第23話 絵画の中で 後編

 野が広がる草原で黒い薔薇の花びらが舞う。


 触れれば腐食と退廃を招く魔術の花に対しエミールは以前の戦いで剣に土の属性を付与したように今度は大鎌に風の属性を付与しソレを頭上で回転させた。


 そうして生まれた小規模の風のうねりによって花びらは吹き飛ばされると その風を切ってブルンツヴィークの剣が襲い掛かる。


 その剣を遠心力が乗った鎌の一撃を受けて高く弾き飛ばし今度はエミールが攻勢に転じた。


「ねぇアナタは何故 戦うの?」


 戦いながら、笑いながら彼女は質問してきた。


「どうしてナポレオンに反逆したの? どうして勝ち目もない戦いに挑んだの?」


 質問だらけの言葉にエミールは苛立ちながらも答えた。


「多くの犠牲を出しながら共和制を捨てたからだ!」


「それは誰のため? アナタのため? 死んでいった者たちのため?」


〈どういう神経をしているのか、なぜ笑いながら聞いてくるのか分からない。バカにしているのか?〉


 そう思いながら「何が可笑しい」とエミールは言った。すると彼女は言った。


「いとおしいから!」と。


「アナタがナポレオンに挑んでボロボロにされても尚も戦い続ける貴方が無謀で痛ましいから! 美しいから! 退廃的でゴシック的だから私はアナタに興味があるの!

アナタが何かのため…信念のために傷つき苦しむのであればソレは何よりも美しい!

そんな体でも動き続けるアナタが私は羨ましい!」


 その瞬間。薔薇のツタがエミールの胸を突き破る。


「やっぱり。心臓なかったのね♪」


 ご機嫌な声色で彼女は微笑むとエミールはなんとも言えない表情をしながらツタを切り戦いを続ける。


「どうして、それで生きていられるの? 何があったらそんな風に成れるの? 死とは無縁なの?…嗚呼…興味が尽きない!」


 恍惚と昂る彼女の攻撃は次第に増していき、遂には時祷書と鎌を弾き飛ばされ武器を失うと片腕をツタで巻き付けて地面に叩きつけたり茨で攻めていった。


痛みというのは気持ちが良い…痛みを知れば知る程 経験量が増え 他人より優れた人間に成れた気になれる。特に自分から痛苦に進む時、苦しみから逃げる人間より優れた人間のように感じる。

人間の不幸自慢など最たる例だ。


苦しめば苦しむ程、違う人間へと変貌していく。


その中で産まれ行くものに喜びがある。


退廃の中で光る〝美〟


それこそが私の求めるもの。


 彼女はその強い思いから またも問いかける。


「きもちいい?」


 そこから睨みつける彼の視線に筆舌にし難い感情が体に走る。


「ここには家族の命を奪った者たちへの復讐のために来てるって聞いてるけど、どう? 何も出来なくて悔しい?」


 そこから また、エミールはいたぶられる。


「でも安心して館長が聖遺物として欲しがってるから殺さないから」


 目的も果たせずに死ぬこともない苦しみの中で彼は何を見出すのかソレが彼女の関心ごとだった。


 エミールには肉体的な痛みの感覚はないが精神的な苦しみはあった。

 今こうして身動きができないで良いようにされるのは確かに苦痛でしかない。


 いたぶられ彼は現状を打破するために一つの行動を取る。


 自らが聖遺物であると言うのなら可能なはずだと信じ、左手の中指、人差し指、親指を伸ばし、そして…


正義の手マン・デ・ジュスティス


 一筋の奇跡が閃光と共に響き渡る…



 アンリエッタとの戦いの決着より少し前、サン=ジェルマン伯爵は苦戦していた。


 止むことのないアレクシスの攻撃。反撃を行っても宙に浮かぶメダルが自動的に迎撃し物理攻撃以外で反撃を行ってもアレクシスは盾が描かれたメダルを放り防御魔術を構成し防いでくる。


 さらにフェリクスが攻撃に参加する。


 彼は天体地球儀の中からサイフと呼ばれるオリオン座を構成する星々を使って魔術を構築する。


 サイフは巨人の剣を意味するアラビア語サイフ・アル・ジャッバーを語源に名付けられたもので その言葉の由来通りに巨大な剣をサン=ジェルマン伯爵の真上に生み出した。


 伯爵はそのまま自由落下してくる巨大な剣に対し溶解した金属を斬り上げるように上方へと振るうと巨大な剣は熱により斬り裂かれ左右に分かれ落ちていく


 その最中、一枚のメダルが彼の胸を撃ち抜いた。


 だが、


 二人は驚きと共に伯爵の反撃を咄嗟に防ぐとサン=ジェルマンは困惑する彼らに言った。


「残念でしたね。私はしぶといんですよ!」


 不死身。それが伯爵の勝利への自信であった。


〈例え押されていようとも無尽蔵の生命力を持つ以上。魔力の差はくつがえせない〉


 戦いの勢いを得るとサン=ジェルマンは一気に物量で押し始めた。


「ハハハッ!!ハッハッハッハッ!!」


「随分と押されてるね」


 伯爵の高笑いが響く中 後ろから女性の声が聞こえると伯爵は背を斬られた。


 後ろに目をやれば距離を取った場所にクラリナの姿があった。


 集落の裏手側から制圧していた彼女が丁度やってきたのである。


〈一人 増えたか…彼女のことは詳しくはないが女性一人 増えたところで問題は無い〉


 伯爵がそう考えている間にも傷は自然と治癒していく。


「傷が治っていく…」


「ええ、だから無駄なんですよ貴方たちのしていることは」


「そう……」


 彼女は諦めた声色を出すと凛然とした瞳を伯爵に向けて言った。


「それじゃあ手加減して上げられないけど恨まないでね」


「なにを…!!………ッ⁉」


 降り下ろした一撃が伯爵を真っ二つに斬り裂くと何が起きたのかも理解できないまま彼は絶命した。



 ケルト芸術は当時ケルト人の価値観が幾何学模様に表れていると言われている。


 複雑に絡み合う幾何学模様には対立する二つの要素を無効化し異なる性質を一つとし新たな性質を生むとされている。


 無機有機。死と不死身。あらゆる区分が彼女の魔術の前では意味を成さないのである。


 何故なら混ざり合い融合し別の性質・属性へと書き換えられてしまうからである。



 戦いが終わるとクラリナから見て後方の位置にフーシェが顔を出してきた。


 これで終わったのだろうと思い近づいていくと光と共に雷鳴が響き渡った。


 場所はアンリエッタとエミールが居た場所であることから何かあったのだと直ぐに察すると急に地面が揺れてあちらこちらにヒビ割れが起きた。


「なんだっ?!」


 空間に入った亀裂を見てフェリクスは言った。


「この空間が崩壊し始めている…⁉」


 クラリナがそう口にしていたとき、離れた場所で倒れていたアンリエッタが狂ったように笑い声を上げていた。


 彼女の感情の昂りと同調し魔術が暴走した結果 空間の崩壊が始まったのだ。



 空間が崩壊している事を理解したフーシェ達はこの場所から脱出するため走っていた。

 目指すは最初にココにやってきた時に立っていた場所 出発点である。しかし、その途中でアンリエッタとエミールがいた場所に寄ると力尽きて倒れているエミールの姿と大きな黒いもやが見えた。


 そのもやから崩壊が進んでいることが見て取れるとアレクシスが試しにメダルを適当に放る。

 するとメダルは朽ちて跡形もなく無くなった。


「これは…?」


「おそらく…アンリエッタの魔術が暴走しているのだろう…」


 フェリクスの質問にアレクシスは予想を口にした。


「じゃあ彼女は…?」


「もう死んでいるだろうな…」


 状況を理解するとフーシェは力尽きたエミールを抱え上げて言った。「脱出を急ぎましょう!」と


 仲間を置いて去ることに良い感情を抱かないが逃げなければコチラもお陀仏である。


 彼らは出口へと向かった。そうして最初の出発点に戻ると宙に浮かぶ額縁がまだ存在しそれに触れると光に包まれ彼らは絵画の外へ脱出を果たした。


 そうして振り返ると後に残ったものは黒に塗りつぶされた絵画だけだった。


 もう、あの光景も彼女の姿も見ることは二度となかった……

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