くるまどめ

 嫌な人ってやっぱり必要。だって生きようって思えるもの。

だから、パパもママもアホな兄さんも必要ってことになる。


 最近ちっとも眠れない、寝て居る間に何をされるか不安で仕方がないから。

部屋に鍵をかけたけれど、こんなのちっとも役には立たないんだ。

僅かな隙間や壁伝いそれに忌まわしい、それらすべてあの人たちと同じ場所につながっている。部屋に入った一歩目は、すでに部屋の外と変わらない、だからそこには居たくない。2歩目も3歩目も4歩目も椅子の上もベッドの上だって。油断させておいて私を眠らせようとするベッドは特に恐ろしい。僅かでも床に触れて居たくなくて靴下を重ねてはいてみたけれどやっぱり無駄。椅子の上に立って見たって無駄だった。宙に浮かないと駄目なんだ。でもジャンプする程度じゃあやっぱり無駄。イカㇾているって思われて、わざとらしく駆け付けるあの連中を喜ばせるだけ。透明になって、宙に浮いて、窓から飛んで空のかなたで生まれ変わるしかないんだ。

でも死ぬのは嫌、あの連中をもっと喜ばせて幸せにするだけ。そんなの絶対許さない、逆がいい、生きて。こっちが幸せになるの。あの人たちは死んでもいい。でも邪魔なものがある、引き出しの中のアルバムの昔の写真。これが他人のものだったらどれほど良かっただろう。この時の記憶がぽっかりなくなってくれれば私はどれほど幸せになれるだろう。そんなことを考えるたびに無音の音が消えて、耳の奥がぶるぶる揺れて、胸が切なくなるのがどうしようもなく。どうしようもなく。そんな奴は今すぐにでも死んでしまえばいいのに。と、そのたびに思うのです。


初めて手首を切ったのは高校生の時、まじめでやさしい無口で素敵な学校の先生の車の中。

先生は、怒りと恐怖で顔をくしゃくしゃにして頭がおかしいんじゃないかって屠殺前の羊みたいに喚いていたけど。全然分かってない、頭がおかしくないことを証明しただけ。

この程度で狼狽えるなんて興ざめもいいところ。

もっとひどいこと沢山された。それでも形をゆがめて何とか正気を保ってる。

でも辛い。


明日学校さぼろかな。

同じ学科の子達はみんなとってもお馬鹿さん。

たいした理由もないのにさぼってばかり。

だから全然目立たない。

さぼれば透明。

学校なんてちょろいちょろい。

家が怖い。

無駄にお金があるものだから一見立派な家だけど、このお金がまともで無い事くらいずっと前から分かってた。でもお金は絶対必要。

消えたい消えたい。お金お金。生きたい。でも本当は、本当は。

遠くで、電車の音が聞こえてる。


すっかり給仕ババアに成り下がったママの足音が聞こえて来て心の中で必死で祈る。

お願いだからあの気持ちの悪い声を出しませんように。

今日は願いが天に届いて、ママは何も言わずにそのまま下に降りてった。

食事は、隣の部屋のアホ兄さんの。私の分はもちろん無い。あったとしても食べたくない。

代わりにたばこを一本吸いましょう。でもこの家の中は一切禁煙。心底冷遇。たばこ一本吸うためだけに少し遠くの公園まで、近くじゃダメ。

家の中でも外でも年増の女は若さを嫌う。

根っこがあるからいけない、どこから生えているのかわかるから、少しも脅威に感じない。

だから、奴らは背後から、チクチク刺すみたいに毒液を樹にかけるみたいに安全な所から姑息に追いつめて、世界の杯から零れ落ちるのを待っているんだ。ちょうどコインゲームの隅のコインあれが私。

だから少し遠く、人ならたくさんいる。一駅過ぎればみんなが無関心。

ここで、生まれ変わる。

翼の生えた一角獣のアリコーン。


そしたら、杯の周りを飛び回って零れそうな水を応援してあげる。

頑張れ!頑張れ!って。


でも、それが出来ないから。

杯などひっくり返って粉々に割れてしまえばいい。

嫌な奴らがみんな死んで、優しくていい人たちだけが生き残るの。

そしたらきっと世界には私一人。


寒い世界に音もたてずに滑り込む。

空気を吸ったら冬の香り、夜の香り。

家の仲よりずっとまし。らんらんらん。息する度に体の中から冷えてくる。

早くタバコを吸わなくちゃ。

いつもみたいに、お腹はペコペコ。キリキリ痛む。思ったよりもずっと寒い。

ああ、お願いします。誰か私を助けてください。


いつもの公園でも良かったのにそうしなかったのは、流れ星を見たから。

何度も見たことあるはずなのに、初めてそれを見たような。

古い素敵な絵本のかすれたページを見るような。

立ち止まるのを足が拒んだ寒い夜。一匹狼街をゆく。

不覚にも、帰りの事を考えずに遠くまで。そうさせたのは、流れ星。

一晩に二つ、新記録。何かいいことがあるかもしれない、それともこれがそう?

バカみたい、「ねぇ!今日、流れ星を見たんだよ!二つも!」「それは良かったね。外は寒かっただろう。さぁ、こっちにおいで一緒に暖かいココアを飲もう。お前を愛しているよ」全てが、輝きに満ちた日々。星だって、今よりもずっと・・・。

あの頃よりもほんの少しだけ星に近づいた。その筈なのに・・・。心の中で星たちを遥か上から冷たい足で踏みつぶす。

早くタバコを吸わなくちゃ。


漸くついた公園の、ちんこみたいな車停め。氷みたいに冷えたそのてっぺんを指先で撫でてエントリー。灰皿まではあとちょっと、だからここで立ち止まってタバコに点火。たばこはいつだって二箱持っている。切らしたことは一度もない。暖かい煙を一息含んで冷たい空気と一緒に吸い込んだ。火の熱さ、現世の香り。

ぼやぼやと脳が揉まれるような浮かぶ感覚。大丈夫、寂しくない寂しくない。

タバコがある、この世界が大好きなの。そうきっと大好きに決まっている。

途中、コンビニによってご飯を食べて体を少し温めてから帰ろう。ステージの無い月はいつもこう。何一つ変わらない、これまでも、これからも。

明日もまた、戦うの。同じ学科の子たちはみんな手強い、無自覚な敵意。狡猾さ、貪欲さ。

自慢自慢、幸せ自慢。

優位性の誇示。遺伝子の戦い。機知の貶し合い。

嫉妬することがあっても、させるのはダメ。興味を持たれてはダメ。自分の事なんて話さない。でも無理に拒めばなおさら目立つ。椅子取りゲームの音楽みたいにさりげない存在になるの。だから、最後まで、知性に抗うの。


いやだよぉ。


・・・・もう一本吸おう。この公園の灰皿は、トイレの前。他のスモーカー達の肩身を狭めないようにポイ捨てはしない。

開けた場所はやっぱり寒い。つくづく思う、本当に馬鹿な事をした。

靴だって、もっと歩きやすい靴があるのに嫌になる、嫌になって明日が来て嫌になってその繰り返し。生まれ変わりなんてない、その繰り返し永遠と同じところを同じように苦しんでマット運動の後転みたいに気持ちが悪い。ずっとずっと。

雲が月を隠すから、頬に吹き付ける冷たい風だけが広い空間に立っていることを教えてくれる。所々に立っている街灯は、自分勝手に足元を照らすだけ。

虫けらみたいにその光を頼りにトイレの前の灰皿まで。

トイレの前の椅子に座るかとっても迷う。だってこの椅子冷えている。

悩んで、タバコを吸ってまた悩んで結局そうしているうちに目が慣れてきて。

長椅子の向こうに映る黒い影が段々見えてきて。はじめは、ゴミ箱が変形したものかと思ったけどどうもそうでもない。きっと、お地蔵さんだわと思ったけれどそれもどうやら違うようで。顔を近づけてみてみると目が合いました。

それは、しゃがんだ小汚い人間でした。

驚いたりしない、だって可能性を信じているから。

ぬんと湧いて来る得も言われぬ優越感を感じるともうこんなところにはいられない。まだ長いタバコを灰皿にねじ込んで颯爽とその場を後にする。

あのうずくまった人も私と同じどこにも帰属しない居なくてもいい存在。

それを望まれた存在。

あれは私の成れの果て。

あんな風には、なりたくない。


不思議と心は晴れやかで、いつもは悩むコンビニもピットインみたいに素早く通過。

迷わず、さっきのところまで早足で。じゃないと冷めてしまうから。

同じ場所で、同じように惨めにうずくまったあいつの隣の椅子に、缶のコーンポタージュを置いて、また、何も言わずにその場を後にする。

少し早足で歩いたから。

ドキドキして、指先が


暖かい。

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