第7話 カタコンブ・ド・パリ 後編

 エミール達が戦う中。そこから少し離れた場所でふくろう党たちは脱出を始めていた。


「さて、コレで脱出できていないのは俺とカドゥーダルだけか」


 男は頭を掻きながらカドゥーダルが居る場所に足を向ける。


「だいぶ静かになったが終わったのかな」



「イミテーション」


 時祷書を含む装飾写本には余白を埋めるために様々な絵が挿し込まれているが、その中で猿真似を意味する猿の絵はよく使われることが多くある。

 エミールはソコからカドゥーダルの紋章を写し取る魔術を作り余白に挿し込むと今度は写し取った魔術を起動しカドゥーダルと同じ黒い十字架を握り、魔術で作り出した灯火だけが照らす部屋の中で二人は相対する。


 同じ魔術を打ち消す魔術どうし ぶつかり合えばどうなるか?


 答えはどちらも無効化されることなく互いの得物が衝突し合うだけであった。


〈なるほど、この魔術は起動時にこそ魔力を使うがソレ以降は血肉を媒介に機能する作りなのか〉


 鋸歯状の十字架は柄も同じで手に刺さる構造となっていた。

 暗くてハッキリ見えていなかっただけでソレはカドゥーダルも同じで血を手から流しながら戦っていた。


〈魔を祓う銀の象徴を持ちながら自分の魔術が無効されないワケは魔力を基に機能していないためか〉


 エミールは自身で使用することでカドゥーダルの魔術を理解するが死人同然の彼では血が流れないため銀の砂を出したり制御することが出来ないでいた。


 しかし武器となる物を手にしただけでも十分だった。カドゥーダルとエミールの体格差は歴然であったが不利にはならなかった。


 何故ならカドゥーダルにとってエミールは小さすぎたのである。


 子供相手に戦う事などなかったために視線を落としながら剣を振るうような経験は彼には無く慣れない戦いに苦戦を強いられた。

 距離を取ろうと動くもエミールは引くことなく前進し攻撃の手を緩めず。カドゥーダルは思わず蹴りを繰り出すがソレが余計な隙を生んだ。

 左足の蹴りを回りながら避け、その勢いでカドゥーダルの右脇腹に一閃 入れる。


 そしてカドゥーダルの血を媒介に魔術を起動し一帯の銀の砂を停止させカドゥーダルからの反撃を魔術によって回避する。


一月ヤヌス・ウィズ・スォード&キィ


 瞬間移動でカドゥーダルの右後に回り込むと相手の膝裏に蹴りを入れ体勢を崩し、そのまま体当たりするように彼を押し倒す。


「終わりだカドゥーダル!」


 鋸歯の十字架をカドゥーダルの首の横に向け捕らえるとフーシェも素早く動き倒れた彼の頭に向けて銃を構える。

 それでも抵抗しようとするカドゥーダルにエミールは、どうして、そうまでして王政にこだわるのか問うと彼は「逆に問おう」と質問で答えを返した。


「争いを望まぬ者達を徴兵する。今の世の何が良いというのだ?」


 コレには離れた場所に居たトマが答えた。


「おかしなことを言うな。自分の国を国民が守る。あたりまえの事だろうが」


「何を言っている本来、戦いは騎士と貴族。傭兵の本分であろう。そもそも我輩は民主主義が好かん」


「だからって王政に戻そうとするか普通?」


「時代錯誤すぎる…」


 治療を受けていたジェラールもトマの発言に続いて呆れて言葉を返した。


「何をっ‼あの田舎者の成り上がりを独裁者にする貴殿らの方こそ!おかしいであろう!!」


 ナポレオンのことをけなされ二人は機嫌を悪くしたのが暗くても伝わってきた。

 エミールも民主主義を嫌う彼の話を聞いていて良い気はせず思わず言葉が出てしまった。


「執政は終身でも世襲でもありません」


「おめでたい奴だ。この先もそうだと本気で思っているのか!?」


 確かに権力がナポレオンに集まっていることはエミールも知っている。終身執政を望む声も存在する。だが実現していないし世襲にはなっていない。

 長年の王族達の支配に嫌気の差した民衆が本気でそれを望むワケがない。


でなければ、


 エミールは暗に思い食い縛る。


「もう、お喋りはいいでしょう。早く縛り上げましょう」


 その瞬間。そう口にしたフーシェの銃が凍り始め、巨大な氷柱がエミールとフーシェに飛んできた。


 倒れたカドゥーダルの背に乗っていたエミールは氷柱の攻撃を受け吹き飛ばされフーシェは避けようとしたお陰で銃を吹き飛ばされるだけで済むと暗闇から現れた人物に気づく。


「ピシュグル将軍?!」


 アングロサクソン・ルーンが刻まれた鉈に似た形状の武器を片手に握った銀髪碧眼の40代の男を目にしフーシェは言った。


「何やってるカドゥーダル さっさっと逃げるぞ」


 そう言われてカドゥーダルは立ち上がりピシュグルの下まで退いた。


〈逃げるか…だが、この先の出口は全て部下達が待ち構えている。手負いの私たちが無理して追うよりもそちらの方が好都合だ〉


 そうフーシェが考えてる最中ピシュグルが呪文を唱え始めた。


「かつて賢き女ども座せり。ここかしこに。ある者はいましめの鎖をととのえ」


「!?…メルゼブルグの呪文!」


 ジェラールは詠唱の一節を聞き、この呪文の効果に気づいた。


解放の祝福レセゲン

 9世紀から10世紀に生まれ。文章として現代まで残った数少ない呪文の1つだ。


「止めろ逃げられるぞ!!」


「ある者は敵の軍兵をおさえ、ある者は鎖をむしりとれり。いましめを脱し、敵を逃れよ」


 その魔術で脱出を試みようとすることに気づいた時には時すでに遅く。カドゥーダルが呪文を唱え終えてしまった。


 一瞬。エミールが瞬間移動で掴み掛かったが術は発動し彼は消えていく…最後に目に写ったのはピシュグルの見開いた瞳だけであった。





 カドゥーダル。ピシュグル。二人は外へと出てきた。

 近くには人気もなく何処かの緑の中であった。

 しかし、脱出したにも関わらずピシュグルは何処か呆然としていた。


「どうした?」


 その姿を見てカドゥーダルは聞いた。


「薄暗くて一瞬だったが…ルイ17世の姿が刹那に見えた…」



 それは幻視でもなく啓示でもない巡り合わせだった………

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