第5話 支持するもの

ジョゼフ・フーシェ

 洗礼証明書によれば1759年5月21日生まれ。現在は警察省を解体され警察大臣の地位を失い元老院という肩書きだけの立場であったが自身の貯蓄を使い独自の諜報網を維持しフランス中の陰謀を俯瞰し自分に不都合なモノを排除し都合の良い結果をもたらす企みだけを見逃すという人物であった。

 平たく言えば情報を集めることで他人の陰謀を利用する能力に長けていたのだ。そのためナポレオンも彼を恐れタレーランの助言を基に警察省ごと解体することで権力を削ぎ落としたとも言われている。



 ジャック・コラン逮捕後の次の日。フーシェ含めエミール達はドゥノン館長へ報告を行っていた。


「今のところジャックは何も話してないそうだな。フーシェ、ちゃんと口元の石化も解いたんだろうな」


「バレてしまったか。実は、みんなが困る様を見たくて戻してないんだ」


「安心しろ法務省は殴って口を割らせるのが得意だから、むしろ砕きやすくて助かっているはずだ」


「それは、とても頼もしい」


 ドゥノンとフーシェは皮肉あるユーモアで会話を楽しむがクラリナは別に面白くともなんともない様子で「冗談は、その辺にして本題に戻って下さい」と釘を刺し、続けてエミールがフーシェに質問する。


「ところで、なぜアナタがあの場に居合わせたのか、まだ聞いてませんでしたね」


一市民いちしみんとして、そしてフランスのために私に出来ることをしていただけだよ。危険な奴を放っておけない性質たちなんでね」


 嘘だ。彼はそんな善意で行動していないフランス革命の中、ルイ16世の死刑賛成に投票し国王殺しレジシードの罪を背負っている以上。王政復活の危険性は一つ残らず潰したいのだ。それと同時に自分の能力の高さをナポレオンに見せつけ警察大臣の座に返り咲きたいのが彼の本音だ。


「それより彼がモロー将軍の邸宅に顔を出したことの方が気になる。直ぐにでも事情聴取するべきだ」


 自分のことなど どうでもいいと暗に示すようにフーシェはより重要な話へと移していく。

 しかし、ソレは法務省の仕事でありコチラが関与する事ではないとドゥノンは言った。


「以前から思っていが治安管理を行う組織が二つに分けられているのはやはり効率が悪い。そうは思わないかね?」


 フーシェはこの場に居る人間に同意を求めるように言う。

 確かに不便だ。しかしソレはフーシェ個人に権力が集中することを避けるためにやっていることは想像に難くない。だからこそドゥノンは賛同はしなかった。


「治安管理組織が統合されたら誰が指揮を取るんだ?」


「そんなことが出来る人材は限られているだろうね」


 館長の質問への回答は暗に自分だと言っているように聞こえた。


「君が美術品の管理から街の景観整備まで出来るとは知らなかった。一歩間違うと街全体が魔導芸術に溢れかえってしまうから実害が無いように管理するのが大変だったが、コレからは君一人で十分だな助かったよ」


「おっと、コレは耳が痛い。やはり専門家にお任せるのが良さそうだ」


「しかし」とフーシェは繋げて言った「フランスのためにもお互い協力的でなくてはいけない。少し、この二人を借りていっても良いかね?」と、ソレに対し「なにに利用するかによる」とドゥノンは言った


「モロー将軍のところに事情聴取に行く。二人は今回の事件関係者だ」


「一人で行けばいいじゃないか寂しがり屋だな君は」


「念のためだよ。捜査していた二人にしか気づかないこともあるかもしれないし、何より英雄相手に一人は心細い」


「フーシェ、お前はもう警察大臣じゃない、だから…」


 一瞬ドゥノンは断るかと思ったが違った。


「コレは貸しだ」


 きっちりツケてきた。


「ジャック・コラン逮捕に協力したんだソレでチャラにしろ」


「……好きにしろ」


 こうして二人はフーシェと共にモロー将軍宅に行くこととなった。



 モロー将軍の邸宅にやって来た3人は居間に案内される。

 中も古典主義らしく荘厳なシャンデリアと古代ギリシャを模範とする作りの部屋で、壁も床も白く直線的に調和された空間であった。

 クラリナとエミールは肘掛け付きのソファに座りフーシェは一人用のソファに着席しモロー将軍を待つことにした。


「そういえば君達はジャック・コランとは話さなかったのかい?」


 待ち時間を潰すためにフーシェは二人に質問を投げかけた。


「話しましたよ。密輸をしたがってるフリをして騙して取っ捕まえててやろうと」


「その様子だと上手くいかなかったようだね」


「ええ」


 フーシェの質問にクラリナは淡々と答えていくと また質問が来る。


「話しかけたときジャックは何かしてなかったかい?」


「いえ……」


 クラリナは思い出すように答えるとエミールは代わって覚えていたことを話した。


「ホーホー言ってました」


「ほぅ…」


 フーシェが何か納得したように顎に手を当てると使用人がやって来た。


「大変お待たせいたしましたお三方様。当邸宅の主人が帰って参りました」


 そう告げると後ろからモロー将軍がやってきた。

 フーシェと同じ40代の銀髪だがフーシェと違って目はブラウンカラーであった。


「いったい何の用だフーシェ。それとソッチの二人は?」


「コチラはドゥノンさんの所の部下のクラリナさんとエミール君だ」


 フーシェから紹介を受けるとモローは眉をひそめる。


「子供に男装した女性か…ドゥノンの趣味は解らんな。それで用件だが」


「ああ、この男との関係について教えて欲しい」


 フーシェは単刀直入にジャック・コランの似顔絵を見せ質問をすると


「知らん」


 その一言だけだった。


「昨日コチラにやって来たそうですよ。本当に覚えがありませんか?」


「知らないと言っている」


「あちらは貴方と面識があると言っていますが?ソレでも知らばっくれるなら私は貴方と この方が企てていた陰謀について執政にお伝えしなくてはいけません」


「脅しているつもりかフーシェ。お前が本当に何か掴んでるなら早く大好きな執政サマに尻尾を振りに行けよ。ソレとも一緒に裏切ろうと誘いにでも来たつもりか」


 嘘を吐いて何か得ようと試みるも流石は将軍といったところかハッタリなど通じもしなかった。しかしフーシェもお得意の皮肉で切り返す。


「裏切りたくなったらいつでもお申し付け下さい将軍。ところでピシュグル将軍はお元気でしたか?」


「いい加減にしろよ」


 ギアナ送りにされた反逆者の名前を出したとき流石にモローも我慢の限界を超えフーシェの眉間に素早く銃口を突きつけると同時にクラリナの剣がモローに向かい寸止めされた。


「ああ、クラリナさん剣を下げて、もう結構です結構…」


 モローとクラリナが一瞥し合うと互いに武器を下ろす。


「散々、煽ってしまい申し訳ない。ですがこれで貴方の潔白が核心できました」


「信じてくれて嬉しいよ風見鶏」


「いえいえ本心ですとも、実は二人からの話で彼が ふくろう党の一員であることが解ったんですよ。貴方は根っからの共和主義者。そんな貴方に王党派ふくろう党の疑いをかけた瞬間にあの怒りよう。とても王室主義者には思えません」


「聞きたいことはこれで全部か?」


 不機嫌そうな苛立ち声を出しながらモローは近くのソファに腰を掛けた。


「私からありません。お二方はどうです?」


 そう言われて今度はクラリナが質問する。内容は至って平凡なものだ、ここ最近のこと不審に思ったこと…質問も普通なら答えもまた普通でつまらない やり取りが繰り返され、やがてクラリナ自身の話になる。


「ところで、どうしてもっと女性らしい格好をしないんだ?」


 モローのその質問に少し気を悪くしながらもクラリナは答えた。


「動きやすいですし、好きだから着ているんですよ」


「もったいない。顔はそう悪くないんだ。もっと楽しんでみたらどうだい?」


「……過去に同じことを言った人たちを何度も見てきました。その度、議論しては嫌な思いを重ねてきました」


 モローの言葉に彼女は冷めきったものを抱きながら答える。おそらくは過去の経験から面倒なことを避けるために昔から用意していた答えなのだろう。そのために感情がこもらず冷たく。痛い。


「何がイケないんでしょうね?着やすい服を着て性別観に囚われないで生きることが…私には解りませんよ……」


 地雷を完全に踏み抜き何を言い返せば良いか解らないくらいには場が冷えきった。

 エミールは内心、だから余計な事を言わず黙ってる方が世の中、無難なんだと思いつつ話を切り上げようと自分から質問したいことがない旨を伝え立ち上がると続くようにフーシェも立ち上がり最後には彼女も席を立った。



 使用人に見送られ邸宅の後にする途中フーシェが一つだけ二人に質問してきた。


「そういえばモロー将軍は共和主義者でしたが、アナタ達はどうなんですか?」


「先にソッチの答えを聞きたいわね」


 答えたのはクラリナだった。


「私は民衆の意見を尊重し、市民に敬愛されし執政に尽くすだけですよ」


「私は生きやすい世の中ならなんでも良いわ」


「ではアナタは?」


 最後にエミールに質問が行く、答えはあの時と変わらず民のため、フランスの平和の礎になったルイ16世の意思を尊重し共和制主義を貫く。その答えを聞くとクラリナは疑問を持った。


「ソレって処刑前に残した言葉でしょ?別に共和制に賛同するとは言ってなかったと思うけど」


「え、いえ、ずっと前から民衆主体の政治には賛成でしたよ。ただ貴族の反対が多くて言えなかっただけで…」


 するとフーシェが驚いた。


「私も革命の最中から貴族達から聞きましたが、よく知っていますね。一般では聞く話ではないでしょうに」


 失敗した。今のは余計な話だった。当然、疑問が沸き上がる「どこでその話を知ったのか」と

 続けてフーシェは言った。


「疑問には思っていたんですよ。見た目からいって一五、六くらいで美術館員になれたこと、子供にしては大人びている点。もしかして何処かの貴族の出だったりしますか?アナタ」


 国王を断頭台に送り今日まで王政復活に関わるもの全てをことごとく排除してきた この男に自分の正体を知られればどうなるだろうか……


「……ここだけの話にして下さいね」


エミールは覚悟を決めて嘘を作りだす


「実は昔テュイルリーの赤い服の男だと言ってボナパルト執政を脅したことがあるんですよ。それで今の地位を得たんです」


「それはスゴい話ですね。ですがどうして美術館員に?」


「魔術師なるのが夢だったんですよ。今の時代、魔術を極めるには芸術の理解は必要不可欠でしょう。だから美術館員になれるよう志願したんです。それとルイ16世の話なんですが、スミマセン…噂で聞いた話なので何処で聞いたかまでは覚えていなくて……」


 矛盾はない。問題はないはずだ。エミールが息を飲む中、逆に彼は口を開く。


「その歳で、執政を脅すとはコレは末恐ろしい…」


 参ったと言わんばかりの仕草でフーシェは首を振り前へ歩み始め二人を後にすると振り返りながら笑顔を送る。


「それでは、お二方、よい一日を」


 それが今日、最後の彼とのやり取りをであった……

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