第31話 変体魔術


 アイリスとアレックスの寝室。


 アイリスはアレックスと2人でベッドの中におり、アレックスの腕の中に包まれていた。


「——アレックスは、本当にこの女性の体に未練はない?」


 アイリスは不安な表情を浮かべながらアレックスを見つめる。


「難しい質問だね。僕はいまだに女性の体に興味はないけど、圭人だけは別なんだ。無償に圭人のこの膨らみを触りたくなる……」


 アレックスは布団の中でアイリスの胸を撫でる。

 アイリスは体をビクつかせ、顔を赤くしていた。


「圭人の質問にはこう答えよう、圭人ならどんな性別でも気にしない、とね」

「アレックス……」


 愛されていることを再認識したアイリスは、嬉しそうに微笑む。


「今夜で女性の体をもった圭人とは最後になるから、この体を目一杯可愛がらせてもらうよ——」


 2人は唇を合わせ、その日は一晩中愛し合った。





 翌日、イリアの地下研究室。


 窓や家具などが一切置かれていない部屋の床に、大きな魔法陣が描かれていた。


「圭人、裸足で魔法陣の中心に立って」

「うん」


 アイリスは魔法陣の外で靴を脱ぎ、緊張した面持ちで中央の円の上に立った。


「上を向いて」

「うん……あ、あの石板がある」


 天井には遺跡から持ち帰った石板が貼り付けられており、アイリスの方にその鏡が向いていた。


「そうよ。その鏡に圭人は映ってる?」

「はっきり見える。男の俺がね」

「それでいいわ。変体魔法陣の起動を始めるけど、準備はいい?」

「うん。よろしく」

「いくわよ」


 イリアは魔法陣の外で魔力を注ぎ、起動を開始した。


 すると——。


 アイリスを囲んだ魔法陣は光を帯び、光の塵のようになりながら鏡に吸収されていく。

 徐々に魔法陣は薄くなり、最後には全てが鏡に吸収されてしまった。

 その直後、鏡から光が放たれる。

 アイリスはその光に包まれ、あまりの眩しさにイリアは目を背けた。

 アイリスは不思議と光の中にいても眩しくなく、ずっと自分の体の変化を見つめている。

 身体中が熱く、今まで慣れ親しんだ感覚が薄れ、忘れかけた男としての感覚がよみがってくる。


 そして——ついに光が消えた。

 同時に石板が霧散する。


「イリア——」


 イリアは初めて聞く低い声で体を震わせ、目に涙を浮かべる。


「あなたが圭人なのね」

「うん。はじめまして、一ノ瀬圭人です」


 アイリス、改め圭人は両腕を大きく広げた。

 イリアは大きくなった圭人の胸に飛び込み、圭人は強く抱きしめた。


「アイリスの時と感触が違うね。柔らかさが全然ない。男の人はこんな感じなんだね」

「体が変わるとこうも感覚が違うとは……。イリアの体が小さく感じて力加減がわからないよ。苦しい?」

「ちょっとね」

「あ、ごめん」


 圭人は力を緩めた。

 イリアは背が高くなった圭人を見上げ、短くなった黒髪を触りながら黒い目を見つめる。


「ふふふっ」

「どうした? なんか変?」

「変だよ。着てる服のサイズが合わなくて破れてるから。それに全然似合ってない」

「あっ!?」


 圭人は肩が破れた青いワンピースを見て顔を赤くする。

 よくよく考えると、身につけている下着も体に合わず、窮屈さを感じていた。

 今すぐにでも脱ぎたい圭人だったが、男の体で下着姿を見られることに抵抗があったので堪える。


「体が戻った後のこと考えてなかった。男用の服を着てからにすればよかったよ……」

「私も忘れてた。アレックス様から借りてこようか?」

「うん。お願い」


 イリアは部屋から出て行った。


「——イリア、圭人の変体魔術は終わったのか?」


 イリアは廊下に出ると、偶然そこを歩いていたミラに声をかけられた。


「終わったよ。あとで呼びに行こうと思ってたところよ」

「今すぐ圭人を見たいのだが?」

「いいわよ。私はちょっと部屋を離れるけど、あとですぐに合流するわ」

「わかった」





「——おい、圭人!」


 承諾を得たミラは、ノックもせずに圭人が待つ部屋へ入って来た。


「わっ! ミラさん!? それにマシューも!?」


 圭人は慌てて背中を向け、体を丸くしていた。

 ミラは眉間にしわを寄せて怪訝な表情を浮かべる。

 一方のマシューは、顔を赤くしながら目を背けている。


「なぜ体を隠そうとする?」

「いや、だって……今、結構恥ずかしい格好をしてるからですよ」

「私は気にしない。さっさと服を脱げ」

「え!? 裸になれと? 今すぐですか!?」


 圭人は顔を真っ青にしていた。


「当然だ。医学の知識がある私が、お前の体の異常を確認するのは普通だろ?」

「えっと……せめて脱ぐときは後ろを向いててくれます?」

「恥じらう必要があるか。早く脱げ」

「マシュー、助けて……」

「ごめん、アイリス……いや、圭人くん、ミラさんの言う通りにした方が……」


 マシューは困り果てた表情を浮かべていた。


「はい……」


 すでにミラはブチギレ寸前だったので、圭人は半泣きで服を脱ぎ始める。

 ワンピースを脱ぎ、レースのランジェリー姿に……。

 隙間が空いたブラジャーを外し、窮屈なショーツを脱いだ。

 その間、マシューは気遣って顔を背けていてくれたが、ミラは薄ら笑いを浮かべながら食い入るように圭人を見つめていた。


「なかなか面白いものを見せてもらった」

「やっぱり、ただの余興じゃないですか!」

「タダで体を調べてやるのだから、これくらいの礼で済むと思えば安いだろ?」

「高くてもお金払いましたよ! 俺は王族ですからお金はあります!」

「うるさいな」


 ミラはそう言いながら圭人の床を魔術でツルツルにした。


「うわっ!?」


 圭人は立っていられなくなり、滑って床に倒れそうになる。

 ミラは、圭人が床に激突する前に浮遊魔術を使って浮かせ、仰向けにするため魔術の鎖で床に圭人を固定した。


「さて、隅々まで調べさせてもらう」

「やめてー!」


 マシューはミラの作業を手伝いながら、かわいそうな目で圭人を眺めていた。



 その頃、イリアは——アレックスの執務室にいた。

 アレックスの書類整理が一段落するのを待っているところだ。

 早く圭人に会いたくて、アレックスとイリアはその間ニヤニヤしていた……。

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