第20話 心臓

 17世紀。アンヌ・ドートリッシュの息子誕生の感謝の意を捧げるために建てられた教会。──ヴァル=ド=グラース教会。


 エミールとソフィーは、その典型的なバロック様式の建物の中へと入って行くと奢侈しゃしで美しい祭壇を中心に左右に並ぶイスを目にする。

 そこに座っていた軍人の一人が「お祈りですか?」と聞いてきたので「いいえ、マルロー神父にお会いしにきました」とエミールは答えた。


「神父さまなら、隣の中庭ですよ」


 男が丁寧な態度で伝えてくれるとエミール達は隣にある元修道院の中庭へと足を踏み入れに向かった。


 ヴァル=ド=グラース修道院は、フランス革命中に負傷者を受け入れる場所として今では、軍病院として使われている。なので先程のように軍人も多く居る。


 そんな軍病院の中庭は、中央に噴水を置き。そこを中心に十字状に道が広がっている。その十字路の横には幾何学模様になるよう手入れをされたツゲの木が配置されていて、真上から見下ろせば四つに区分された上下左右対象の造園…平面幾何学式庭園へいめんきかがくしきていえんと呼ばれる様式を確認することができる。


 そこに、40を過ぎた恰幅のいい神父の姿を見るとエミールはマルロー神父の名を呼んだ。


「はい、私がニコラ=リアン・マルローですが何か御用でしょうか?」


「美術行政局の者です。貴方には聖遺物の不法所持の疑いがありますので色々とお聞きして宜しいでしょうか?」


 そう言いながらエミールが美術館員の証のバッチを見せるとギョッ!とした表情でマルロー神父は、答える。


「いえ…何の話ですか…?」


「正直に答えて下さい。後で嘘だと解ったら余計、罪が重くなりますよ」


「……捜査状か何かお持ちですかな?」


「いいえ、偶然ブルボン王家とゆかりのある聖遺物を貴方が持っていると聞いただけですので、ですのでココで素直に言ってくだされば罪には問いません」


 嘘とハッタリだらけだったが今のエミールの姿は神父には少年の姿には見えていないので舐められるような心配もなく大胆に揺さぶるとマルロー神父は考え込んだ後に事実を認めた。すると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「いやー、酷い嘘だ」


 声の主は40~50代の謎めいた男……サン=ジェルマン伯爵だった。


「どうしてココに?」


 そう、エミールが問うと伯爵は手に持っていた箱を見せながら答えた。


「コレを手にするためですよ」


 彼の持つ装飾が施された箱をマルロー神父が見ると驚き、声を出した。


「…!? どうしてソレを!! 隠し場所は誰にも教えていなかったのに!?」


「少し考えれば解ることですよ。ここは昔、石灰岩の採石場でしたから。だから、そういった採石跡地を利用した地下がないか探して見たんです。そしたら直ぐに見つかりましたよ。地下に続く隠し階段が」


 神父の問いに、にべもなく答えた伯爵にエミールも疑問を投げ掛ける。


「その手に持っているのは、この神父が隠し持っていた聖遺物ですか?」


「ええ、その通りです」


 肯定する伯爵は付け加えて言った。


「ちなみに、この中にあるのは貴方のお探しのモノですよ」


 その言葉に驚いてエミールが「なぜ」と口にするより早くサン=ジェルマン伯爵は答えた。


「なぜ知っているのか? というお顔ですね。不思議かもしれませんが私はアナタ方が思うより色んな事を知っているのです

例えば、ソコに居る神父さまが革命中の混乱に乗じて火事場泥棒をしてた物を秘密の地下に隠し持ってたことや、教会がルイ17世を生き返らせようとしたことや、貴方が心臓を探していたこととか、あらゆる事を知っているのです」


「なぜ!?そこまで詳しく知っている!?誰なんだアンタは!?」


 そう声を荒げるマルロー神父を余所にソフィーが質問をする。


「それより、何の用ですの?」


「主義主張を曲げない二人を止めに…さて、こうして命を握られた以上、もう諦めませんか?」


 腹の立つニヤケ面を浮かべ伯爵は言った。


「どうして、そうまでボクを止める事にこだわる」


 エミールが当然の疑問を口にする。


「私なりの敬意です。アナタ達の親族には大変お世話になりましたからね。だからコレ以上、傷つくような事はさせたくないのです」


「頼んでいない。サッサッとその箱をコッチに寄越して、去れ」


「お断りします」


 意見が別れると伯爵が動いた。


「プロメテウス・ファイア」


 腰から下げていたランタンから炎を起こすと伯爵は火の壁を作り そこから鎖を作り出し前方へと伸ばした。


「ルビア・オービチェ!」


 ソフィーは障壁を作り鎖を防ぐと近くにいたマルロー神父が切って落とされた火蓋に声を上げながら たじろいだ。

 そんな僅かな動きの間に炎が三人を守る障壁の周辺に広がり火の手から鈍色にびいろ万力まんりきが出現した。


 現れた万力まんりきは障壁を潰す勢いで挟み込みヒビを入れていくとエミールが魔術によって万力まんりきを爆破した。


「この魔術は、いったい…」


 エミールの疑問にソフィーが答えた。


「単純ですわよ。人は火によって調理を…冶金やきんを…技術を…知恵を得た……その火から直接 結果を生み出す。それがサン=ジェルマン伯爵の魔術ですわ」


 彼女が説明するとマルロー神父は伯爵の名前を耳にし目を見開く。


「サン=ジェルマン伯爵!? あのサン=ジェルマンか!」


 その反応を横で見ていたソフィーは苦笑にがわらいを浮かべながら言った。


「有名人ですわね」


 そう、ソフィーに言われると周囲が中庭での騒ぎに気づいたのか ざわつき始め窓からコチラの様子を見下ろし始めたのでサン=ジェルマン伯爵は、わざとらしく困ったような素振りで言った。


「人気者は辛いですね………さて、エミールくん。次は手を出さないで下さいね。でないと この箱の中身ごと潰さなくてはなりませんから」


 伯爵からの脅しにエミールは奥歯を噛み締める思いで睨みつける。だがそんな事は伯爵にはドコ吹く風とソフィーとの戦闘に入る。


 伯爵は再びソフィーを捕らえようと鎖を伸ばすと彼女は無駄な魔力消費を抑えるため魔術による偽装を解きアルストロメリアの花言葉から機動力を上昇させ機敏な動きでコレをかわしながら花菖蒲の葉から剣を精製する。


「ラトラナジュ」


 更に魔術を構成し自身に付与すると、逃げ回り跳ね回りしていた時と打って変わり攻勢に出る。


 建物の二階辺りから、壁を蹴って勢い良く向かってくる彼女に伯爵は炎の壁を作り進行を阻害しようとするがソフィーは何の躊躇いもなく突っ込んで行くと裾一つ焦がすことなく伯爵の目の前に現れた。


〈ルビーから耐火の魔術を作ったのか〉


 ルビーには様々な石言葉を持ち その中には炎や抵抗力と言った意味がある。ソフィーはそれを事前に使い耐火魔術を付与していたのだ。そうして距離を縮めると刀身から生まれる銀の軌跡が交差した。


 サン=ジェルマン伯爵も炎から剣を作り彼女の攻撃を受け止めたのだ。そこで一拍の間が生まれると周囲の炎から鎖が生まれ、ソフィーは捕縛を逃れるために距離を取ると、お喋りなサン=ジェルマン伯爵がソフィーへと話しかけた。


「もう少し おしとやかであって欲しかったところだね

…ところで育て親である私と戦うことに何か思うことはないのかな?」


「感謝はしていますわ。わたくしに協力的であったのなら尚のことね」


「協力的でないのは君のためを思ってのことだよ。ソフィー」


「嘘ばかり。わたくし、貴方のそういうところ大っ嫌いですわ」


 口元は笑っていても眼は鋭くしソフィーは言った。


「貴方が本気でわたくしたちを思っているのであれば協力的であるはずですわ」


 この間にも攻防は続く。


「貴方が欲しいのは、自分は止めた。私は警告したという言い訳ですわ。だから貴方の言葉はドコか他人事で心に響かない! 」


「随分と身勝手な言い分だ…」


 伯爵は呆れた態度で答えると周囲から制止する声が掛かった。


「貴様ら! 何をやっている!!」


 軍病院と言えど全員が全員、重症患者と言うわけではない。怪我の軽い者、見舞いに来ただけの者、そういった軍人が銃を構えコチラに呼び掛けてきたのだ。


「戦闘を直ちに止めない場合! 発砲する!」


「無粋な横槍ですわ…」


 戦いの邪魔に苛立ちながら、ソフィーはこの場を利用し魔術を構築し始めた。


 庭園は観賞などを目的とするだけではなく特定の世界観や価値観を表現する場合がある。例えば幾何学式的な対象性を重視した場合などでは〝比例〟という考えを読み取る事が出来る。


 〝比例〟はラテン語では〝Ratioラティオ〟と言う。これは現代の理性Reasonの語源となる言葉だ。


 ソレを踏まえた上で幾何学式的対象性を持つ庭園を神秘主義思想の観点から見た場合〝比例りせい〟をもちいて神が描いた数字からなる設計図を探るという思わくが見えてくる。


 つまり、この場にあるのは庭園創設者が予想する世界創造の設計図ということになる。


 ソフィーはコレを独自の世界を創る基盤とし、ジャルディネッティ・リングから拒絶の意味を持つ黄色いカーネーションを組み込むことで外界を拒絶した空間を組み立てる。


 イタリア語で小さい庭を意味するジャルディネッティと庭園の親和性は高かったためコレを難なくこなすと次はビザンチンチェーンから鳥籠の意味を抜き出し上空にも空間の境界を作り出す。


「ジャルダン・ア・ラ・イズリ!」


 ソフィーの言葉と共に現れたのは鉄柵に黄色のカーネーションが絡まり外界と隔絶された鳥籠の中の花園…魔術によって作り出された世界。

 これで外を気にせずに戦えるようになると庭園自体が彼女の武器となって伯爵に攻撃を仕掛けてきた!


 四方から剣を掴んだ黒バラのツタが伯爵に向かって牙を向けると彼はコレを焼き払うおうと火を操作する。しかし、耐火効果を付与された植物には意味を成さず、伯爵は急いで鉄製の盾を作ることで対処した。


 炎が効かなければ剣で切り裂き。


 防がれるならば見えぬように迷彩を施し攻撃し。


 見えぬなら見抜いてやろうと血をインク代わりにして瞳の回りを三角形で囲み全てを見通すプロヴィデンスの目を作る。


 持てる象徴と知恵を振り絞り攻防を繰り広げる魔術戦の中で巻き込まれないよう隅で縮こまっていたマルロー神父にエミールは話かけた。


「ところで貴方はサン=ジェルマン伯爵のことを知っているようですね」


「な、なんだ急に!?」


「彼はいったい何者なんですか?」


 神父の反応など気にせずに質問を続けるとマルロー神父は口を閉ざして話そうとしなかった。


「神の御許に送りましょうか?」


 一言 脅すと神父は背筋を凍らせ口を開き始めた。


「…私も詳しく知っているワケではない……啓明結社イルミナティの幹部だとは聞いたことはあるが」


啓明結社イルミナティ……最近その組織の名を聞いたな…秘密組織と聞いたが、いったい何なんだ? 何が目的で結成されたんだ?」


「結成の経緯までは知らない。ただ、ユダヤ人の自由と平等の権利を認めさせユダヤ人強制居住区域の解体が当面の目標だと言われている。その為に裏で暗躍しフランス革命を起こさせたらしいからな」


「いま…なんと……?」


 フランス革命を


 ソレはつまり民衆を煽動し、あの悲劇を引き起こしたということなる。その話にエミールは息を飲むと彼の視界の外で稲光が走り轟音を響かせ、振り向けば彼女が膝をつき倒れる姿があった…


 聖書では奇跡という直接的な表現は使わない。驚き、威光、雷といった言葉などがそれに当たるからだ…


 サン=ジェルマン伯爵がいま手にしている物は奇跡を引き起こす媒体……聖遺物…かつて彼が悪用されることを危惧した その遺骸から生み出された奇跡いかずちに彼女は屈した。


 気づけば、エミールは剣を取り伯爵へと向かっていた。剣と剣が交わりサン=ジェルマン伯爵は言った。


「愚かな…どうして立ち向かって来るのですか? エミールくん?」


「聞いたよ!アンタが裏で革命を後押ししてた側だってな!!」


「だからと言って激情に任せて戦いを挑むとは無謀を通り越して愚挙にも劣る。なんたる哀れさ…」


 エミールの言葉を伯爵は否定せず距離を取ると箱を見せつけるように前に出す。


「致し方ありません。聞き分けのないのであれば」


 その瞬間。聖遺物箱は炎の中へと投じられ万力まんりきによって潰された。


 短く響く破砕音。それは全てを終わりを告げる音……



 


 エミールは倒れることも、死ぬことも、傷つくこともなく立っていた。


 ソレには伯爵もエミールも互いに驚きを隠せない。


「何故だ!? 確かに中には心臓が??!ルイ17世の心臓が入っていたハズ!?」


 伯爵は事態に混乱しマルロー神父に向かって言った。


「何をした!!」


 これに対し神父は意外そうな顔をしながら言った。


「ルイ17世の心臓…? そこに納められているのはルイ=ジョゼフ様の心臓ですよ…」


 ルイ=ジョゼフ…それは同じブルボン王家のルイ17世の兄の名前であった。


「そんなバカな…?! 貴方たちはルイ17世陛下を蘇らせるために心臓を回収したのではないのか!?」


 取り乱しながら伯爵は弁明を求め、マルロー神父は答えた。


「何を言っているんだ! そもそも、遺体に心臓が無かったせいで計画が失敗したんだぞ!」


「なんだと……では、生き返ったのは奇跡だと言うのか…」


 思わぬ話にショックを受けているとエミールが斬りかかりにきた。


 伯爵はソレをなんとか防ぎ距離を取ると倒れていたソフィーの体に鎖を巻き付け引き寄せジャルディネッティ・リングに触れた。そうして隔絶した世界ジャルダン・ア・ラ・イズリを解除する。


〈既に魔力は少ない…ここで戦うのは得策ではない…〉


 サン=ジェルマン伯爵は残り少ない魔力を使い、炎の熱から運動の象徴を取り出すと建物の屋根まで跳躍して見せた。


 逃がすものかとエミールも急いで瞬間移動をし追いかけた。


 しかし…屋根に上った時には迷彩を使ったのか伯爵の姿を追うことはできなかった……

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