第19話 イリアの体


 アレクシア視察後。

 王都アレックス邸、アイリスとイリアの寝室。


 2人はソファーに座っていた。

 アイリスは左側にいるイリアの腰に手を回し、イリアはアイリスの左肩に顔をのせていた。


 突然——。


「——あー! アレクシアでチーズ買ってくるの忘れた! 食べられると思ってたのに、食べられないとわかると……あ〜、無性にチーズが食べたくなる……あ〜!」


 アイリスは天井を仰ぎ、口をパクパクさせる。


「ふふふっ。大丈夫よ、圭人。帰り際にタルコット家の使用人にお願いしておいたの。明日、届けてくれるそうよ」

「そうなんだ! よかった〜」

「それにしても……私との時間を楽しんでいる、と思っていたら、チーズのことを考えてるなんて……」

「ごめん、愛梨——」


 アイリスはそっぽを向いたイリアの顔を引き寄せ、唇を合わせる。

 イリアは抱きつき、2人はさらにキスを交わす。


 しかし、しばらくして……。


 徐々にイリアの動悸が異常に激しくなってきた……。


 ——苦しい……。


「はあ、はあ……圭人、ちょっと……」


 イリアは少し苦しそうにアイリスから体を離す。


「どうしたの?」

「ちょっとだけ……待っててね」


 イリアは慌てて何処かへ転移してしまった。





 イリアの執務室。


「——はあ、はあ、はあ……」


 イリアは息を切らせながら、床にへたり込んだ。


「うっ……」


 胸を押さえ、苦しみながらイリアは異空間収納を開く。

 そこから錠剤が入った瓶を取り出し、手に数個の錠剤振り落として口に入れ、噛み砕いた。


 しばらくして……。


「はあ……」


 ようやく呼吸が落ち着いたイリアは、額に滲んだ汗を手で拭う。


 ——時間が足りない……。


 イリアは不安を抱いたまま寝室へ転移した。


 



 アイリスとイリアの寝室。


 イリアはソファーの後ろに転移し、そこに座るアイリスを後ろから抱きしめた。


「——わっ!?」

「圭人、お待たせ」

「愛梨、何かあった? 大丈夫?」


 アイリスは心配そうにイリアを見つめる。

 イリアは笑顔を浮かべる。


「問題ないよ。この後いちゃいちゃするから、ちょっとね……」


 イリアは安心させるために嘘をつき、ウインクをした。


 ——もしかして、下着を変えてきたとか?


 アイリスは違うことを想像して顔を少し赤くする。


「そっか、大丈夫ならそれでいいけど。じゃあ、さっきの続きしよ——」

「きゃっ」


 アイリスが急にイリアの体を浮遊魔法で浮かせたので、イリアは声をあげた。


「魔術の練習だよ」


 アイリスはお姫様抱っこするように軽くなったイリアを下から支えた。


「圭人……」


 イリアは顔を赤くし、アイリスの首に手を回した。

 アイリスは満足げに笑みを浮かべる。


「愛梨様、ベッドまでご案内します」

「はい」





 翌日。


 アレックス執務室。


 アレックスとイリアは2人で新設学院の打ち合わせをしていた。

 アイリスは1人で魔術の練習をしている。


「——入学者の健康診断の件だけど、血液検査も入れるんだな?」

「そうよ。魔術能力に必要な因子を特定するためにね。今までこういう調べ方ができなかったから、この地位を利用させてほしいの。実際、健康診断にも活用するから心配しないで」


 イリアの説明にアレックスは頷いた。


「血液検査で健康診断が可能だ、と証明してくれれば、アレクシアの住人に義務付けてもいいよ」

「ありがとう! 担当のミラに伝えておくわ! きっと大喜びよ」

「よかった」

「そうだ……アレックス、アイリスとの子供……早めによろしくね」


 イリアは少し俯いた。


「時間がないのか?」

「うん……」

「わかったよ」


 その場に少し重い空気が流れた。





 昼。


 アイリス、アレックス、イリアの3人で昼食をとっていた。


「——おいし〜」


 アイリスはグラタン風の料理を食べ、うっとりとしていた。

 その様子を2人はクスクス笑いながら見ていた。


「口に合ってよかった。この後、それを使ったケーキもあるらしいよ」


 アイリスの隣に座るイリアが魅力的な情報をくれた。


「イリア、本当に!?」

「ええ」

「アレクシアに住めば、新鮮なものを頻繁に食べられるようになるよ」


 正面に座るアレックスの言葉に、アイリスは嬉しそうに何度も頷く。


「アレックス、いつ引っ越すの?」

「1ヶ月後くらいかな」

「そっかー。我慢できるかなー」

「アレクシアには数回訪問する予定だから、その度に買ってくるよ」

「アレックス大好き〜」


 アレックスは満足げに頷く。


「圭人、私は?」


 イリアは使用人に聞こえないよう小声で質問した。


「もちろん、愛梨も大好きだよ」

「本当に、イリアは負けず嫌いだね」


 2人の会話が聞こえていたアレックスは少し呆れていた。


「あら、アレックスの嫉妬ほどじゃないわ」

「イリアには言われたくないな」


 2人は笑顔のまま言い合いを始める。


 ——こういう場合ってどうやって収めればいいんだ……?


 アイリスは苦笑しながら2人の様子を見つめていた。


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