第30話 新たな発見


 夕方。

 アレックス公邸、アイリスとイリアの寝室。


 イリアは遺跡探索を終え、転移魔術で寝室に戻ってきた。 


「——イリア! おかえり! 例の遺跡はどうだった?」


 イリアは部屋に到着するなり、アイリスの元気な声を耳にした。

 学院の授業を終えたアイリスは急いで帰り、部屋で首を長くしてイリアを待っていた。


「ふふふっ」


 目をキラキラさせながら前のめりに聞いてくるアイリスの様子が可愛くて、イリアはクスクス笑う。


「ね〜、教えてよ〜!」


 アイリスは後ろからイリアを抱きしめる。

 説明してくれるまで離れないつもりだ。


「一緒にお風呂入に入らない? 埃まみれの場所だったから、体を洗いたいの。お湯にゆっくり浸かりながら話してあげる」

「いいよ〜」

「きゃっ」


 イリアは急に体が浮いたので、慌てた声を出した。

 魔術でイリアを浮かせたアイリスはお姫様抱っこし、そのまま浴室へ運んだ。



***



 1週間後。


 アイリスとイリアは地下遺跡の中を歩いていた。

 フランケも同行しているが、別の場所で作業中だ。


「こんなに早く入れるとは思わなかったよ〜。光ってて綺麗だね〜」


 イリアの魔術によって遺跡の魔術跡が光っており、その美しい光景にアイリスは目を奪われていた。

 すでに遺跡内に存在する危険なものはイリアとフランケによって排除されていたので、アイリスは自由に触ったりしている。


「ふふふっ、気に入ってくれると思ってたわ」


 アイリスの様子をイリアは嬉しそうに横から見つめる。


「この遺跡の天井は全部取り除くの?」


 アイリスは遥か上の天井を見上げていた。


「そうよ。地盤がかなりもろくなってて、大崩落の危険があるの。今は魔術で固定しているけど、長期間の維持は難しいわ」

「農地開発を中止したみたいだけど、タルコット家は納得してるの?」

「アレックス様の話では、ここは王家とタルコット家の共同管理区域になるみたいよ。私たち魔術師が土地を整備した後に観光地化して、管理はタルコット家に任せるそうよ」

「まあ、こんな大きな場所なら整備は魔術を使わないとね。それでも、何十年とかかりそう」

「そんなことないわ。遺跡を発掘しながらだから……1ヶ月程度かな」

「へー、かなり早いね。ゆっくり発掘する時間を取ればいいのに」

「1ヶ月で十分すぎるわ。私の魔術を使えば発掘なんて数日で終わるのよ」

「え? じゃあ、なんで1ヶ月?」


 アイリスは首を傾げた。


「子供たちや魔術コースに通う学生さんたちに魔術を使った探索を経験させてあげたいからよ」

「なるほどね。来週の学外実習はここを予定してるんだね?」

「正解」

「それで? 俺に見せたいものって何?」

「こっちよ」


 イリアはアイリスの手を引っ張り、砦のような大きな建物の中へ入っていった。





 建物内、地下。


 経年劣化で崩れた大きな扉の瓦礫を通り過ぎ、棚がたくさん並んだ部屋にイリアはアイリスを案内した。


「——ここは遺跡の中でも一際大きな建物だけど……ここを統治していた人の家なのかな?」

「おそらくね」


 イリアはアイリスの問いかけに頷いた。


「すでにこの部屋で発見された書物とかは公邸に運んでしまったのだけど、この石板は圭人に見せてから運ぼうと思ってて……」


 部屋の一番奥に台座が3つ並んでおり、中央の台座に石板が置かれていた。


「この石板を見て欲しいの」

「これ? 何が書かれてるかさっぱりわからないよ」


 石板の中央には鏡がはめ込まれており、その下に古代文字で短い文が刻まれていた。


「『本当の自分を映す真実の鏡』と書いてあるのよ」

「本当の自分?」


 アイリスはそう言いながら鏡を覗き込んだ。

 イリアによって綺麗に埃が取り払われているので、はっきり顔が映っているのだが……。


「え!? 俺!?」


 アイリスは大きな声を上げた。


「やっぱり! 圭人はそう映ると思ってたの!」


 イリアは横からその鏡を見て笑みを浮かべていた。


「どういうこと!? だって俺の本当の顔……男だった時の顔がここに映ってるよ!?」

「私もそれを覗き込んだ時は本当に驚いたわ。私の場合は全く映らなかったんだもの。複製体さえ見抜けるみたい」

「まるでおとぎ話に出てくる魔法の鏡だな……」


 アイリスはそう言いながら鏡に映る自分を見つめる。

 頬を引っ張ったり、表情をいろいろ変えたり……何をしても映っているのは元の姿の圭人だ。


「私、記憶では知ってるけど、圭人の顔を見るのは初めて。前のイリアが好きになるのもわかるな〜」

「え? そ、そうかな……」


 アイリスは照れて顔を赤くした。


「この鏡を応用して圭人を元の姿に戻せるかもしれないの」

「え!? 本当に!?」

「うん!」

「でも……この体が急に男の圭人に戻ったらやばくない? 王家だけじゃなくて国中が騒ぎになる気がする……」


 アイリスは顔を曇らせていた。


「圭人は男に戻りたくないの?」

「まあ、たまにそう思う時はあるけど、前ほどこの体は嫌じゃないよ。むしろ、気に入ってる」

「そっか……」


 イリアは肩を落とした。


「どうした?」

「男性の姿の圭人に会いたいなって……。できれば、圭人との間に子供が欲しかったから……」


 アイリスは悲しい表情を浮かべたイリアを抱きしめる。


「イリアのその気持ち、すごく嬉しい。俺だって男の体でイリアを抱きたいよ。でも、俺1人で判断できないからアレックスに相談していい?」

「うん」





 アレックス執務室。


 アイリスとイリアは公邸に石板を持ち帰り、アレックスの執務室を訪れていた。

 ちょうど今、アイリスの今後の性別や姿について、アレックスに話したところだった。


「——別にいいんじゃないかい?」

「え!?」


 アレックスが迷わず即答したので、アイリスは驚いて目を見広げていた。


「驚くこと? 僕はもともと男性が好きだからね。圭人が本来の姿に戻ってくれたらうれしいよ」


 アレックスは、ソファーの横に座るアイリスの頬を愛おしそうに指で撫でた。


「え、でも……アイリスがいなくなることになるけど? 国が混乱しない?」

「魔術研究が失敗して外見が変わってしまった、と説明すればなんとでもなるよ。なんせ未知の技術だからね。王妃になるわけではないから、そこまで大ごとにはならないよ」

「な、なるほど……」


 深刻に受け止めていないアレックスの反応にアイリスは動揺していた。

 少しでも悩んだ自分が馬鹿だ、と思えるくらいに。


「イリアはこれ機に圭人との子供を作ればいいよ。あまり状況を複雑化させたくないから、僕との間にできた子供と公表することになるけど」

「それで構いません! アレックス様、ありがとうございます!」


 正面のソファーに座るイリアは満面の笑みを浮かべていた。


「圭人、そういうことだから」


 アレックスはアイリスに微笑みかけ、頬にキスをした。


「う、うん……」


 スムーズに難題が解決し、アイリスは呆気にとられていた。


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