第4話 捜査

─1803年─

 ナポレオン美術館の居室にてドゥノンは中性的容姿の若い美術館員の女性と最近のことについて話をしていた。


「つい先日のことだが港町のディエップで爆薬と魔導芸術品の密輸があった話は もう聞いているか?」


 そうドゥノンが聞くと女性は「もう捕まったんですよね」と疑問を返した。


「いや、買い取るハズだった方はまだ捕まってない。それでくだんの密輸品についてだがパリに持ち込まれる物だった推察している」


「つまり、またリュー・サン=ニケーズ事件のような爆破事件あると?」


 女性が口にしたリュー・サン=ニケーズ事件とは1800年のクリスマス・イブに起きたナポレオンを狙った爆破テロの事である。

 この時代のフランスは王政を取り戻そうとする者やナポレオンに取って代わろうとする者達の陰謀が渦巻いていた時代であった。そんな中、また一つの陰謀がこのパリにうごめいているというのだ。


「さらに、目撃情報だが、あのピシュグル将軍をこのパリで見たという者まで居る」


 そう告げると彼女は誰だったか解らない様子で黙っていた。


「……総統政府に反乱を企てた罪でギアナに追放された罪人だ」


「あ、はいスミマセン………」


「ともかく、いつも以上に変わったことが無いか気をつけて些細なことでも報告するようにしてくれ、それと次の任務だ」


「またですか…警察省解体してから事件、多くなってません…?」


 彼女がボヤくように警察省はある理由で解体され、その仕事は法務省に移り民衆から不満の声が上がっていた時期であった。


「文句を言うな。詳細は渡した紙に書いてあるから目を通すように、それとピシュグルについても資料を送っておくから読んでおくように」


 こうして、一通り 話が済むと彼女は部屋から出ていき溜め息を吐きながら任務内容を読むとエミールという少年と共に脱獄囚の元ギャング、ジャック・コランの捜査しろというものだった。


〈エミールって最近、入った子か…あの若さで美術館員に成れるとは、余程のコネか実力があるんだろうな……〉



〈脱獄囚ジャック・コラン。元ギャングで不死身トランプ・ラ・モールと呼ばれた男。逮捕時に魔導芸術を所持していなかったためどこかに隠していた可能性があり交戦となった場合使用することもありえるか…〉


 時を同じくしてエミールも任務内容に目を通していた。


〈今回の任務にはクラリナ・リエーヴルと共に行うこと…か…ああ成程〉


 いつもと違う点があったが直ぐに納得する。


〈今回の任務は例の密輸に関わっている可能性のある人物達の捜査だ。まだ推測の域を出てはいないが、おそらくイギリスから支援を受け王政復古を狙う ふくろう党の仕業だろうからボクが裏切らないか心配なんだな〉


 おそらく普段も何らかの監視をつけているとは思うが今回は念入りにしているのだろうとエミールは持ち前の想像力を駆使し意図を読んだ。


〈しかし、女性でしかも20代で美術館員に成れるとは、余程のコネか実力があるんだろうな この人〉


 19世紀でも男尊女卑は激しい。芸術分野に関してでも女性採用枠はあるが それでも女性の社会的地位は低い、その中で のし上がってきたのであれば間違いなくエリートである。

 その点エミールは2年ほど魔術と芸術に関する手解きは受けているもののコネで上がってきた身であるから、なんとなく肩身が狭い。

 館内の人間には普段のエミールがドゥノン館長の聖遺物収集の使い走りをしていることを知っているため大半はコネで上がってきたと思われているだろう。

 任務開始の前の日から彼は少し憂鬱になったが感情はないのだから全ては気のせいだと、いつものように冷めた気持ちで彼は明日を迎える。



 早朝、エミールはナポレオン美術館の前でクラリナを待ち彼女と顔を合わせ挨拶を交わす。


おはようボンジュール。貴方がエミールね」


おはようボンジュールマダム・クラリナ……」


 エミールはマダムと返したがズボンを履いてる姿に中性的な容姿を見て本当に目の前にいる銀髪の女性が女性なのか解らなくなってしまった。その上


「ああ、会って早々に悪いのだけど女性扱いされるのは苦手なの。だから、そのまま名前で呼んで貰って結構よ」


と、この態度である。女性として扱われるのを嫌うとは気難しそうな人だと思ったら、今度はコッチの芸術品に興味を持ったのか質問してくる。


「ねぇ貴方の魔導芸術品って、その腰に下げてるガードルブックの中かしら?良かったら見せてくれない」


 ガードルブックとは手提げ袋のような形をした革製のブックカバーの事である。持ち運びが便利で直ぐ本を開くことができ雨風からも本を守ってくれる実用品である。そのガードルブックを外し彼はクラリナに本を渡す。


時祷書じとうしょか」


 時祷書じとうしょ。祈祷文や詩編など個人用に編集した装飾写本のことである。その美しさは時に自らの敬虔さを示し時に忠誠心を示す贈り物として使われてきた。

 エミールはこの装飾写本に描かれた図柄などを利用し魔術を構成している。例えば余白を埋めるために描かれている幾何学模様アラベスクのツタや茎から生命を産み出す母性の象徴を取りだし。ツタを生み出す魔術を作ることができる。


「コレは金銀は無いけれども美しく仕上げられているね。見たところ活版印刷でも無さそうだし古典主義的で中々の出来栄えだ。しかし質素であるために奢侈しゃしに彩られた芸術と比べ見劣りする。装飾のこだわりは信仰の強さを表す以上、シンプルでは感動への力強さに欠け残念とも言える。いや、しかし時祷書は後に芸術性を加えながら完成していく芸術品とも言える点では、まだ伸びしろが…」


 時祷書をまじまじと見つめクラリナは饒舌に語り始める その姿にはエミールも着いていけず思わず固まってしまう。

 そうしてページをめくる手が止まりエミールに本を返し言った。


「どうやら完成途中の芸術だったみたいだね。安易で、つまらない批判をしてしまって申し訳ない。完成に至った時、良ければまた見せてくれ」


「未完成?」


「ああ、その本は最後の方には余白が存在した。おそらくは次の世代にも使って貰えるように付け加えらる余裕を残して置いたんだろう。思うにコレは誰から貰い受けたものでは?」


「……その通りです」


 芸術は見るものでなく〝読む〟ものだとジャンルによっては言われるが彼女は見事に制作者の意図を読み解き貰い物であることに気付いたのだ。


「見せて頂いたお礼にコチラもお見せしよう。私の持つ魔導芸術を」


 そう言いながらクラリナから手渡されたのはラ・テーヌ様式の両手剣であった。


〈ラ・テーヌ様式。別名ケルト芸術…ケルト神話を視覚化させたものや組紐文様や渦巻文様といった特徴を持つ芸術〉


 手にとって見てもエミールには、それくらいしか解らず彼女との差を実感する。


「すみません…私はコネで上がってきたようなものなので…芸術には疎いほうで…」


 実力を試されているのだろうと考え素直に自分の不心得を認め批難を避けようとした。


「そうなの?それじゃあなんで美術館員に?」


 当然の疑問であったが直ぐに触れてはいけない話であったかを気にし彼女は謝罪する。


「ごめんなさい。聞いちゃ悪かった?」


「いえ、お気にせずに」


 エミールは気にした様子は見せずに返すが、クラリナはワケありなことを察していた。


〈一応、任務には彼が ふくろう党との繋がりがないか気を付けるよう書いてあったけど…薄志弱行でとてもじゃないけど陰謀に関与してるとは思えないな…〉


「それで、コレからどうすればいいんでしょうか?」


 クラリナが考えているとエミールが自分のが立場が下だと自ら示すように指示を求めた。


「んー、まぁ普通なら人が集まるカフェとか聞屋に聞き込みだけど、まずは、あの店から回ってみるかな」


 そうしてクラリナが腕を組み最初に思い浮かべた場所へと向かうことになった。



「なんですか、この列?」


トゥルノン通りの小さい道に並ぶ人の列に混じりエミールは質問した


「ルノルマンに占って欲しい人の列よ」


「…すみません誰ですか、その人?」


「知らない?今パリで有名な占い師」


 マリー=アン=ルノルマン。眉唾物の自伝と逮捕歴くらいしか経歴を残していないため現代では聞くこともない名だが、この当時、有名になり始めていた実在の占い師である。


「…その…占って貰うんですか?」


「違う、まぁ人も居るし中に入ったら話すよ」



「ようやく入れる」


 あの後、二人は殆ど沈黙した状態で待っていたためにクラリナには辛い時間となった。本当であれば片方だけが並び、もう片方が聞き込みをする方が効率的であったが監視の役割もあるのでソレも出来ず、逆にエミールから別行動を提案されたら、どうしようと後になってから気づき、気が気でなかった為にクラリナは余計に疲れていた

一方エミールは過去の経験から何が相手の怒りを買うか判らないので余計な事をしない方が無難と知っているため沈黙など苦にすらならなず二人は対称的な面持ちで店に入っていくことになった。

 店内は意外と狭くミステリアスな雰囲気を作るためか文化を問わずに美術品を多く飾りつけていた。

 奥に進むと胸元を開けたドレスを着た黒髪の30代の女性の姿が「いらっしゃい」と色っぽい唇で呟くと、直ぐに「なんだ」と言った感じで、つまらなそうに話しかけてきた。


「アナタか…今日は、何の用」


と言った次の瞬間にはエミールの姿が目に入り興味を持った声色で話し掛ける


「おや、小さい子が好みだったとは知らなかったわ」


「館員よ。その子も」


 嫌そうな顔をしながらクラリナは答えると「ウソッ!」と彼女は驚くが、クラリナはそのまま話を続け、小さな丸テーブルの前にある椅子に座り向かいの彼女に目を向ける。


「そんなことよりルノルマン。最近、変わった事はない?」


「ん~曖昧な質問ねぇ。せめて何を知りたいかくらい言ってくれる?」


 二人の会話にエミールは疑問に持つ。


「なぜ彼女が何か知ってると思ったんですか?」


「コイツは色んな顧客を抱えてるの。だから色々な情報を持ってるのよ」


 その言葉で納得しエミールは情報提供者にそのまま質問する。


「では聞きますマダム・ルノルマン。ジャック・コランという男をご存じありませんか」


「バッ…!!」


「あははははっ!随分、直球ねキミ」


 何がいけなかったのか、良く解らなかった彼にルノルマンが優しく教える。


「情報ってのは、とぉっっても大事なのよ。武器にもなるし、お金にもなる。もしも、お探しの相手と私がグルだったらどうなるか想像して、ご覧なさい」


「……逃げられますね」


「そう、だからコレからは、もう少しボカシなさい」


 問題点を理解すると眉を寄せていたクラリナが苦言し、その様子にルノルマンは笑いながら答える。


「カワイイから許してあげる。素直な子は好きよ」


 その時にルノルマンはカードを一枚引いていた。


「あら、でも意外と秘密があるのね」


 出されたカードは隠匿の暗示を持つ隠者ザ・ハーミットのカード。これに心当たりがあるエミールは一瞬、身が固くなるが間を割って入るようにクラリナは聞いた。


「それよりも本当に何も知らないワケ?」


「ジャック・コラン……確か麻薬とか密輸して儲けた元ギャングよね?脱獄した後もまだ見つかってないんだ~?」


「貴女も密輸した魔導芸術を買うことがあるわよね」


「知らないわぁ。でも、まだ見つかってないなのなら少~し怪しいのが居るわね」


「いくら?」


 思わせ振りな態度にクラリナは情報の値を訪ねるが本人は買い手の気にする額を提示することはなく新たな顧客を紹介してくれたお礼にタダで情報提供をしてくれると申し出てきた。


「ヌーヴ=サント=ジュヌヴィエーヴ通りにあるヴォケールって名前の下宿屋があるんだけどね。そこに最近、住み始めたヴォートランって男が如何にも怪しくてね。前髪は長めで帽子を被って顔が解りにくくて、その上どこで稼いでるのか解らない」


「よくも、まぁ今まで通報されなかったわね…」


「まぁ仕方がないんじゃない…今は魔導芸術関係以外の事件は全部、法務省 預かりでしょアソコ自白されるために指の骨を折りに来るそうよ。て言うか折れてた客いたわ」


「ほんっっと!信用ない!」


 二人が警察省解体の弊害について語る中、エミールは物憂げな表情になっていたが彼女達が気づくことはないまま行き先の目処がついたと口にし立ち上がる。


「今後とも、ご贔屓に~」


 店主の送り出しの言葉を背に二人は店を後にした。



 二人が探していた下宿宿に着くと早速、宿の経営をする恰幅の良い女主人にヴォートランは居るか訪ねた。すると思わぬ返しが来た。


「アンタ達も探してるのかい?」


 どうやら自分たち以外にもヴォートランを探している人がいるようだ。詳しく話を聞いてみると昨日、40代くらいの男がヴォートランの下に訪ねに来たが留守であった為に帰っていったそうだ。

 その事をヴォートランに伝えると彼は焦った様子になり、次の日…つまり今日、顔を一度も会わすことなく、ずっと部屋を空けっぱなしにしているそうだ。


「怪しいと思ってはいたけどヴォートランのヤツ何やらかしたんだい?」


「まだ調査中なので、なんとも言えません」


 クラリナは女主人の質問に茶を濁しながら人相書きと鉛筆を取り出しヴォートランの特徴を女主人から聞き出し、任務前に貰っていたジャック・コランの似顔絵に書き足していった。

 おおよそ、ルノルマンの言った通り顔を髪で隠している男性であった。年は40代で黒髪、身長は170前後の中肉中背。

 そうして話を聞いている間に出来上がった似顔絵を女主人に見せるとソックリだと応え、ヴォートランがジャック・コランの可能性が増してきた。後は彼が何処に居るかが問題だ。

 手がかりを少しでも得るためクラリナは女主人にヴォートランの部屋を調べる許可を貰おうとするも


「まだ調査中って言ってなかったかい。まだ悪党か解らない内に余所様の部屋の捜査だなんて許可できないね

ウチは見ての通りオンボロの下宿宿さ、集まってくる奴らもワケあり連中だって多いんだ。疑わしいって理由だけじゃ協力できないね」


 残念な事にあまり協力的では無かった。


「どうします?」


「令状があるワケでも無いから無理強いはできない」


 エミールの質問にクラリナは強攻姿勢は見せず。そのまま捜査協力の感謝を述べ、その場を離れ言った。


「9区に行く」


「?………何故ですか?」


 普通に考えればココで聞き込みを開始するのがセオリーだがクラリナは敢えてソレに従わず推論を説明し始める。


「おそらくだけど彼は高飛びしたくても先立つモノがなくてパリに留まるハメになっている。だから密輸で儲けようとしたが失敗した。さっきの話に出てきたヴォートランを訪ねた奴は予想するに密輸品の買い手だろう。しかし困った事にブツは用意できず。約束を果たせなかった落とし前を恐れ慌てて逃げ出した。となると彼がギャング時代に活動してた9区に逃げ込んだ可能性はデカい」


「……」


 この推理にエミールは肯定しなかった。否定して怒らせたくなかったのだろうが暗に否定してることは判ってしまうからこそクラリナは続けた。


「もちろん私の予想が間違っていてジャック・コランは、もうパリの外まで逃げてる可能性だってある。あくまで遠くに逃げられない場合。退避するなら少しでも土地勘がある場所を選ぶんじゃないかって考えただけ

それと彼は9区で逮捕されたけど魔導芸術を持っていなかったから捕まる前に隠したんじゃないかとも思ってね。あと……」


 一通り語り終え、最後に9区に向かう、ある理由を口にした。


「ルノルマンがあの時、見せたカード覚えてる?」


隠者ザ・ハーミットのカードですね」


「そう、タロット番号9番のカード。もしかしたらコレを暗示してたのかもしれないと思ってね…」


「そこに逃げた可能性はありそうですね」


 こうして二人は捜査範囲を9区に絞り北岸に向かう。



 9区に着いた頃にはもう夕暮れ時であった。それでも二人は人相書きを頼りに聞き込みを続け、ついに目撃者を見つけた。


「何処で見かけましたか」


とクラリナは老け顔の男に聞く


「モロー将軍の邸宅の前だよ。顔も良く見えないし、うろついてて怪しかったよ」


 ジャン・ヴィクトル・マリー・モロー。パリ9区ショセ=ダンタン通り10番地に邸宅を構えている市民にも人気の英雄だ。

 そんな男の家の前でヴォートランは何をしようとしていたのだろうか?二人は手がかりを追ってモローの邸宅に向かう。



 もう空に星が見え始めてきた中、新古典主義の様相を見せるモロー将軍の邸宅の前までやって来た。

 クラリナが扉をノックすると使用人らしき女性が顔を出し話を始めヴォートランの似顔絵を見せると確かにココに来たと答えた。しかし将軍は留守であっためか男は直ぐに帰らず、うろついた後、離れていったとのことだった。


「失礼ですが将軍はいつ頃、ご帰宅されるでしょうか?」


「わかりません。ですが食事は外で済ませてくると仰ってましたので、おそらく、いつものお店にいかれるかと」


「もう夕食時か…どうせだから、その将軍 行きつけの店で食べていきましょうか。場所はどこですか?」


「ラファイエット通りと繋がるル・ペルティエ通りの角にあるカフェ・リッシュというお店です」と使用人は答えてくれた


ありがとうメルシー。良い夜を」


 暗く落ちていく中、街並みは街灯によって白い光で照らされ始めていた。



カフェ・リッシュ

 道の曲がり角に建つ四階建ての店は一階がカフェスペースとなっており二階はレストランラウンジとなっている。

 ソコから通りを見下ろしながらヴォートランはブリオッシュとコーヒーを口にしていた。


〈クソ、モローのヤツ来ねぇ、揺すって金を巻き上げようと思ったが居ねぇんじゃどうしようもねぇじゃあねか…!!〉


 苛立ちながらブリオッシュをむしり口に運んでいると子供と性別が解りにくい女がヴォートランの側にやって来た。


「ヴォートランさんですね?」


 訪ねられてヴォートランは「ホー、ホー」と口ずんだ後に一瞥し答えた。


「誰だい?」


「私のことより商売の話をしよう仕入れは得意なんだろ?」


「何処で俺の事を知った?」


「お前の同業者から聞いた。密輸もしてくれるそうだな」


「そうか…それじゃあココじゃなんだ場所を変えよう……ぜ!!」


 そう言ってヴォートランは立ち上がると同時にテーブルを二人に向けてひっくり返し、その裏側を蹴り飛ばし辺りを騒然とさせる。


「ソレで俺を騙せると思ってんのかボケが!もうちっと裏社会、学んでから出直せやカスが!」


 罵り声を上げながらヴォートランは視界を良くするために手で前髪を上げ懐から星が十二個 取り付けられた金の輪っかを取り出すと魔術を発動させた。


星の冠サークル・オブ・スター!!」


 声とともに星の輪は彼の頭上に浮かび輝き始めると彼は手を前にかざし炎を起こし、倒れたテーブルの向こうにまだ居るであろう二人に放った。

 店内に火の手が上がり店に居た客は完全にパニック状態となるが炎は辺りを燃やすことは叶わず吸い込まれるように一ヶ所に集まりクラリナの持つラ・テーヌ様式の剣へと飲み込まれ消えてしまった。


星の冠サークル・オブ・スター。連帯、調和、不滅の象徴。それがお前の不死身と言われる所以かジャック・コラン。だが残念だったなネタがバレていちゃ対処の仕方はいくらでもある。さっきの火だって十二の星から十二星座と関連付けて四代元素と結びつけたモノだろ」


「魔術師…いや美術館員かテメェ!」


「正解だ。お前を魔導芸術の不法所持と使用及びその他諸々の罪で逮捕する!」


「上等だ俺は不死身トランプ・ラ・モールジャック・コランだ!!美術館員ごときに返り討ちにしてやるよ!!」


 そう啖呵を切ると再び視界を覆うように炎を放ちソレをクラリナは斬り剣へと吸収した。目の前の視界が開けるとジャック・コランが二階の窓に向かって走り窓をぶち破って下に逃げていった。


「くそ、さっきのはハッタリか」


 それに対して直ぐに追いかけたのはエミールだった。彼も割れた窓から飛び下り時祷書じとうしょを開く。


五月ホース・ライディング


 時祷書じとうしょには各月の象徴を描いた月歴図レーバーズ・オブ・ザ・マンツズと呼ばれる挿し絵が存在する。その中に馬に騎乗する五月の挿し絵があり、そこからエミールは魔術を組み立て絵の中の馬を実在化させソレに股がりジャック・コランの後を追いかけ、あっという間に追い着き先回りする。


「クソ!」


 ジャックは、ままならない事に苛立ちながら炎をエミールに向けて放つ。


二月シィスティング・バイ・ザ・ファイア


 今度は火の見張り番をする挿し絵から火を制御するという意味を取りだし相手の炎を操る魔術を作りだし攻撃を無力化させる。


「もう、観念しろ」


 ジャックの後ろから追いついたクラリナが投降を呼びかけると彼は着ていたコートのボタンを外し声高に「近づくな!」と叫んだ。


「腰に下げてるモノが解るか?爆弾だこれ以上近づいたら爆発させるぞ」


 彼の言うとおり腰には火薬が詰まった球形のガラス瓶がいくつもあった。


「魔術で火力も底上げするからな。ここいら全部ぶっ飛ぶぜ!」


 そう言ってジャックは懐から瓶を取りだし見せつけた。


「白ワイン?」


「オツムの足りないお前らに教えてやるよ。裏社会じゃワインってのは強力な火薬の隠喩なんだよ!後はコイツを起点に魔術を組み立てれば、どうなるか想像できるだろ」


「やめろ!お前が魔術で不死身になったとはいえ、爆破したら粉微塵な状態で惨めに生きてくだけだぞ」


「うるせぇ!さぁ、さっさっと武器を下ろして大人しくしてろ!」


 クラリナはジャックに呼びかけるも耳を貸そうとせず彼女は思考を加速させ考える。


〈私は爆発で死ぬことはないとはいえ市民に犠牲がでてしまう。だからといって全員を守るのは無理だ…〉


 エミールなら、どうにか出来るかもしれないと目線を送るが彼も首を横に振る。


〈ここまで来て打つ手なしか…〉


 そう思われた瞬間。ジャックの足元が石と化していった。


「は??……なんだコリャぁ……っ!!」


 突然のことに理解が追いつかずに叫ぶ彼の声は最後まで聞くこともなく全身が石と化していった。

 そうしてクラリナの後ろから、この場に歩み寄る足音が二つ聞こえた。

 一つは右手に鏡を持ち肩に雄鶏を乗せ右手には松明を持ち胸元にはメドゥーサの首をペンダントのように下げた女性の姿があった。

 ピエール=ポール・ブリュードン作。警察省の擬人像。ソレを目にした瞬間、クラリナはジャックを探していた40代の男のことを思い出し、近づくもう一人の人物と頭に思い浮かべた人物が重なる。


「フーシェ!!!」


 クラリナの驚きの声とともに彼は柔和な笑みを見せ紳士的な素振りで語りかけてきた。


「コレはどうも。お邪魔でしかな?」


 白髪で猫を思い浮かべるフランスで最も狡猾な男。


サン=クルーの風見鶏。リヨンの散弾乱殺者。政治のカメレオン。革命のユダ。そして……


国王殺しレジシード


エミールはフーシェを見つめ頭の中に思い浮かべた

彼を表す二つ名を………

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