第28話 潔さ


 コンコンッ——。


 マシューはミラの部屋の扉を叩いた。


『……誰?』


 間がしばらくあいてからミラの返事が返ってきた。


「マシューです」

『入って』

「はい、失礼します」


 マシューはそう言うと、ドキドキしながら扉を開けた。


 廊下並みに暗い——それがミラの部屋の第一印象だった。


 扉の右側に3本のろうそくが立てられたスタンドがあり、その明かりを頼りにマシューは部屋を見回す。

 スタンドの近くには収納棚らしきものが1つ。

 その近くの床に服が脱ぎ捨てられていた。

 扉の対角線上にはベッドが1つ、その近くには浴室と思われる扉が見える。

 それ以外は何もなかった。


 あまりにも簡素な部屋だったので、『いかにもミラさんらしい部屋だ』とマシューは思ってしまう。


 ミラの姿が見えないので、マシューは扉付近でしばらく待つことに。

 おそらく浴室にいるのだろう、と考えていた。


 ガチャリ——。


 予想通り浴室の扉が開いた。


「ごめん、待たせた!」


 ミラはバスタオルで髪をガシガシと荒く拭きながら出てきた。


「ミラさん!? 服を着てください!!!」


 マシューは慌ててミラから目を逸らした。

 バスタオルでミラの上半身はかろうじて隠れていたが、ヒップラインは丸見えだ。

 薄暗い部屋だったおかげで細かい部分は見ずに済み、マシューは胸をなで下ろしていた。


「マシュー、こっちに来て」


 ミラはベッドに座り、足を組んだ。


「え!? まずは服を着てくださいって!!!」

「どうせ脱ぐから面倒なんだけど?」

「ダメですって!」

「もー、仕方ないな……」


 ミラは面倒臭そうに頭にのせていたバスタオルで体の前を隠した。


「そっちに行きますよ?」

「はいはい」


 マシューはミラの方をちらっと見ると……服を着ていなかったので慌てて顔をそらす。

 顔は真っ赤だ。


「服着てないですよ?」

「隠したんだからいいでしょ? もう——」


 このやりとりは時間の無駄だ、と思ったミラは立ち上がり、マシューの腕を掴んでベッドの方へ無理やり引っ張っていく。

 バスタオルはベッドの上だ。


「ミラさん! 強引ですって!」


 入念に準備したシミュレーションからすでに逸脱してしまったので、マシューはパニック気味だ。


「黙って!」


 ミラは問答無用でマシューをベッドに押し倒した。

 ミラの濡れた髪がマシューの頬にあたり、これが現実に起こっていることだとマシューは実感する。


「マシューはこうでもしないと私の体に触れないだろ?」


 マシューの上にまたがるミラは口角を上げた。


「僕の準備が台無しです……」

 

 マシューは顔を赤くしながらミラの顔を見つめる。

 

 ——ミラさんは綺麗だな……。イリアさんとそっくりだけど……目の力強さが違う。その目の奥には強い信念がメラメラと灯っていて、僕はその目が好きだ……。強気な態度も、研究熱心なところも全部……。


「ほら、早く私に快楽を教えなさい」


 マシューがミラに見とれていると、ミラは急かしてきた。


「わかりました。僕を身体中で感じてくださいね」

「頼んだ——」


 マシューはミラの体を回転させてベッドに寝かせる。

 そして、ミラの真っ赤な唇に震えながら自分の唇を落とした。





 マシューは息を荒げながら最後を迎えた後、2人はベッドの上で横になっていた。

 ミラは天井を仰ぎ、満足そうに笑みを浮かべている。


「これが快楽か……悪くないな」

「喜んでもらえて光栄です」


 マシューは横からミラを見つめていた。


「マシューはどんな気分だった?」

「えっと……とても興奮して、気持ちよくて……ミラさんのことを愛おしく思いました」


 ミラが真面目に質問してきていることは伝わっていたので、マシューは正直に答えた。

 どうしても恥ずかしくて顔は赤いが……。


「ふむ……愛おしい……まだ理解できない感情だな……」

「焦らなくてもいいと思いますよ。でも、僕はミラさんにだけその感情を抱いています」


 ミラの鼓動は少しだけ早くなった。

 それが何を意味しているのかはわからないが。


「そう言ってもらえると気分は悪くないな。うーん……この方法で子供を作ってみるのも悪くない気がしてきた」

「僕とミラさんの子供ですか?」

「当たり前だ。すでに試験管でも作ってるだろ?」

「そうですけど……そう言ってもらえて嬉しいです!」


 マシューの顔から笑みが溢れる。


「マシュー、念のため言っておく。どんな形であれ子供ができたとしても、私達で育てられないことはわかっているな?」

「はい。ミラさんの存在は公にできないですから」

「そうだ。いくら魔術が認知される日が来たとしても、複製体製造は私の手で続ける必要がある。だから私は表にでられない。見つかった場合、おそらくハミルトン家は処罰される」

「はい。僕はそれがわかっていてミラさんの研究を手伝っているんです」


 マシューの真剣な目を見て、ミラは再び鼓動を早くする。


「マシュー、毎日これをしに来てくれないか? どうしても快楽や愛についての知識を深めたい」

「ふっ……はい。ミラさんのご要望通りに」


 ミラのはっきりとした言い様にマシューは吹き出しながら返事をした。

 いつかミラが自分を愛してくれる日が来ることを願いながら。



 この日から約1年後、ミラはマシューとの間に魔術師の男の子を妊娠した。

 同じ頃、試験管培養による魔術師の女の子が誕生した。

 試験管の女の子はシュイラ、妊娠して生まれた男の子はマーラと名付けられた。

 2人はイリアとアレックスの子供として大切に育てられることになった。


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