屋根のある幸せ

 記憶の断片を幾度となく思い出すだけで、もう2度と、あの部屋で目覚めることは無かった。


目が覚めたら、今までの出来事はすべてテレビに映し出された映像で、都会のコンクリート製の狭い部屋で体を這う虫のようなものに起こされて。それから起こる素晴らしい時間を何度も何度も繰り返すことが出来るのであれば。もしそれすらも虚像であったとしても僕は望んで受け入れると言うのに。波の音と、潮の臭い、ゴミと犬小屋の臭い。


紛れもなく、ここは、外側の世界だった。


 早朝の水道の水みたいに手足が冷たくて、思わず膝を抱えて息をする。永遠と止む事の無い波の音が耳障りで今でも冷たい床が波打って、あそこに浮かんでいる気分になる。


まだ、日の昇らない明け方の暗い空が覗ける玄関の割れた窓を見ていると、瞬きをする度に段々と視界が鮮明になっていった。耳も瞼も指先も少し寒い。

 やがて、外よりも中の方が微かに明るいことに気が付いた。居間の小さな光が廊下まで弱弱しく漏れているのだ。意図したわけでは無いが、足元のごみに注意して。明かりの漏れる部屋まで来て、中の様子を見た。

 部屋の奥には、ゴミだらけで見るからに異臭を放つ流し台と、カセットコンロ並みに簡素のガス台が備え付けられていた。それらは、どちらもひどく汚れていた。

 畳が貼られた居間のスペースにノートや教科書やゴミにまみれて、いくつもの小さな四角い紙きれを発見する。

キャラメルの包装紙だ。

 それらをたどると、部屋の隅の畳一畳ほどの僅かなスペースで寒そうに身を寄せ合いながら眠る二人を発見した。

電気を消す音で起こしてしまうのは、少し申し訳ないように思えて。

恐らく、昨日の夜からずっと玄関で眠る僕に掛けられていた。ピンク色の小さな毛布を二人にかけてやった。

 この子達は、誰かに譲り続けることがやがて自らの破滅に繋がってしまうことをまだ知らない。手も足も覆える毛布が必要だ。と、何処からかひょいと欲が出た。

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