しだけ過激なドラマを視聴しては、宮下さんに対する思いを募らせ、決して一人では無い事を実感した。


そんなある日のことだった。

きっかけは、素麺だった。


3日間連続で食事にそうめんを用意した夕方に風呂から戻るとテレビの電源ケーブルが切断されていた。突然の、世界との惜別を僕は受け入れる事が出来ない。

いつもより、険悪な勉強の時間に初めに口を開いたのは、空子だった。

「明日のご飯何?」

態度が悪く挑発的だ。反抗期かも知れない。

「素麺」

「昨日も、今日も素麺だったじゃん!おとといも!」

空子は苛ついていた。少しでも、刺激したらまた泣いてしまうかも知れない。

しかし、だからと言ってあんなことをしていい理由にはならない、僕の、数少ない世界との接点を破壊しておいて。偉そうに。

「明日も、明後日も、宮下さんが来る日以外は素麺だよ」

泣くがいい、そして、脳が焼ける程怒れ。

目が座って一瞬切れそうになる寸での所で空子の焼けた腕を風葉がチョンと触ったとたん。

空子は、何かを思い出したように急に冷静になり、机に広げられた夏休み帳の上で肘を組んだ。

「あたし、瑞樹のおいしい料理がまた食べたいな」

素麺だって料理だ。そう思うと同時に大人げない事をしたと反省もした。

ともあれ、子供からの停戦の申し出を受け取らないわけにはいかない。テレビの事は、誠に遺憾であったが、痛み分けだと思い忘れることにする。

「・・・おうどんがいいな。海老天の。なべ焼きの」

素麺と、さして変わらないじゃないか。

「あたし冷やし中華がいいなぁ」

明日は、昼に冷やし中華にして、夜に、なべ焼きうどんにしよう。つくづく、同じ星を見ている保護者と言われる大人たちに畏敬の念を抱かずにはいられない。そして、他人の作り出す世界は、やはり、人を良くも悪くも狂わす事を痛感した。

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