第18話 アレクシアの視察(2)


 アイリスたちは公邸の見学後、アレクシア中心部から少し離れたタルコット家の屋敷を訪れていた。

 馬車から降りたアイリスは、屋敷の前に広がる広大な農地、牧場を目にしてただただ驚く。


「——噂には聞いてたけど、タルコット家の農場ってかなり広いんだね。先が見えな〜い」

「ハーツ王国の農場で1番大きな敷地面積を所有しているからね。農業だけじゃなく、それを利用した加工食品なども販売しているんだよ」


 アレックスの発言にアイリスは頷く。


「へ〜、手広くやってるんだね」

「タルコット家の加工食品はどれも美味しいのよ。私は発酵食品——アイリスの世界で言うチーズみたいなものが特に好きね」

「まだこっちに来て食べたことないな〜」

「なら、帰りに販売所に寄りましょう!」

「うん!」


 アイリスとイリアが楽しそうに話す様子をアレックスはニコニコしながら見ていた。


「さあ、中で皆さんが待っているよ。行こうか」

「うん!」

「そうね」





 タルコット家屋敷内。


 使用人の案内でアレックス、アイリス、イリアの順で応接室へ入り、中で待っていた6人が席を立って頭を下げる。

 部屋には横長テーブルが平行に3つ並べられており、アイリスたちが座る席は部屋の奥——他の2つのテーブルと対面になるように置かれていた。


 アイリスは座るとすぐ、前に座る6人の顔ぶれをさりげなくチェックする。


 ——あ、クリス兄さんだ。


 アイリスは前の席右端に座っていたクリスと目が合い、微笑み合う。

 その他に知った顔がないので、後ろの席に視線を移すと……。


 ——あ、あのチャラ男もいる。


 左端の席に座るチャラ男——カイルと目が合うと、アイリスはウインクを返された。


 ——まじか!? チャラ〜……。


 とりあえず、アイリスは愛想笑いを浮かべておく。

 2人のやりとりに気づいたアレックスは、顔を正面に向けてニコニコしたまま、テーブルの下でアイリスの手を強めに握った。


 ——痛っ!? アレックス、かなり嫉妬してるな……。キラッキラした笑顔がまた怖い……。


「——では、打ち合わせを始めましょう」


 アレックスの指示で進行役のクリスが口を開いた。


「では、私、学院設置統括委員長のクリス・エイデンが話を進めていきます。この打ち合わせでは、手元に置かれた資料を参考にしていたければと存じます。最初は、アレクシア中心部に設置される『王立職業訓練学院』についてです——」


 各自、テーブルに置かれた資料を見ながらクリスの説明に耳を傾ける。


「——学院1期生の募集は半年後に行う予定です。教育機関に通ったことのない者、無職の者を優先的に受け入れるつもりで、修業期間は1年。授業料はありませんが、卒業後に合計金額が50万ハーツになるまで収入から5%ずつ引かせてもらいます。その収入は学院の運営資金に回し、確実に回収できるよう卒業後の仕事斡旋を手厚くします。そして、修業期間中に各コースで定められた基準を超えられない場合、卒業資格や卒業後の恩恵が受けられず、同時に違約金50万ハーツが発生します——」


 ——ん……? 貧困者向けの学校にしては、結構厳しくないか?


 アイリスは疑問を感じて首をかしげる。


「——コースは4つ——冒険業コース、教育コース、商業コース、農業コースを設置します。各コースの募集人数は40人前後とし、適正試験と本人の希望を考慮して各コースに振り分ける予定です。

 ここまででご質問等がございましたらお願いいたします」

「では、私から——」


 そう発言したのは、カイルだった。


「お願いいたします」

「私、カイル・タルコットから質問させていただきます。予定より多くの希望者が出た場合、どうしますか?」

「残念ながら、次の年にもう一度応募していただきます。教員数が増えれば随時募集人数を増やし、無職の人や身寄りのない人を優先して入学させるつもりです」

「できるだけ路頭に迷う人数を減らしたい、ということですね?」

「そうです」

「ありがとうございます。私からは以上です」

「他にはないでしょうか?」

「——では、私から」


 アイリスが声をあげた。


「お願いいたします」

「落第した場合の処置が厳しくありませんか?」

「厳しくする理由は2つあります。1つは、本当に学ぶ意思がある人が入学できるようにするためです。もう1つは、何も習得せずに卒業することは意味がないからです。その状態では結局無収入のままで、お互いに何の利点もありませんから。そのような人が出ないように手厚く教えるつもりですので、心配はないかと存じます」


 ——自立して収入が得られるようにするための学院だもんな……それくらいの厳しさは必要か……。


「わかりました。ありがとうございます」

「ご納得いただけて安心いたしました」


 クリスはアイリスに笑顔を向ける。


 その後は他に質問者がいなかったので、クリスは各コースの説明に入った。


「——各コースで共通して学んでもらう学問は、言語学、計算学、応急処置学です。

 それぞれのコースについての説明は、各コース責任者にしていただきます。まずは、冒険業コースのジョージ・ハントンさんからです。お願いいたします」


 クリスが隣に座るハントンに向かって軽く会釈すると、ハントンが頷いた。


『私がジョージ・ハントンです。よろしくお願いいたします。

 冒険業コースでは身辺警護や鉱物・動植物類採取など、危険が伴うような仕事につく方を養成します。 

 具体的には、格闘技、各種武器を使った訓練、体力向上訓練、採取方法、鑑定方法を教える予定です。最初に一通り体験した後、適性があるものを中心に学んでもらいます。各教育者はご覧の通りです——』


 それぞれの教育担当者の名前が3〜4人書かれていた。


『次は教育コース担当のエディ・サイナスさん、お願いいたします』

「はい、エディ・サイナスです。よろしくお願いいたします。

 教育コースは、将来的に設立する新たな学院の教師を養成します。心理学、教育学は必須で、他のコースで教えている科目の中から得意分野を決めてもらい、その科目を徹底的に学んでもらいます。他のコースより合格基準を高めに設定しています——」


 その後、商業コース責任者のペーニー・マニル、農業コース責任者のカイル・タルコットの説明があった。


「次は、学院の部署について説明します。

 学院は大きく3つの部門に分けます——学院運営部門、教育部門、卒業支援部門です。学院運営部門の顧問はアレックス様、教育部門顧問はイリア様、卒業支援部門顧問はアイリス様が担当されます。部門長は——」


 その後も特に揉めることはなく、滞りなく打ち合わせは終了した。



 アイリスは部屋を離れる前にクリスのところへ。


「クリス兄さん、できる男って感じでかっこよかったよ」


 クリスは照れて少し顔を赤くする。


「アイリスにそう言ってもらえると嬉しいよ」

「これからいろいろ頼らせてもらうね」

「任せて。あ、でもねー、最初はアレクシアを担当するけど、他に学院ができたらそっちへ異動すると思う。残念だけど、それまでの間かな」


 クリスは残念そうに告げた。


「そっかー。新しい学院運営は経験者が担当した方がいいもんね。クリス兄さんならどこにいっても大丈夫そう」

「ありがと。あ、そろそろ次の仕事に行かないと。ごめんな」

「いいよー。頑張ってね」

「うん、じゃあまた!」


 クリスがその場を立ち去ると、アレックスとイリアが近寄ってきた。


「——アイリス、僕たちも帰ろうか?」

「うん!」


 3人は手配した馬車で公邸へ向かい、その後、王都の家へ帰宅した。





 王都の家、アイリス執務室。


 イリアの転移魔術で3人はこの部屋に移動していた。


「——僕はこれから王宮で仕事だよ。帰りが遅くなると思うから、アイリスと会えるのは明日かな」


 アレックスは寂しそうにアイリスの右頬に左手を添える。


「あんまり無理しないでね」

「うん。早いけど、おやすみのキス——」


 アレックスはイリアの存在を無視してアイリスに長めのキスをした。

 イリアは顔をそらして見ないようにしている。


「じゃあ、行ってくるよ。イリア、僕の執務室まで送ってくれ」

「はいはい……」


 イリアは呆れながらアレックスの腕を掴む。


「アイリス、すぐに戻ってくるからここにいてくれる?」

「はーい。いってらっしゃい!」


 その後、イリアとアレックスは転移魔術で消えた。



 しばらくして——。

 

 イリアがアイリスの執務室に戻ってきた。


「アイリス〜!」


 イリアはソファーに座っていたアイリスに抱きついた。


「おかえり!」

「ただいま!」


 イリアはアイリスの頬にキスをした。


「ねえ、圭人……」


 イリアはアイリスに抱きついたまま、急にもじもじし始める。


「どうした?」

「あのね……今日はこの後どうするのかなって」


 顔を赤くしながら言うイリアが可愛すぎて、アイリスは頭をなでなでする。


「俺は予定ないよ。愛梨は?」

「仕事は昨日のうちに終わらせたの……」

「じゃあ、ご飯の時以外は愛梨とずっと一緒にいたいな〜」

「うん!」


 イリアは嬉しそうに頷く。


「いっぱい可愛がってあげるからね」


 アイリスはそう言うとイリアにキスし、2人は寝室へ転移した。

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