第6話 カタコンブ・ド・パリ 前編

芸術の都 パリ

 そのパリの20メートル下にはカタコンベと呼ばれる巨大な地下空間が存在する。

 元は鉱石などを採掘する為に掘られたが後に遺骨を納める納骨場となり骨という骨が端正に積み上げられRPGのダンジョンさながらの地下空間となり現代に至っても、その現実離れした空間に魅いられる人は少なくない。


 その狭くて暗い石造りの通路をエミール達は歩いていた。


「ああ、最悪」


 エミールの前を歩いていた金髪碧眼の30代ほどの男がぼやいた。


「地下に潜伏した ふくろう党を捕まえるためとはいえ、もう狭くて暗くて嫌になってきた」


「文句 言わずに歩け」


 彼の愚痴に対してエミールの後を歩いている荷物を持った黒髪40代の男にそう言われると今度は文句を言う変わりに彼の前を歩いていたフーシェに質問を始めるようになった。


「なぁココって共同墓地なの?それとも採掘場跡地なの?どっちなの?」


「共同墓地というのは違いますね。ここはサン・イノサン教会が何世紀も渡って受け入れていた遺体を綺麗に処理して骨だけ送った場所なので正しく言うなら採掘場跡地を利用して作った納骨場ですね」


「へー……じゃあさ、なんで王党派ってふくろう党っていわれてるの?」


 フーシェが回答すると男は脈絡もなく次の質問をする。


「組織の結成した人物の あだ名が由来だそうですよ」


「フクロウさんが作ったから、ふくろう党。ホーホーなるほど」


 ふくろうの鳴き真似と掛けながら男が納得するとフーシェが付け加えて説明をしてきた。


「フクロウの鳴き真似なんてしてたら、ふくろう党と勘違いされてしまいますよ」


「どうして?」


「彼らは同志を見分ける時。フクロウの鳴き真似をするそうです」


「ほぅ…あ、今のはわざとじゃないですよ…っと、どうしました急に止まって」


 お喋りな男は先頭を歩いていた警察省の擬人像が水浸しになった道を照らしているいることに気づいた。


「げ、通れないじゃん…」


「どうやら雨水が溜まったようですね」


 フーシェは天井から垂れる水滴を見つめ、とりあえず擬人像を先に行かせると足が浸かる程度の深さだと解り。

 靴を脱いで先に進むが後ろの男は立ち止まったまま動こうとしなかった。


「どうしたんです?」


「………嫌だ足が汚れる」


 その一言で場が一瞬 呆れて静まると最後尾から怒声が飛んで来きた。


「トマ!!いい加減 文句ばっか言うな!お前は このちっこいのを少しは見習え!もう靴も脱いでるぞ!」


 荷物を持った男の前を歩いていたエミールは無表情のまま靴を持って目の前のトマと呼ばれた彼が先を進むのを待っていた。


「いや、だってここまでして ふくろう達が居なかった最悪じゃん!」


 そんなトマにフーシェは言った。


「安心して下さい。私が情報収集をしましたから」


「そもそも今回の任務ペリエちゃんのが向いてるじゃないかな。あの、好きでしょこういう暗い場所。一旦、戻ってメンバー変えて貰うようよ」


 ゴネる彼に荷物を持った男は叫ぶ。


「女子にこんな仕事、押し付けてんじゃねーよっ!!つーかアイツに頼んだら地下が崩壊するわアホ!!!」


 そして最後にトマはエミールに同意を求める。


「こんな仕事、君も嫌だろ?」


「いいえ」


「ちくしょー誰も賛同してくんねぇーー!!」


 呆れるようにエミールは彼を見ながら思った〈……さっきからゴネてるけど、この人、十二上位館員アンシアンの一人なんだよな〉と


 今回の任務はフーシェとナポレオン美術館で働く優秀な上位12人の内2人と協力しパリの地下に隠れているふくろう党を捕まえるというものだが、その一人。トマ・ライール 36歳は、そんな威厳を感じさせない人物であった為にエミールも流石に困惑していたが最終的にトマは文句を言いながら靴を脱ぎ嫌そうな顔で歩き始めたので安心し、エミールは彼らの背中について行った。


 そうして4人と擬人像1体は歩き続けてようやく広い場所に出てきた。

 広いといっても柱だらけで天井もそれほど高くないので狭苦しさだけは変わらないがさっきよりもマシだった。

 擬人像の持つ松明だけでは光が足りないのでエミールは時祷書を開き火を起こした

そのお陰で、トマの金髪碧眼の顔もさっきよりも見やすくなり、最後尾を歩いていた もう一人の男。ジェラール=ジャン・テストランの黒髪も照らされ中年顔も分かりやすくなった。


「居ないね。ふくろう逃げちゃったのかな?」


「人が居た痕跡もありませんから、おそらく違うでしょう。それに仮に逃げたとしても地上への入口は部下たちが押さえているので問題はありません。このまま進みま……?!」


 トマの質問に答えフーシェが先を進もうとすると柱の影に居る大きな影に気づき後に下がるが警察省の擬人像は反応が遅れ、目の前の巨躯が繰り出した拳に吹き飛ばされた。


 擬人像が壁に叩きつけられた音に反応してエミールはフーシェ達の方に灯火を向けると人間と獅子を混ぜたような姿をした彫像の姿を見た。


「んだコイツ?!」


 トマがけったいな見た目に驚くとジェラールは荷物を下ろして青銅の槍を取り出しながら相手を注視し言った。


「レーヴェンフラウか!?」


レーヴェンフラウ。別名ライオンマン。

 3000年から4000年ほどに昔に作られ、いまだ制作意図について不明である世界最古の動物形象けいしょう彫刻である。

 一説には魔術的儀式に使用されたとも、墓を守るために作られたとも言われている。


「ええ?!レーヴェンフラウってもっと小さいだろ!こんな熊みたいにデケェの見たことねぇよ」


「おそらく模倣品だろ。古そうに見えんしな」


 トマの反応に対しジェラールは冷静にレーヴェンフラウを観察し そう答えた。


「それじゃあコイツは…」


「誰かが何かの目的でココに置いたんだろうよ。例えば、ふくろうの連中どもが侵入者対策に使ってるとか…なっ!!」


 トマとジェラールが会話しているとレーヴェンフラウはジェラールに向かって殴りかかってきた!


 しかし槍を振るい攻撃を弾く。


 ジェラールの持つ魔導芸術はキシュ王朝の王に捧げれたと言われるルガールの槍だ。穂先には力の象徴である獅子が描かれており。そこから肉体を強化する魔術を作り出し同じ力の象徴を持つレーヴェンフラウの攻撃を見事に防ぐ……が二撃目が来る!


 しかし、攻撃は薔薇のツタが絡みつきジェラールに届くことはなかった。


「ブラックローズ」


 トマの魔導芸術。ジャルディネッティリング。

 小さな花束や庭園を連想させる この宝飾品は18世紀頃にフランスを中心に流行したジュエリーデザインの一種で彼はこの芸術品から多種多様の宝石と花のモチーフから石言葉と花言葉によって魔術を構築することを得意とした。

 ちなみに黒薔薇の花言葉は束縛である。


「捕獲!」


とトマが思った瞬間。力ずくでツタが引き千切り始め彼は思わず情けない声を出すがエミールが直ぐさま時祷書の幾何学模様アラベスクから植物のツタを作り再度 捕縛した。


「情けねぇな」


「うるへー、壊さないように力加減したからだよ」


 ジェラールに呆れられトマは口を尖らせ不貞腐れたように言葉を返す。


「おい、フーシェお前の魔導芸術が潰されたが大丈夫か?」


「ええ、心配いりませんアレは絵から具現したモノですから本体が無事なら何度でも使えます。と言っても魔力切れですので今日はもうムリそうですが」


 フーシェは困ったようなポーズをしジェラールの言葉に返答すると


「フーシェ…?あのジョゼフ・フーシェか?」


 暗闇の奥。この部屋の向こう側の通路から足音を響かせ男の声が語りかけてきた。


 その場に居た4人が目を向けると声の主が姿を見せ言った。


「かしましいから来てみれば警察省の犬どもか、わざわざ骨を積みにココまでやってきたのか?」


「警察省は、もうねぇってのアホだろおっさん。つーか誰ですかアンタ」


 その人物はレーヴェンフラウほどではないが骨太で縦にも横にも大きく威圧感があり緊張感が漂った。

 だからこそトマは軽口を叩いたのだ。


「ああ、申し遅れた我輩はジョルジュ・カドゥーダル。貴殿らの……敵だ」


 その名乗りを開戦の合図とし彼の魔導芸術が起動した。


銀砂と鋸歯十字の紋ダージョンテッラ・クォンフィリエージェ・サーブル!!」


 この言葉と共に銀色の砂が周囲に広がりカドゥーダルの姿が視認し難くなると彼はまずレーヴェンフラウの拘束を切り裂いた。


「おおおい!!コッチ来んな!」


 自由になるやいなやトマに向かって攻撃を仕掛けてきた。


「アルストロメリア!」


 機敏を意味する花言葉から彼は自分の機動力を上昇させる魔術を組み立て彼は回避する一方でカドゥーダルはジェラールに向かって攻撃を仕掛ける。

 即座に攻撃を受けるために槍を構えたが寸前のところで避けることを選択しジェラールは大きく仰け反ることになり体勢を崩すとカドゥーダルが掴んでいた剣のような得物が彼を捕らえようと追撃してくるが そうはさせまいとエミールが幾何学模様アラベスクのツタで後ろからカドゥーダルを捕らえようとした。


 この横やりに対し体を反転させるように切り返しツタを切り裂きエミールの魔術は掻き消されていった。


 しかし、そのお陰でジェラールは距離を取って難を逃れることができ、置いていた荷物の前に来ることができた。」


 カドゥーダルはエミールに攻撃に転じようとしたがフーシェが持っていた銃で威嚇射撃を行ってきたせいで足を止めるハメになり、その隙にジェラールは荷物の中から一つの魔導芸術品を取り出し攻撃の支度を終えていた。


雷霆ケラウノス


 その瞬間。雷撃がカドゥーダルに向けて放たれる!


 使用された魔術はギリシャ神話の神ゼウスが振るう雷霆ケラウノスを再現した雷撃である。その威力は神話では世界を破壊するほど絶大なものと言われ強大なゼウスの力を象徴した武器と言って過言ではない。

 だが、その雷撃を受けカドゥーダルは無傷であった。


「バカな……手加減したいえ無傷だと…?!!」

〈そうか、やはり奴の魔術は……〉


 ジェラールは再度 槍を構えカドゥーダルに近接戦に持ち込まれた。


「トマ!もう、ソイツは破壊していい!!」


「え?良いの?」


「コイツ相手じゃ余裕がない!館長には俺が説明する!!」


「マジかー、助かる」


 その一瞬でトマは足を止め横目でレーヴェンフラウを大量の剣で串刺しにし仕留める姿をジェラールは確認し次の行動へと思考が回る。


〈よし後は雷霆ケラウノスを最大火力で…〉


 この時、彼は少し気が緩んだのだろうかカドゥーダルの持つ鋸歯状の十字架に体を斬られ血が縦一閃に飛び散った。


「ジェラールッ!!」


 トマが彼が倒れる姿を見て叫びカドゥーダルに即座に牙を向けた。


「調子、乗ってんじゃねぇぞ!テメー!花菖蒲スォード・リーブド・アイリス!!」


 アイリスの花が相手に向かって行くように咲き乱れ、その葉はことごく剣へと姿を変えていく。


 アイリスの葉は長く鋭く剣に見立てられ騎士の花とされてきた。それを利用し作り出した この攻撃は彼の扱う魔術の中でも最大級の攻撃の一つであったが


一閃!!


 カドゥーダルの持つ黒い鋸歯の十字架は容易く この魔術を無に返した。


「終わりか?」


 トマは渾身の一撃を破られ目を見開きカドゥーダルの言葉にすら反応できずにいると剣のように振るう その十字架をジェラールに向けて降り下ろす。


 だが、それは空を切り気づけばジェラールはエミールに運ばれフーシェの近くにいた。



 エミールが利用したのは剣と鍵を握るローマ神話の神ヤヌスが描かれている月歴図レーバーズ・オブ・ザ・マンツズの1月の絵。

 ヤヌスは二つの顔を左右に向けた姿で二重性の象徴を持ち境界の守護神とされ、今の場所から別の場所への行き来に関わる神と言える存在である。

 そうして生まれた瞬間移動の魔術だが万能というワケではない。目視範囲外には飛ぶことはできないので地下から一飛びで脱出することはできず今はこの場を逃げ回る程度にしか使えない。


「ジェラールさん大丈夫ですか?」


「ああ……助かったよ」


「すみません。治癒に関する魔術は得意ではないので止血程度しかできませんが」


「いや心配は入らないトマが使える」


 そう話していたらトマがやってきて癒しの意味を持つスギライトと結合の意味を持つガマズミの形を模したジャルディネッティリングを使い傷口を塞ぐ魔術を構築する。


「畜生なんだって攻撃が通用しねぇだ」


 トマは傷を治しながら忌々しく呟くとジェラールがカドゥーダルの魔術について話し始めた。


「アイツの魔術は、おそらく魔術を無効化するモノだ」


「んな?!そんなのアリかよ‼」


「だが実際。魔術による攻撃は一切 効いていないし俺の自己強化魔術も使えなくなった…というか消された状態で戦うハメになった」


「なら何故 いま攻撃を仕掛けてこないのでしょう?」


トマとの会話にフーシェが疑問を挟む


「この ちっこいのが瞬間移動したからだろ。見ろ銀の砂を撒き散らしてる。あれに当たったら魔術が消えちまう。銀で覆い尽くされたら瞬間移動も最終的には出来なくなる。ソコを仕留めにくるつもりだろう」


 彼の言葉を裏付けるように出入り口付近にはすでに銀の砂が空気中に漂い逃げられないようになっていた。


「といっても限度はあるだろうな…ある程度大きな術は直接十字架本体で攻撃しなければ無効にできないのだろうし、その十字架にだって許容範囲があるはずだ」


「どうするつもりですか?」


 フーシェが聞くと苦笑いを浮かべながらジェラールは答えた。


「俺の魔導芸術アルガディ・オブ・アンディロンでさっきの雷撃を最大出力で撃ちながらここの土を制御して崩れないようにする。まあ最悪でも生き埋めにならないように善処するつもりだったんだが…しくじっちまったからな傷が治っても上手くいく気がしない…」


「なら直接。魔導芸術品を破壊すれば良いんじゃないですか?」


 珍しくエミールから質問をしトマが難しいだろうと答えた。


「おそらくアイツの服に着いている紋章のバッチが魔導芸術品だ。懐に入り込んであれを破壊できるとは思えん」


 暗くて見にくいが確かにジェラールの言うとおり服の襟には銀色で盾の形をし鋸歯状の紋が入ったバッチがあった。

 しかし、それを見た瞬間エミールは思った。


「紋章…と言うことは絵に基にした魔術なんですね?」


「ああ、そうだなソレがどうかしたのか」


「一つ試してみたいことができました」


 エミールは空白のページを開き一つの魔術を使い空白のページが埋められ、そして彼は唱えた。


銀砂と鋸歯十字の紋ダージョンテッラ・クォンフィリエージェ・サーブル」と……

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