第15話 犯罪以上の失策…

 カドゥーダル事件が終わりを告げて、幾日が過ぎた。


 今でもパリは彼らに関する話題で持ちきりだった。


「こんな事件が起きたのも警察省を無くしたからだ」「早くフーシェ警察大臣を復帰させろ」そんな話がカフェの中で聞こえた。


 カフェには色んな人が集まる。店に置かれた新聞を読みにくる者。政治について語る者。ビリヤードやカードゲームで賭けをする者。コーヒーを飲みにきてるだけの人。そしてそれらに耳を立て盗み聞きする者。


 雑多な人が集まる この場所は議論の場であり情報収集の場でもあった

そこにエミールは居た。


 世論について知りたかった彼はこうして この場所でカフェ・オ・レを飲みながら人々の声を聞いていた。


「この前の事件はふくろう党の仕業だってな」「ブルボン王家の奴らまだ諦めてないのか」「いい加減にしてくれよな」


 王族を拒む声が聞こえてきた。


 やはり必要の無い存在なんだとエミールは思った。


 そんな中、カフェに一人の女性が入店し異質な空気になった。


 この時代のカフェは普通、女性一人では入ってこない。そう言う暗黙のルールがあった。


「お嬢ちゃん。ココは一人で来る場所じゃないよ」


 彼女がエミールに近づいていく途中でボロい服に身を包んだオヤジが横から口を開くと黒いバラのツタに首を絞められた。


「血液って上に行かないと下に溜まるそうよ。どう?そそるかしら?」


 アンリエッタはそう言って男性が苦しめる姿を見てエミールは止めるために話しかけた。


「そんな事をしにココに来たんですか?」


 声を掛けられると彼女は絞めつけをやめてエミールに向かい合って座り話しかけてきた。


「ねぇアナタって何者?館長に聞いても答えてくれなかったのだけれども?」


「ただの小間使いですよ」


「はは、じゃあこの前、見たのは気のせいかな?将軍に胸を貫かれていたのは?」


「意識がハッキリしてる様子ではありませんでしたからね」


 会話の中で彼女は目を細めエミールへツタの先を向け、止める。


「動じないね」


 エミールの死んだ目を見るとアンリエッタは結局なにもせずにツタを納めた。


「無反応じゃつまんない。また今度にしましょ、それじゃあね♪」


 そう言って彼女は立ち上がり去っていった。


 どうやら あの一件で興味を持たれてしまったようだ。


 例の事件はエミールの妹以外は全員逮捕された。無論ピシュグル。モロー。カドゥーダルを含めてだ。


 彼女の存在については一応は報告をしたが、今のところ見つからず本当の妹かも、まだ解っていない…



 場所は大きく変わってテュイルリー宮の会議室。

 レニエ法務大臣。タレイラン外務大臣。ベルティエ陸軍大臣。フーシェ元警察大臣。レアル警察官。ミュラ将軍。ルブラン第三執政。カンバセレス第二執政。ボナパルト第一執政が一同に会していた。


「今回の事件についてカドゥーダルの部下から聴衆した結果。今回の事件にはブルボン王家が関わっていた事が解りました」


 最初にレアルがそう言うと「その、裏で暗躍していたという人物は誰だ?」とナポレオンは質問した。


「マリー・ソフィー・エレーヌ・ベアトリクス・ド・フランス……ルイ16世の娘だそうです」


「娘?マリー・テレーズではないのか?」


 ナポレオンはさらに聞いた。


「自称 第四子だそうです」


「なんだ その報告は、それではブルボン王家かどうかも判らないではないか。金銭や地位を目的に自称王族を名乗る奴などフランス内外含めたくさん居るぞ!」


 ナポレオンの言うと通り。そういう人間は多くいた。

 特に生存説のあったルイ17世を名乗る者は多く。マリー・テレーズは弟の生存の有無に一喜一憂するのに疲れてしまった程だった。


「そんな調べで良く報告できるな」


 ナポレオンが睨みつけるとレアルは報告の続きがまだ ありますと述べた。


「カドゥーダルの部下の話では、この女性が本当にブルボン王家の末裔なのか仲間内でも疑問視されていたそうで、もし違った場合の事も考え別の案もあったそうです」


 少し慌てているのか、やや早口であったが、そのまま誰も口を挟まずに聞き続けた。


「その計画というのは第一執政を拉致もしくは殺害しフランス国内に混乱を起こした後にライン地方で王党派にクーデターを起こさせ、その対応に臨時政府を樹立

更にその臨時政府指揮をモローに行わせることで国外からブルボン王家の人間を招き入れる予定だったようです

計画の規模を考えれば、コチラが本命かと」


「なるほど。それでその招き入れる予定だった王族とは誰だ?」


 説明を終えると すかさず質問が飛ぶ。だが、コレに関しては解っていなかった。

 また怒鳴られるだろうと思っていたところタレイランがレアルの口に代わって答えた。


「アンギャン公爵」


 一人の人物の名を言うと続けて言った。


「私の調べではアンギャン公爵が国内に招かれる予定の人物だったと推測しています」


「また知らない名が出たな。誰だ?」


「ルイ16世の いとこです。今はフランス国境の近くにあるバーデン公国に居ます」


 タレイランからの説明を聞くとナポレオンは聞いた。


「…捕まえられるか?」


 それに対し第二執政のカンバセレスが答えた。


「バーデン公国は中立です。そんなことをしたら国際問題になります」


「第一執政としては我が身を守る権利があります」


 コレに答えたのはタレイランだった。


「公爵は頻繁にフランス領内に侵入していることが判っています。次にフランスに現れるのを待つのはいかがですか?」


「確かに、その方が良いかもしれません」


 タレイランの案に賛同するレニエを見てカンバセレスが堰を切った。


「仮に公爵を捕まえた後、どうするのです?裁判にかけ無実が証明されたら送り返すのですか?

いいえ。皆はただ彼を殺すことを目的に連行するのでしょう。彼が陰謀を企ててる現場を取り押さえない限り私はアンギャン公爵を裁判にかけることも逮捕することも反対いたします!」


 それだけ明確に言い切るカンバセレスにナポレオンは言った。

「ブルボンの血が流れるのが惜しくなったのか?」と


 その場に居た者がゾッとするような一言であったがフーシェは釘を刺した。


「アンギャン公が有罪だという証拠を示さない限りフランスばかりでなくヨーロッパ全土を立ち上がらせることになりますよ」


「どうして証拠など必要なのだ。彼はブルボン家の一員ではないか

野良犬のように私の血を流しても構わないと思い上がっている彼らに目に物見せてくれよう。私の血はブルボン家 全員に匹敵するのだと」


 それは、もう決定したことでありナポレオンからすればコレは正当な報復行為という認識でしかなかった。

 会議が終わりベルティエ陸軍大臣に命令を出すとバーデン公国へ侵略を行いアンギャン公爵を1804年3月中旬頃に拉致する。


 その数日後。彼は無実の罪で処刑されることとなった………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る