ある日の夜

 毎朝、サラダボールとお気に入りのシリアルが嬉しそうに戯れる音で目が覚める。

本やドラマのワンシーンのように、小さな窓から差し込む日差しの中にはいつもあの人が居た。


塩辛いだけの毎日を、明日が待ち遠しくなるほどに。彩ってくれた素敵な人。



彼は、もう眠りについただろうか?

主張の激しいお月さまと。

白波の音以外静まり返った暗闇は、いつだって私を悪事に駆り立てる。

あの、まん丸のお月様は、太陽の光を反射して光って見えているのだと言う。

これは、学校の授業で習った事だ。太陽って、やっぱりスゴイ・・・お月さまと呼ぶのだから、太陽様と呼ぶべきだ。


身じろぎで微かに揺れるカーテンの隙間から月明かりに照らされた部屋の全貌が薄っすらと見えてくる。

視界が通るほど、明るいのだと思うと。今日も、なかなか寝付けない。

「ねぇ、風葉かぜは?起きてる?」

私は、隣で寝ている風葉に小声で問いかけた。


「・・なぁに?」

風葉は、身じろぎ一つしなかった。そうすると、たとえ夏であっても、体が冷える事をお互いに知っているから。

「今日、明るいね。」

「・・・うん。」

「する?」

「・・・うん!」


住み慣れた部屋の中を2匹の猫のように移動する。

風葉はいつものように全く物音を立てない。


年頃の私たちのプライバシーを尊重するために備え付けられた事になっている『疑似一人暮らしカーテン』の向こう側は居間になっている。こんな薄壁では、私たちは止められない。


この家には不釣り合いな大きい4枚張りのガラス戸はレバー式の鍵でしっかりと施錠されていて。

そのガラス戸に切り取られた夜空に浮かぶ月は、私たちの寝床よりも明るく静かに居間全体を、強いては部屋全体を、強いてはこの小さなな家全体を照らしていた。

海岸のずっと向こうで白波が立つ音が聞こえて、お月様の光が体中にしみこむのを感じた。

煩くて仕方がなかった波の音も、今では、素敵な思い出を思い出させてくれるから、愛おしさすら感じる程だ。


6畳ほどの居間は、いつだって良く掃除されていた。髪の毛1本落ちていない。そして、その先はひんやりとした板間の台所になっている。

使い古された流し台は、隅までピカピカに磨かれて、夜中であっても角度によっては月光を鋭く反射して鈍く輝いた。

そのおかげで、私たちは薄暗闇の中でも方向を間違えたりはしない。

その月光を映し出す流しの足元の両開きの、お鍋や包丁がきちんと格納されている、収納の前に、真っ黒な、芋虫のようなものが横たわっている。


「風葉、どう?」


「・・・大丈夫、眠ってるみたい。」

吉報に、日頃の感謝を込めて、抱き着いてしまいたくなる。

芋虫のシルエットに私たちの影が、そろりそろりと忍び寄る。いい匂い。


「今日は、疲れたのかな?」

「・・・うん。よく眠ってる」


 寝息のする方へ顔をそっと近づけると、私の影が彼の横顔に重なった。

この時、胸はいつも高鳴っていた。

もし起きてしまったら。なんて言うだろう、なんと言い訳をしよう。でもきっと許してくれるに違いない。

分かっているけど止められない、スリルと興奮は常に、リスクと等価交換なのだから。

私たちが夜中にコソコソ起き上がって。これほど、淫らな事をしていると知ったら、彼は、私たちの事をどう思うだろうか。


幻滅し、嫌われてしまうかも知れない。

でもきっと、許してくれる。


四つん這いになって自然と荒くなった鼻息を飲み込むように鎮めると、切なさで胸がいっぱいになる。いっそ起きてしまえばいいのに穏やかな顔をして、寝息を立てて・・・・。

ゆっくりと、彼の頬の近づく。この時私は、自らの胸の高鳴りで彼が眠りから覚めてしまうのではないかと、いつも不安に苛まれた。

体重を支えている指先が、全身が、心臓のように脈打つ。


頬まではあと数センチだ、高鳴りのせいで息が苦しい!

もう少し!

もう少し!



ちう



「・・・・・!!」



ッパパリパリポリポリパリポリポリ・・・・!!


『!!!!!!』


今日も上手く行った。


 



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