才女の壁




 同級生や学生時代からの知り合いたちの結婚式の招待状が次々と届く中、私はいまだに交際相手すら見つけられずにいた。もちろん、結婚するための努力を怠ってきたわけでは決してない。

 かくいう、今日も支援団体が主催するパーティーで知り合った男と夕食を共にした帰りだ。

しかしながら、今回も一度きり夕食を共にしただけで関係が潰えててしまったことは言うまでもない。

スマホアプリの連絡先を消す作業は、業務日報を記入するかの様にすっかり慣れてしまっていた。

パーティーに訪れる男たちは、その殆どが背が高く容姿端麗で、収入もよく、高学歴でおまけに育ちも良い。

 彼らは、その恵まれた容姿と境遇を武器に率先して若さが弾ける女たちにアピールをしてまわった。

 前回のパーティーで話した3人の男からは、パーティーが終了してまもなく食事の誘いがあった。

 私は僅かな罪悪感から、一度目の食事には毎回応じていたのだがそれ以上の関係に進んだことは一度もなかった。今日は、その3人目の男との食事だった。

フレンチのディナーだった、私はどちらかと言えば和食の方がもっと言えば一般的な家庭料理の方が好みなのだ。それは、とびきり着飾ったり気取ったりするのは、やはり性に合わないと薄々気が付き始めているからだ。分相応、という言葉もある。

 最近では、男たちが張り切って用意してきたであろう数々の話よりも食事の献立の方が気になるようになってきてしまった。それでは、やはり人としての礼儀にかけてしまう。

 彼らの話す話の内容と言えば、自らが携わる仕事の事や在学時代の冒険譚や武勇伝その類の話や、海外に旅行に行った話や趣味の話が主だった。天体観測が趣味で、自宅にあるというプラネタリウムに誘われた時は、思わず吹き出してしまうのを寸前でこらえた事もあった。自宅にプラネタリウムがある人間が実在しているなど思ってもみなかったからだ。


 どの話も、男たちの運の強さと頭の良さを象徴する大変興味深いものばかりなのだけれど、私はどうもこれらの話を素直に聞き入れることができなかった。こう思ってしまう、「その話でこれまで何人の女たちの気を逸らしてきたのだろうか」と。

 もちろん、これは下衆の勘繰りの領分で実際に聞いて確認したわけでは決してない。彼らのあまりにも輝かしい容姿、出生、職業、身に着ける装飾品や乗っている車。明るくてユーモラスな話術。それらを目の当たりにしてしまうと、他の女たちに対しても私と同じように、魅力を振りまいているのではないかと疑ってしまう。


 当然、今はいい。

しかし、もし私と家庭を築くつもりであればお互いを特別な存在として扱ってもらいたいのだ。浮気などは、もってのほかだ。絶対に許さない。

 一度それを考えてしまうと彼らは皆そろいもそろって魅力に溢れ過ぎていた。

どの男もキラキラとしたすんだ瞳で私を見て大げさな誉め言葉を掛けてくれた。

その評価が嬉しくなかったと言えば大ウソになる。

 そして、その評価は私が今まで積み重ねてきた努力の賜物なのだけれど、当然彼らは知る由もない。

 自らと同じように岩から完璧な彫刻が自然と浮き出てそれらが偶然という名の神の力の元出会ったに違いないと本気で思い込んでいる。

 残念ながら、そんなわけはない、私だって小便もするしウンコもする、放っておけば毛だって生えてくる。常に自然体の状態で美しい彼らに私の日頃の努力など到底理解できはしないのだろう。


 容姿など普通かそれよりも少しさえないくらいでいい、毎朝私の為にブルーベリージャムの蓋を開けてくれて、週末に買い物に付き合ってくれる寛容さと、荷物を半分よりちょっと多く持ってくれる体力があればそれでいい。他人を威嚇するためだけの装飾品など身に着けて居なくていい。暴力を振るわない誠実で正直で収入は少なくても働き者で絶対に私を裏切ったりしない、そんな男がいい。金ならある。


・・・・つくづく贅沢だ。全く何様のつもりなのか、帰り道私は深いため息をついた。

 

この辺りは、やたらと暇で元気のある老人たちが自発的に地域パトロールという名の情報収集を行っているため、すこぶる治安がいい。

平和で、退屈で、罪悪感の棘が胸をチクチクさせる。

 こんな時にはいつも両親の声が聞きたくなる。少しでも贖罪したくなるのだ。

こんな事を言いたくはないのだが私がここまで用心深く、尚且つ偏屈になってしまったのは、幾文か両親のせいでもあった。

 私にとって家族とは、友人を除けば私のことを裏切らない唯一の存在と言えた。

そして、その友人とやらは先日めでたく結婚した。

 私は常に、周りから結婚しようと思えばすぐに結婚できるという無責任な評価を受けていた。

私自身そのような考えを微塵も持ったことが無かったことから察するに。この事は、信頼と理解は必ずしも同列に存在してはいないということを私に証明してくれた。

 

両親に連絡をするのは家についてからにしようと考えてはいたものの、家までの一本道に差し掛かったところでバッグからさっき放り込んだスマホを取り出して母に電話をかけていた。

 この一本道には何もなく、切なくなるほど退屈なのだ。

 母は、仕事の癖からなのかいつも呼び出し音が3回なり終える前に必ず電話に出た。

そして、この性質は悲しいことに私にも受け継がれている。幼少のころより母にそう言い聞かされて育った私は、強い使命感でそれを今でも頑なに実行し続けている。むろん職場を除けばかかってくる電話はもっぱら家族からだけだったが。

「もしもし、お母さん?」受話器から耳を遠ざけても聞き取れるくらい大きくて元気に溢れる声だ。私からの電話にいつも嫌な顔一つせず、嬉しそうに出てくれる母の声を聴くととても安心する。

 私の実家は弁当の仕出し屋だ。父と母、夫婦二人三脚で経営される弁当屋は、あのあたりでは評判だった。仕出し先は、町内の小さな町工場達だ。

 朝は早くから夜は遅くまで、仕出し先の都合によっては土日も祝日も正月もお盆もクリスマスも夏休みも春休みも冬休みもゴールデンウィークもなかった。

 そのせいで、学校の行事に両親が参加したことは本当に数えるほどだったし、学校の長期休暇も旅行はおろか、ハイキングすら連れて行ってもらったこともなかった。

 

 そんな忙しい両親は、私たちが登校する頃にはもうすでに仕事をしていて、私たちが床に就く頃に帰宅した。私たちの食事は、二人が作った手作りのおかずがぎっしり詰まったお弁当だった。

 父も母もこれほど懸命に働いていたにもかかわらず、家は決して裕福ではなかった。

 材料費が軒並み高騰する中、価格を少しも上げないのだからそれは必然と言えるだろう。


 私が、そのことを一切気にしなかったと言えばウソになる。同じ年頃の女の子たちは、私と違い、いつも可愛らしく痛みの少ない服を着ていたし、進んだ遊びも経験していた。


 しかし、それでも私は両親のことが大好きだった。不定期に訪れる両親の休みの日には、家でのんびりくつろぐ父と母に思いきり甘えて困らせた。私は少しでも二人の役に立ちたくて少しでもいい仕事に就きたくて、一生懸命努力した。

そうすれば、もっと二人と一緒に居られると信じていた。

「ううん、何でもないの、みんな元気?」

 電話の先から父の声が聞こえた、この話し方は酔っている。私も酒は好きだ。最も父の様に弱くなどないが。

 父は、あまり酒が強いわけではないくせによく酒を飲んでいた。

「お父さん、またお酒飲んでるの?ダメじゃないこの前の検査で肝臓の数値悪かったんでしょ?こんな事、言いたくないけど、お母さんが気を付けてあげないと」

 父が酒の飲みすぎなどと言うありふれた理由で体を壊してしまうのだけは絶対に嫌だった。

父も母も相変わらず楽しそうにしている。

「ブォフ・・・!ユキチャン!!ユキチャン!!何ちてるのぉ?!」

 いつもの様に母から電話をむしり取ってあいさつ代わりの鼻息を聞かせてくれたのは、甥っ子の叢蒔(ソウジ)だ。少し前に歩き始めたばかりだと思っていたのに今ではすっかり携帯電話の使い方を理解していて、母に電話を掛けるときまって同じ質問を私にしてくれる。

「ソウちゃん?今おうちに帰ってるのよぉ」

 子供言葉は、すっかり慣れたものだ。

「おうち来るの?今どこにいるのぉ?ソウちゃん、おうちってこっちのおうちじゃないんだぞぉぉ!じぃじおさけやめなしゃい!!」

 私には、少し年の離れた馬鹿な弟がいる。弟は、町でもそれなりに有名な素行の悪い少年だった。

 その行いのせいで忙しくて仕方がないというのに事あるごとに両親が学校に呼び出されていた。両親と言ってもその役目を担っていたのはほとんど父だった。

 父は弟を学校から家に連れ戻していたのだが、私から見れば弟が仕事場から父を家に連れ戻しているようにも思えて、この馬鹿な弟が時折クレーバーな人間に見えた。

「ガララ・・・・・ッボッボフ・・・ユキチャン!!!!!」

もちろん私では無い、そもそも私の家は引き戸ではなくカード式のオートロックドアだ。

「ただいまぁー、おー叢蒔まだ起きてたの?ダメじゃん寝ないと。あら虹軌お帰りなさい。お!お疲れさん。ソウちゃんねぇ今日いっぱいお昼寝してたからねぇ。それとお姉ちゃんから電話かかってきてテンション上がっちゃったみたい。ユキちゃんから?ええ?!おねぇさんから電話?!小百合さんもお疲れ様。ままぁ!!・・・ゴツッ」

 電話口が一層にぎやかになる、弟夫婦が帰宅してきたようだ。

両親に迷惑をかけ続ける弟を周囲の人達は扱いづらい変わり者と煙たがっていたが、私にとってこの弟は、どんなに愚行を重ねようとも親のいない不安な夜にいつもそばにいてくれた唯一の存在だった。

 私は雷と大雨と地震がとてつもなく怖かった。

 もちろん今では当然完璧に克服している。

 しかし、当時はそのどれかが訪れる夜に、両親がその場にいなかったことに勝手ながら憤りを感じたものである。そんなときにいつも弟は私のそばにいてくれたのだ。

 私が努力を重ねてきたのはこの馬鹿な弟のためでもあった。私が、みんなを箱舟に乗せるんだ。そんな確固たる信念を持っていた。

 

 マンションのエレベーターに乗り、部屋のある階のボタンを押す。まだ新築の香りが残るエレベーター内は外よりもずっと静かだ。無作為に投げ捨てられたであろう電話から家族たちの声が聞こえてくる。

「ただいまぁ、叢ちゃんいい子にしてたぁ?・・・ぅうんちてなかった・・・!。あら!ホントぉ?嘘嘘!小百合さん、叢ちゃんいい子にしてたよ!ママの気引きたかったんだよねぇ。うーん、そうなのぉ。よしよし・・・お父様とお母様ご夕飯は済みましたか?ぁあ、こっちでやったから大丈夫ありがとう。私たちの事なんていいのに気を使ってもらっていつもありがとうねぇ。ママぁ!!!うんうんよしよし。携帯、落としっぱなしじゃん、母さんこれ俺が買ってやったのにもっと大事にしてくれよ・・・もしもし?ユキちゃん?携帯位何よ、私なんてあんたを育ててやったのよ。そうだそうだ、たまには小百合さんに楽させてやれ!お前はもっと働け!・・うるせぇなぁ、もしもし?ユキちゃん?切れちゃったかな・・えぇ、私もお姉さんとお話たかったのに」

 両親はうるさい、弟は馬鹿で、甥の叢蒔と義理の妹の小百合さんはとっても可愛い。


 カードキーでドアの施錠を解除して部屋に帰ってきた。ようやく安らいだ気持ちになる。下駄箱につかまって両方の靴を脱いで消臭用のスプレーを靴と足に撒いた。これまで数十種類この手のスプレーを試した中でこのスプレーが一番効き目がある。

 私が必死に努力し、今の職場に内定が決まったとき。弟から両親の弁当屋を継ぐことを聞かされた。さらに、小百合さんとの結婚もこの時に聞かされた。小百合さんは弟の虹軌の幼馴染で、私は恥ずかしながら、こんなに可愛い子が下級生にしかもこの馬鹿な弟といい仲だったなんて全く知らなかった。この時既に小百合さんのお腹の中には叢ちゃんが居た。 私は、喜ぶべきなのか驚くべきなのか弟をしかりつけるべきなのか、しばらくの間パニック状態に陥いりそうになったが、どうしようもない喪失感の末、二人の選択を尊重することにした。


 私の家族は、箱舟に乗り込み平和を待つよりも。大地に根を張ることを選んだのだ。

 

 髪留めを片手でほどいてジャケットとスカートを脱ぎ棄てたくなるのを我慢して皺にならない最低限の丁寧さでハンガーにかけた。ストッキングを片膝まで降ろしてあとは手を使わずに足で踏みつけてそのまま脱いだ。こんな姿は、家族にも見せられない。

しかし、これでようやく解放された気分になる。

「もしもし・・?虹軌?聞こえてるわよ、今日はお店どうだったの?」

姉ぶって大人のトーンで聞いてみる。

私の方が給料は格段に高いのだから、たとえ家庭を持つ身であれ、ひれ伏しなさい。

「ああ、ユキちゃん家着いたの?お帰り。まぁまぁだったかなぁ。来週末に一個だけ入ってた予約がキャンセルになっちゃってさ。このまま何もないなら休みにしちまおうかなって。オマエはバイトでもしろ!そうよー、休むのは小百合さんだけでいいのよ。そうだそうだ!。気を使ってもらってありがとうございます。でも、私は全然平気ですよ。ぇぇーでもたまには休めばいいのに、ホント申し訳ないわぁ・・・叢ちゃんだって私たちで面倒みるし。面倒見るったって、家にあんたら居たらさゆちゃんだって休めないだろうに・・・。あんたとは何だあんたとは?!大体週末休みならどっか連れてってやれ!無理言うなよ店番だれすんだってば急に予約はいるかもしれないし。お前だ!話になんね。そうだ!店番はお前がやる。叢蒔は俺と母さんで見る。小百合さんはユキのとこに泊めてもらおう。『えぇー!』ダメ?いや俺はいいけどさ。さゆちゃんは?私も、お姉さんと虹軌君がよければとっても嬉しいです・・。決定!ユキ頼んだぞ!でもお父さん、急に忙しくなったらどうするつもり?その時は叢蒔おんぶして手伝い行けばいいだろ、昔みたいに。あらッ。ユキちゃん勝手に話進んじゃってるけど今週の週末大丈夫?ダメだったら良いよほんと。頼むっゆきッ。ユキチャン!!!」

「ぇえ?まぁ、私は、別にいいけど」

断る理由などなかった。週末の予定など・・・ない。

 最近では一人で出歩くのにも抵抗を感じるようになってきたし。誰かを誘おうにも断られるのが目に見えているのでそうも出来なかった。幸い小百合さんとの仲は良好だし、あわよくば食事を用意してもらえると思うと心が弾んだ。

「ホントに?良かった、おおいユキちゃんいいってよ、さゆちゃん良かったな。ゆきッ頼んだぞ」

「別にあんたとお父さんのためじゃないからね」

 ベットにそっと腰掛ける、もうすっかり馴染んだ布団に触れると条件反射的に眠気が押し寄せてきた。この生地の肌触りは気持ちがいい、一番のお気に入りだ。

「わぁってるよ、んじゃ来週さゆちゃんとこヨロシクじゃねー。ああ待って虹ちゃん!虹軌君。ォォーゥ。スミマセン・・・。凪沙さん聞いた?うん聞いた。お姉さんにご挨拶させて。ん、さゆちゃんが話したいって。あ。お姉さん?すみません私の我儘でいきなりお邪魔させていただくことになってしまって」

 先程まで遠くで聞こえていた小百合さんの声だったが改めて耳元で聞くと布団の感触も相まってとても心地が良い。これが母性というものなのか。

「・・・ぃいえいいのよ。こちらこそいつもうちの家族が面倒ばかりかけて申し訳ないわね」

微睡みの中、妙なことを口走らないようにすることだけに意識を集中する。

「いいえいいえ!そんなとんでもない。ご両親と虹軌君にはいつもすごくお世話になってます。叢蒔の面倒も見てもらってしまってとっても助かっているんです。あの、お姉さんにとってはご迷惑かもしれませんけど私、週末すごく楽しみにしてます!もう、お疲れだと思うのでこれで切りますねおやすみなさいッ」「ええ、おやすみなさい」


はぁ。


「お風呂、入らないと」


 熱いシャワーを浴びたらすっかり目が覚めてしまった。かといってぬるいシャワーだと疲れなど取れはしない。

 頭にタオルを巻いて肌の手入れをする。毎日怠ることなく繰り返されてきた作業だが、来週末のことを思うといつもよりも念入りになってしまう。顔にパックが張り付けられた不格好な姿のまま、私は化粧台から立ち上がりノートパソコンが置かれた机の前の椅子に座り、伏せられていた画面を起こした。

 パソコンの電源はいつだってつけっぱなしだ。

 

 私は、パソコンのことなどさっぱりわからないので、電気屋の店員に一番いいノートパソコンをくださいとお願いした結果勧められたのがこれだ。

 実際このパソコンは私の職場で使用されている数多くの汎用パソコンのどれよりもスイッチを入れてから操作ができるようになるまでの時間が短い。

 なので、その都度電源をオフにしても全く構わないのだが、閲覧しているインターネットのページがリセットされてしまうのが嫌で現在のスタイルをとっている。

 画面上にはすでに24個のページが同時に表示されている、我ながらがさつだと毎度思うのだがこの事を観測できる存在は私を除いていないので気にはするものの治そうとも思わなかった。

 昨日最後に何を見ていたのかは覚えていない、最も覚えていないからこそリセットできないのだが。かといって前日の最終地点から閲覧を再開することはめったにない。新しいページを表示してお気に入りの欄から数種類の決まったサイトを閲覧する。

 これらのサイトの運営者は大変勤勉で、ほぼ毎日私に新しい発見と感動を提供してくれる。

 いくつかのサイトをパトロールした後。スタート画面の美男子が描かれているアイコンをおもむろにダブルクリックして起動する。

「お帰り、ユキ」

ふむ、今日はこいつか。

 これは、スマホ版アプリゲームのパソコン移植版である。以前はスマホでプレイしていたのだが、うっかり終了し忘れてしまった事と音量を下げておくのを忘れてしまったことが同時に起きてしまったときに大変恥ずかしい思いをしてから、スマホ版のミュート設定を経由してから結局パソコン版に乗り換えた。

 その時は居合わせた人間が私以上の機械音痴な人物だったことで事なきを得た。

 アプリゲームと言っても複雑な操作などは一切存在しない。主人公に扮した私が、ゲーム中の登場人物たちと交友関係を深めることによってそのキャラクターたちとのストーリーや絡みを楽しむもので、どちらかというとゲームというよりも読み物に近い。

 キャラクターは、容姿端麗な若い男たちばかりだ。

 そして、都合のいいことに全員が主人公、つまり私に恋愛感情を抱いている。

 

 はじめは、この都合のいい状況に嫌悪感すら感じたものだが、最初に選んだストーリーを全て読み終えたころには、あまりの非現実的なその内容に不思議と安心感を覚え。ズルズルと現在に至る。こんなことなど、ありえないのだ。だからこそ、いっそ割り切って楽しむことができた。

 ゲーム中に登場する男たちは皆、製作者側の集金戦略に則り現実離れしていて魅力的に描かれていた。

 思えば、私の婚活が上手く行かないのは、もしかしたらこのゲームのせいかもしれないと最近では薄々感じるようになっている。実在では存在しないはずの架空の人物、それ以上にパーティーに参加する男たちは一見して魅力的なのだ。

 実在しないはずのものが本当に実在するのだろうか?私は深いため息をついて、少し苦戦しながらパソコンからゲームを削除した。会員情報さえあればセーブデータはいつでも復元できる。なぜこんなことをしたのかと言えば、来週末の小百合さんの来訪に備えてだ。 

小百合さんは、おしとやかで行儀も良い。他人のプライバシーを侵すような真似は絶対にしないと断言できるのだが、何事にも不慮の事故はつきものだ。私の不注意で小百合さんに余計な気を使わせたくはない。


 画面の不自然な空間を見たらほんの少しだけ、甘く切ない気持ちになる。

 

 寝る前に戸締りを確認し就寝の支度を整え電気を消してそのまま寝てしまおうかとも思ったが私はもう一度インターネットを開いていくつかのサイトを閲覧した。

そして、閲覧したサイトの履歴もすべて削除した。あと1週間あるがその間、履歴に残っても問題がないと思われるサイトを思案する。

理由は、言うまでもないだろう。

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