第18話 Va où tu veux, meurs où tu dois

「ふざけるなっ!」


 エミールとの一戦に思わぬ横槍を入れられ撤退してきたシルヴェストにドゥノン館長は開口一番に怒号を飛ばした。


「そう怒鳴るなよ館長。勝ち目の薄い相手が出てきた時点で捕まえられなかったって、むしろ頑張らなかったお陰で俺が死体にならなかったことを褒めて欲しいね」


「軍であったら銃殺刑ものだな」


「でも残念ここは美術行政局。やるなら別の罰だ」


 シルヴェストの減らず口にドゥノンは苛立ちながら頭を抑える。


「長生きのコツは無理をしないことだ。館長もカリカリしないで少しは落ち着いて、どうせ皇帝陛下の警備も厳重になるだろし、そんな状態で一騎討ちでも勝てなかった負け犬に何を怖れる必要がある?こうして今も私の操る動物たちに監視され逃げ場もなく右往左往するだけだ」


 そう言ってシルヴェストは足下まで走ってきたネズミを手のひらで迎え入れると彼はギョッとした表情を見せ館長は質問する。


「どうした?」


 本当は黙っていたかったが直ぐにバレるので彼は苦笑いを浮かべながら正直に告げた。


「……見失いました」



 パリ9区ショセ=ダンタン通り10番地の邸宅内入り口で蜃気楼のように空気が揺れ動くとエミールとソフィーの二人の姿が現れた。


「アイリスの花はギリシャ神話の虹の女神イリスの名前に由来するソコから色と光を操る魔術を作り出すとはな…応用の利く芸術だ」


 エミールはジャルディネッティリングを見て言った。


 ソフィーが作り出した光学迷彩のように身を隠す魔術を使ってまで やってきた場所は、つい こないだまでモロー元将軍が住んでいた家だった。

 今はアメリカに追放され、いくつかの家具を残しただけの寂しい建物である。


 奥に進むとイスに座り紅茶を飲む40~50代ほどの男へソフィーは声をかけた。


「連れてきましたわよ」


 その人こそエミールに会いたいと願った人物…サン=ジェルマン伯爵だった。


「ありがとう。ソフィー」


 彼はティーカップを置きエミールと向かい合うと挨拶をした。


「はじめましてルイ=シャルルさま……と言うのは少しおかしいですかね?一度お会いしてますが覚えていますか?」


「悪いが記憶にない」


「そうでしょうね。あの頃は手に収まるくらい小さかったのですから」


 サン=ジェルマンはうやうやしくも馴れ馴れしく感じる態度で話を交えてくるとエミールは歯に衣着せずに聞いた。


「用件はなんだ?」


「単刀直入ですね。まぁ、まずは座ったらどうです?お茶は……淹れてくれそうな方は居ませんが、どうぞお構いなく」


 エミールはとりあえず勧められるまま席に着くと伯爵は話を続ける。


「さて、用件についてでしたね……私の目的は貴方とこうして話をすることです」


「……?……それだけ…?」


「ええ、それだけです

私は何度か貴方たち王族にお世話になったことがありましからね。だからこうしてお話しできることは私にとって大変喜ばしいことなんですよ」


 たったそれだけのために?と思うと「信じられませんか?」と伯爵は言った。


「では、そうですね……例えば貴方が小さい頃、自分にして貰った嬉しいことはお姉さんにもしてあげてとよく頼んでいたことは覚えていますか」


 エミールはそう言われて心当たりがあったために思わず感情が表に出てしまった。


「やっぱり覚えていましたか、ご家族を愛していましたからね貴方は」


「そのわりにはわたくしのことは覚えていませんでしたわよ」


「そう、むくれないものじゃないよソフィー。君は産まれて間もなく病気の治療のために私が預かっていたのだからロクに顔など見ていないのだよ。覚えているほうが難しい」


 座らずに近くの壁に寄りかかってたソフィーにサン=ジェルマンは言った。


 じゃあ彼女は本当に自分の妹なのかと思うと心を見透かしたように伯爵は言葉を繋いだ。


「ソフィーは産まれた時から医者でも治せない病気を抱えていてね。それを治療するために両陛下から預かったのですが革命のせいで再開することが出来ないままになってしまいましてね

その後は……まぁ知っての通り革命は酷いもので王族として生きるよりも死亡扱いにして身分を隠してしまうほうが良いと判断されたワケです

最近はその事を知って随分と好き勝手にされてましたけどね」


「時代の流れだといって衆愚のようになるよりはマシですわ。そう言う意味では信念を持っている分ソコのボロ雑巾のがまだマシですわね」


「そういえば、どうして怪我を?」とサン=ジェルマンは今さらながら聞くとソフィーは答えた


「気に入らないからって皇帝陛下サマに逆らったんですって」


「なんと無謀な…」


 言われて気分が悪かったがエミールは何も言い返さずいるとコレからどうするのか伯爵に問われた。


「共和制を取り戻す。そのために亡命中の姉に協力を求めて…」


「おやめなさい。そんなことをしても無駄ですよ。貴方の姉であるマリー・テレーズ・シャルロット・ド・フランスはルイ17世を偽る者たちの話でもう嫌気をさしています。今さら生存報告をしても信じないでしょう

それにソフィーを見なさい。物の見事に失敗に終わっているではありませんか」


「だったら、どうしろと!」


 苛立ち混じりにエミールは聞いた。


「ココを離れ慎ましやかに生きなさい。亡き陛下もそれを望むハズです」


「その陛下が共和制のために死んだんだ!なら望みは共和制の存続以外に何がある!?」


「親としての子の幸せです」


 怒気を強めていくエミールの声に伯爵はすかさず答えた。

 しかしエミールは納得しきれない表情に歪むと伯爵は説得を続けた。


「貴方が父親の意思に報いようとして救われましたか?いま貴方が苦しんでいるのは何が原因か良く考えなさい?」


 言われれば言われるほど腹が立っていき堰を切って叫んだ。


「諦めろと言うのか!?なら!この気持ちをどうすれば良い!!」


 顔は怒りで赤くなり立ち上がる彼に伯爵は上手く返せなかった。


「何処へ!?」


 その場を立ち去ろうとするエミールに伯爵は声を掛けた。


「アテになりそうな場所へ」


 そう言って外に出ようとする彼の前に立ってソフィーは言った。


「そのまま出掛けるつもりですの?直ぐに見つかってしまいますわよ?」


「……なんとかするさ」


 ソフィーを避けて通ろうとすると彼女は言った。


「王政の復活に協力するというならば手を貸しますわよ」


 思わぬ申し出に少し戸惑い聞いた。


「君が何を考えているか解らない」


「何かおかしかったかしら?共和制復活を望むなら目的は同じでしょ」


「つい、こないだまで戦っていた相手によく言えるな…」


「本音ははらわたが煮え返るものもありますが、ここは互いに持たざる者同士。手を取り合うのが合理的でしょう?」


 そう言う彼女の首からぶら下がったチェーンに通されたジャルディネッティリングを目にし言った。


「トマ・ライール……その指輪の持ち主を殺したのは貴女ですか?」


「……嘘をついてもしょうがないから言いますけど…そうですわ

彼とは仲が良かったのかしら?だったら解っていると思いますけど彼は王室復活には反対でしたわ。レストランでの食事中に言っていたのをわたくし、近くで聞いましたのよ

仮に生きていましたらナポレオンに歯向かう貴方とは敵対関係になっていたでしょうね」


 確かにその通りだ。共に食事をしているときに彼は王族のために税金を納めるのは嫌だと話していたし生きていたら敵対関係にしかならなかっただろう。

 しかし、あの時 ソフィーも近くにいたとは思っていなかったので質問してしまった。


「居たんですか、あの時 近くに」


「ええ、ピシュグルに生存報告を受けて貴方のことを少し探っていたましたからね。わたくしの兄だと言われてもピンッと来なかったですけれども…ピシュグルも人物画で顔を知ってるだけでしたし

今は伯爵と話をして少し信じられるようになってきたくらいですわ」


「何を聞いたんです?」


「それも知りたいなら手を組みなさい」


 少し考えたが彼女の言うとおりココで協力関係を組むのは合理的だ。

 トマ・ライールの死ことで少し気分の悪いものが引っ掛かるところがあるが、おそらく彼女もピシュグルを捕らえ死に追いやる原因を作った自分に対し似たような感情は抱いているだろう。


「良いでしょう……皮肉にも似た者同士のようですしね」


 一部始終のやりとりを見るとサン=ジェルマンは困った素振そぶりを見せながら言った。


「どうして、こう止まるより助長するのか……いったい何処に向かうというのです」


「……5区」


 問いに対しエミールは静かに答えた。


 自分エミールという人間が始まる前の場所。クラマール墓地。その近くに存在する教会へと足を向けた。

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