第29話 地下空間
新しいイリアが誕生して約5年後——。
アレックス公邸、面会室。
部屋の中央に置かれた6人用テーブルの上座にアイリス、その斜め右横にイリアが座っていた。
2人は下座に座るカイルから相談を受けているところだった。
「——アレクシア南東部を新たに農地開拓しているのですが、その途中、大きな地下空洞が見つかったのです。連れてきていた馬たちはその空洞から何か嫌なものを感じたのか、急に暴れ出したり、逃げ出そうとしたり……異常なことが色々と起こりましてね……」
それを聞いたアイリスとイリアは眉間にしわを寄せた。
「はあ……最終的には開拓に関わっていた者たち全員が『近づきたくない』と言い出す始末で……。我々ではどうにもできませんので、どうか魔術のお力をお借りできないか、と思いまして」
カイルは頭を下げた。
昔はチャラチャラしていたが、今では妻子持ちの落ち着いた雰囲気に変わっており、アイリスが信用する人物の1人だ。
「その件については私がお引き受けいたします。アイリス様、よろしいでしょうか?」
「いいよ。イリアに任せる」
2人の会話を聞いてカイルの顔色が明るくなる。
「ありがとうございます! では、詳細な場所を説明いたします——」
*
その日の夜。
アレックスとアイリスの寝室。
「——アレックス、カイルからの報告聞いた?」
アイリスは浴室から出てきたアレックスに話しかけた。
「うん。王宮から戻った後、イリアから聞いたよ」
「私もイリアたちと一緒に地下洞窟へ行きたいなー」
「ダメだよ。イリアの代わりに学院の魔術コースの授業を引き受けたんだろう?」
「そうだけど……」
アイリスは俯いた。
「それに、子供たちもその授業を楽しみにしているんだ。ガッカリさせないで欲しいな」
「うーん……」
アレックスは前からアイリスの腰に手を回して抱き寄せた。
「そんなに行きたいの?」
「うん……。冒険みたいで楽しそうじゃん」
アレックスは眉根を寄せる。
「イリアは絶対に圭人を連れて行かない、と言っていたよ。どうやら古代遺跡のようだから、魔術が未熟なものは足手まといだ、と——」
「——知ってるよ……」
アイリスは唇を突き出した。
「圭人、ようやく魔術コースが軌道に乗ったんだ。圭人がいないと僕が困るんだけどなー」
アレックスはアイリスの真似をして唇を突き出した。
「そうだよね。アレックスの苦労は無駄にしたくない……」
アイリスが言うように、王立職業訓練学院の魔術コース設置は容易なものではなかった——。
魔術コース設置を公表した時、国中から反対意見が多数出てしまった。
『危険』、『怪しい』、『ハミルトン家は王家から出て行け』……など、魔術の偏見が根強かったからだ。
それでもアレックスは国中をまわり、国民に『魔術は危険なものではなく、むしろ国の発展に貢献できる。法律を作って危ないことは絶対にさせない』と必死に訴え続けた。
魔術が使える愛する妻と子供が偏見に晒されることは絶対に避けたい、という思いが強かった。
王家内部でも反対意見は出ていたが、アレックスの子供にご執心だった国王夫妻が『素晴らしい才能は活かすべきだ』と公言したことで一気にハードルが下がり、魔術教育に対する騒動は徐々に収まっていった。
魔術コース設置は2年遅れてしまったが、今では魔術コース入学希望の問い合わせが多く寄せられている。
「アレックスのために授業がんばるよ」
「ありがとう、圭人」
アレックスはアイリスを抱きしめ、額にキスをした。
「アレックス、行けない代わりに甘えたいな……」
アイリスは上目遣いでアレックスを見た。
アレックスは微笑む。
「ちょうどそうしよう、と思っていたよ」
アレックスはベッドへアイリスを連れて行き、2人は甘くて濃密な時間を過ごした。
*
数日後。
アレクシア南東部の地下空洞。
カイルから報告を受けた後、イリアはすぐに誰も立ち入らないように結界をこの周辺一帯に張っていた。
そのため、ミラとフランケも今回の探索に参加している。
「——なんで今までこんな大きな場所が見つからなかったんだ? ハミルトン家や王家の記録にも載っていないぞ?」
ミラは手帳型の記録魔術書を見ながらそう言った。
現在、3人はフランケの透視ゴーグルによって発見した巨大空間の中におり、ネックレス型浮遊魔道具と球体浮遊照明を使って見回っていた。
そこには石でできた建物が数百件以上あり、1つの地下都市とも言える大きさだ。
この空間は、カイルが発見した空洞のさらに下層に位置している。
「本当に不思議。これは明らかに古代遺跡だわ。きっと隠れて暮らしていたのね」
イリアは廃墟のような建物を眺めていた。
「ミラ、イリア、地面の下には水道設備があるよ! 今は水が流れていないようだけど」
透視ゴーグルをかけたフランケは嬉しそうに教えてくれた。
「こんな深い場所なのに空気が清浄なんて……すごい技術ね。せめて魔術の形跡があると嬉しいのだけど……」
「イリア、探索魔術を使ってみて」
「いいわ、ミラ」
イリアがその魔術を発動した直後——。
「うわっ……すげーな……」
ミラは驚きの声を漏らした。
その声でゴーグルを外したフランケは、驚きのあまり口をあんぐりと開ける。
「ここ……魔術で作られた都市だわ!」
目を輝かせながらイリアはそう言った。
イリアの探索魔術によって白色に視覚化された魔術使用跡は、暗灰色の建物や地面、壁、天井のいたるところにびっしりと付いていた。
その種類は魔法陣や文字列、図形など……多種多様だ。
それらは全て白く光っているため、照明がついたように明るくなり、地下都市の全体像がはっきりと見えるようになっていた。
「すごい! 圭人にも見せたかったな〜」
ミラはイリアの発言に少し吹き出した後、フランケの方へ顔を向ける。
「兄さん、この魔術跡すべて記録できる?」
「問題ない」
ミラの問いかけにフランケは頷いた。
「準備するから待って」
フランケはそう言うと、肩にかけたカバンを開けてごそごそと何かを探し始めた。
「あった」
フランケは嬉しそうに微笑み、手に持っている分厚い本を開いた。
「転写・記録を開始」
フランケが真っ白のページにそう話しかけると——。
空間全体が光に包まれた。
しばらくして光が消えると、ページの上に立体的な画像記録が出現した。
それは、地下都市がまるごと完全に複写したものだった。
「イリア、魔術解読頼んだ。今日は危険を避けたいから帰るぞ」
「わかったわ」
「りょうかーい」
3人はイリアの転移魔術でアレックス公邸へ戻った。
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