第20話 ハミルトン家3兄妹


 ハミルトン家の屋敷、ミラの研究室。


 窓のない広い地下室には、実験器具や分析装置で埋め尽くされたテーブルが何台も置かれていた。

 この世界で手に入らない機器類もたくさんあるが、それは全てイリアが圭人の世界から運び込んだもので、フランケの改造で使えるようにされている。


 ミラは今、中央の実験台で白い粉を計量していた。

 その横からイリアが話しかけているところだ。


「——ミラ、血液検査の有効性を示す書類は完成した?」

「できてる。薬作ったら渡すよ」

「ありがと……っつ……」


 イリアは急に胸が痛み出したので、胸を押さえて顔を歪める。


「薬、多めに調合してるから」


 ミラは淡々と告げた。


「ありがと。はあ……今まで、体になんて執着してなかったけど……」

「あー、圭人か。私にとっても大切なやつだからな——」

「——えっ!?」


 ミラの発言にイリアは慌てる。


「そんな意味じゃないって。圭人は貴重な実験体だからって意味」

「よかった……。圭人はミラのこと、好きになってもおかしくないからなー」

「顔が同じだからって好きになるかよ。私と接する時、いつも顔を強張らせて……腹たつわー。私は恋愛に興味ないの知ってるでしょ? 研究にしか興味ねーよ」

「ならいいけど……」


 イリアはホッと息をつく。


「そうだ、薬ができあがるまで少し時間がかかるから、兄さんにこれ渡してきて」


 ミラは液体が入った大きな瓶を渡した。

 その中には、火傷した皮膚膜が大量に浮いている。


「それ、作り続けるの面倒なんだよねー。兄さんはもう人前にでないんだから、本来の顔でいいんじゃない?」

「そういうわけにもいかないのよ。マシューさんが時々遊びに来るから。顔が違うと怪しまれるでしょ?」

「あー、あの変わり者の科学者ね。魔術に興味持ってるみたいだから、新しい公邸の研究員として雇ったら?」

「ミラ! それ、いい案だよ! マシューさんは公邸の研究施設見学を予定してるから、その時誘ってみようかな。もしそうなったら、兄さんも喜んでくれるわ!」





 地下2階、フランケの研究室。


「——兄さん、入るわよー」


 ノックをした後、返事を待たずにイリアは部屋の中に入った。

 扉の前から部屋の奥までは背の高い棚がいくつも並んでおり、奥にいるはずのフランケンはここから見えない。


「おっと……」


 床一面にいろんな機械のパーツが転がっているので、隙間を見つけながらイリアは奥へ進む。


「兄さん」

「やあ、イリア」

「イリア様、ごきげんよう」


 机に向かって機械の改造をしていた2人の大男は、同時に振り向いた。

 2人は顔や体格がそっくりで、顔には火傷の跡がない。

 イリアに敬語で話しかけてきた大男は、フランケを模した機械で、名前は『ロボ』だ。


「これを届けにきたの」


 イリアは大きな瓶をフランケに手渡した。


「ありがとう。……イリア、体、大丈夫?」


 フランケはイリアの顔色が悪いことに気づき、心配そうに見つめる。


「まだ大丈夫よ。それより、兄さんはマシューさんを公邸の研究員として雇うこと、どう思う?」


 フランケは大きな口を広げ、歯を見せながらニヤリと笑う。


「大歓迎だよ! マシューは魔術の研究をしてみたい、と言っていたから。きっと快諾してくれると思う」

「なら、マシューさんが施設見学に来た時、兄さんに説得してもらおうかな」

「いいよ。僕に任せて!」



***



 そして約4ヶ月後。


 アレクシア、第2王子公邸。


 公邸の魔術研究員として住み込みで働くことになったマシューは、廊下でアイリスとばったり出会った。


「アイリス、聞いたよ。おめでとう」

「ありがとう、マシュー」


 アイリスはお腹に手を添え、優しく撫でる。


「しばらく剣術の練習は控えろって言われてねー。体がなまっちゃうよ」

「さすがに剣術は危ないよ。いくらアレックス様が相手してくれても、何があるかわからないんだから。魔術練習もほどほどにね」

「はーい。マシューは研究とか順調なの?」

「今は必死に勉強してるところ。ミラさんの片腕になりたいからね」

「あの人、すぐ怒るから気をつけてね」

「怒る? 僕はとても優しい人だと思うけど?」


 マシューは首を傾げた。


「え!? じゃあ、私に特別厳しい!?」

「ははっ、気のせいだよ。ミラさんはアイリスのこと、『鍛えがいのあるやつだ』って言ってたから」

「それ、悪い方向に捉える言葉だから……」


 アイリスは顔を青くする。


「そうかな?」

「そうだよー」

「——あ、僕はそろそろ研究室にいくよ」


 マシューはアイリスの背後から歩いてくる人物に一礼し、その場を離れた。


「——アイリス」

「アレックス!」


 アイリスは嬉しそうに振り向いて笑顔を向ける。


「部屋にいなかったから、心配になって探してた」


 アレックスはアイリスのお腹に優しく手を添える。


「ごめん。ちょっと散歩してた」

「じゃあ、僕も一緒に」


 アレックスは左手を差し出した。

 アイリスは指を絡めて手を繋ぐ。


「4人で散歩だね」


 アレックスはアイリスの耳元で囁いた。


「うん」


 アイリスは無事に妊娠し、男女の双子を授かっていた。


「アレックス、この子たち、魔術の才能があると思う」

「どうしてそう思ったの?」


 アレックスは不思議そうにアイリスの顔を覗き込む。


「本当に少しだけど、魔力を感じたの」

「そっか。これで、僕たちの夢がまた広がるね。ハミルトン家のみんなも喜ぶよ」

「うん!」


 2人は見つめ合い、軽いキスを交わす。


「アイリス、寝室で休憩しない?」

「いいよ」

「たくさんキスするから覚悟して」


 アレックスは甘い言葉をアイリスの耳元で囁いた。

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