第27話 ミラのハードな要求


 ミラの研究室。


 ミラとイリアは実験室の奥で話をしていた。

 ミラは壁際に置かれたデスクの椅子に足を組んで座り、その前にイリアが立っている。

 話題はもちろん、『アイリスと過ごした昨晩のこと』についてだ。


「——ミラ、報告は以上です」


 報告を聞いている間、ミラは動揺のかけらも見せず興味深そうに聞いていた。


「報告ありがとう。前のイリアは、そういうこと全然教えてくれなかったから助かったよ」

「ミラの研究に役立ちますか?」

「かなりね。ちなみに、マシューやアレックス様と同じ行為をする気はない?」

「今のところ、アイリス様だけです」

「へー、不思議ね……」


 ミラはイリアの顔を見ながら口角を上げた。


「ミラ、アイリス様は男に戻れないのでしょうか?」

「男になって欲しいの?」

「はい」

「どうして?」

「私もルーナやジョシュアのような子が欲しいからです」


 まだイリアの感情は表に出ていないが、イリアのクローンを見慣れているミラにはその強い思いが伝わっていた。


「そう。前のイリアもそう願ってたな……」

「知っています」

「イリア、その方法を探してみたらどう?」

「よろしいのですか?」

「もちろん。でも、頼まれた仕事は手を抜かないでよ」

「はい」


 イリアの口角がわずかに上がった。

 それを見たミラは驚いて目を見広げる。


「これがアレックス様の言う『愛』の影響なのか……?」

「『愛』ですか?」

「そうよ。私はよくわからないから説明できないけど。そのうち、アイリスが教えてくれると思う」

「わかりました」



***



 数日後、マシューの研究室。


 ミラは研究室の扉を外から開け、奥にいるはずのマシューに声をかけた。


「マシュー? 今、話す時間ある?」


 デスクでうたた寝していたマシューは急いで椅子から立ち上がり、ミラのところまで早足に向かった。


「ちょうど休憩中でした。こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 ミラはマシューの案内で中央実験台の椅子に座った。

 マシューは隣に座る。


「なんでしょうか?」

「マシューは女に興味ある?」

「それはどういう意味ですか?」

「『快楽だけを目的として、女の体に興味はあるか?』って意味」

「か、か……快楽ですか……?」


 マシューは顔を真っ赤にした。


「そう。子作りを抜きにして考えたら、どうなの?」


 ミラは平然と質問を続ける。


「な、なぜ急にそんなことを?」

「質問に答えなさい」

「はい……えーっと……興味はあります……」


 マシューはもじもじしながら答えた。


「誰でもいいの?」

「よ、よくないですよ……。僕は好きな人じゃないと……」


 マシューは質問の意図がわからなかったが、正直に答えた。


「そっかー。じゃあ、私とは無理ってことね。ありがと、時間をとらせたわね」


 ミラは椅子から立ち上がり、一歩踏み出そうとするが——。


「——待ってください!」


 マシューは慌ててミラ右手を左手で掴む。

 先ほどのおどおどした雰囲気はなく、真剣そのものだ。


「僕は一言もそんなことは言っていません! 僕はミラさんの体しか興味はありませんから!」


 マシューはいつも以上に声を張り上げて言った。

 ……が、その直後、恥ずかしすぎて顔を赤くしながら俯く。


「なんで下を向くのよ?」

「いえ、その……」


 ミラはマシューの顎を左手でクイッと上げ、顔を覗き込む。


「マシュー、今夜、私の寝室に来て。私に快楽というものを教えなさい」


 ミラはそう言うとマシューから手を離し、スタスタと扉の方へ行って部屋をあとにした。


「はあああ……」


 マシューはミラを見送った後、顔を真っ赤にして床にへたり込んだ。

 鼓動はいつになく早くなっていた。



***



 夜。

 アレクシア公邸、地下4階廊下。


 マシューは地上にある自分の部屋からここへ、ドキドキしながら降りてきていた。

 相変わらず埃っぽいな、と思いながらミラの寝室へゆっくりと向かう。


 ここを含めた公邸地下は秘密裏に魔術研究をおこなっているため、使用人の立ち入りは禁止されている。

 月に数回、フランケが開発した掃除機器が廊下や各部屋を巡回して掃除する程度なので、管理は十分に行き届いていない。

 地上の光が通らないこの廊下は、石造りの壁にろうそくが点在するだけの薄暗くてじめじめした場所。

 ハミルトン家屋敷と雰囲気が似ていた。


 マシューは指定された時間の少し前にミラの寝室前に到着した。


「はあ……」


 マシューは時計を確認しながら呼吸を整える。


 ——ミラさんの求める快楽は、あの行為でいいのだろうか……?


 マシューはおそらく正解だろう、と思っているが……。

 女性経験がないマシューにとって、ミラの要求はあまりにも不透明であり、ハードだ。

 当然、自分の研究どころではなくなってしまっていた。

 誰にも相談できないマシューは書物でいろいろと調べ上げ、頭の中で何度もシミュレーションして不安を取り除くことしかできなかった。


 そしてついに、時は来た——。


「はああ……」


 マシューは意を決してミラの寝室の扉をノックした。

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