第15,5話 モロー
薄暗い監獄の中。足音が響く。
その音が止まると檻の前に一人に人物が立っていることにモローは気づいた。
「よう、風見鶏どの 何しに来た」
サン=クルーの風見鶏…ジョゼフ・フーシェだ。
「いえ、国外追放処分が決定したのに受け入れていないと聞きましたので」
「最初に聞いたときは何の冗談かと想ったが、お前の差し金かフーシェ。今度は何を企んでいやがる」
「何も」
心の底から本心だった。だから彼の表情や声色から何も感じられなかった。
「だったらナゼ国外追放なんだ!執政サマに刃を向けて人も殺した反逆罪で死刑が妥当だろが!?」
「貴方を処刑しても何も得にもなりませんよ。それどころか執政の評判を落とすまでもある」
「なに?」
眉をひそめるモローにフーシェは説明し始める。
「ご自身がどれだけ民衆に愛されているか知らないのですか?貴方はフランスでは
「おめでたい奴らだ」
現実には俺は負けた……
勝つこともなく神に祝福されることもなくただ惨めに潰された。
「民衆はいつだってそうです。耳障りの良い言葉に惑わされ死にも向かっていく貴方だって解っているでしょう?」
それは自分も同じだ。民衆に英雄として持ち上げられナポレオンにも負けないと自惚れ。いい気になっていた。
そしてご覧のありさまだ。
だからって このまま処罰を受け入れる気は毛頭ない。
「ナポレオンの都合で生かされるなんてごめんだ」
「自暴自棄ですか?追放処分を受け入れないことで貴方に何のメリットがあるというのですか?」
「そうだな…まず、あの野郎を困らせることができる。ついでに説得に失敗したお前が怒られる。良い気味だ」
そう言うとモローは半分しか笑っていない顔を見せつける。
「理解できませんね。メリットとデメリットがまるで釣り合っていない」
「人間は理屈じゃねぇんだよ。覚えておきな」
「感情で動くと言うのなら尚のこと貴方はフランスを離れるべきだ」
「殺されるのが怖いとでも思っているのか!?なんならリヨン市で殺ったように俺を殺してみろよ散弾乱殺者!!」
リヨンの散弾乱殺者は革命に反対した勢力をリヨン市で虐殺した時につけられたフーシェの異名だ。
捕まえた反逆者を大砲の前に一列に並べ一気に殺すやり方は当時でもやり過ぎと思われていたがギロチンで一人ずつ処刑するより遥かに効率的で処刑待ちの人間に必要以上に恐怖心を与えずに済むと思ったからこその処置だった。
つまりは彼なりの優しさであった。
だが人間味など一切感じられないのだから周囲からすれば薄気味悪い恐怖でしかない。そういう意味でも彼を冷血動物と称した人間は的を射ていると言えるだろう。
さて、その話はさておきフーシェは言った「貴方にも家族が居るでしょう」と
「どうなるでしょうね反逆者の類親を持った家というのは、いくら人気者と言っても万人に愛される英雄など居りはしませんし…」
「………」
そう言われるとモローには反論が思いつかなかった。
「貴方一人の問題では無いことをよく考えて下さい」
フーシェは懐から一通の手紙を取りだし鉄格子の隙間から差し出す。
「奧さまからです」
モローがそれを受け取るとフーシェは去り際に「よい返事をお待ちしております」と一言 残し視界から居なくなっていった。
数日後、彼は国外追放を受け入れアメリカへと渡ることを決めた……
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