第3話 [過去]赤い服の男
─1801年─
死んだはずのルイ17世は木製の棺桶の中で突然 目を覚ました
真っ暗で動こうにも狭くてほとんど動けない状態で彼はパニックになり何とかしようと叫びながら動くと木材が割れる音がし土がホコリのように落ちてきた。咄嗟に目や口に入らないように閉じ そこで気づいた。
もしかして箱の中に詰められ埋められたのでは?…と、
怖くなってまた叫び出すと腐りかけた木の棺桶を無理矢理 壊し木片で土を掘っていく。土を被りながら頭が埋まらないよう時間をかけ掘り進むと薄暗めな光が見え最後は力づくで湿った土を押し上げ外と繋がると雨が最初に彼を出迎えた。そうして体を土の中から出していくと叫び声が聞こえた。
どうやら土の中から這い出る姿を見られてしまったようだ。慌てて辺りを見回すが森の中を走って逃げていく人の姿が遠くに見えるだけで、こちらの声も聞かずに走り去ってしまった。
ようやく土の中から出ると ココがただの森ではなく墓地であることに気づいた。
パリ中心部から東南方向。パリ5区のクラマール墓地。そこに彼は墓標もなく埋めれていたのだ。
なんでこんな所に埋められていたのだろうか?と困惑する中、彼は思わず胸に手をあて、そこにあるべき物がないことを知る。
心臓のない自分の姿にどう反応すれば良いかも判らず雨に打たれながら呆然とする……
※
状況に混乱し疲れはてたように彼は木の下で雨宿りをしていた。
〈なんで生きてるんだろう……?〉
彼は考えていた生きている理由を生き返った理由を…その内、違うことも考え始めたりもした。
そもそも、おかしい自分の体はまともに動けなかったのに今では心臓を失ったこと以外は正常だ。体の腫れなども無くなっている。解らないことだらけだ。
〈そういえば…心臓って心を作る器官なんだっけ……じゃあ…もうボクは心も感情もないってことなのかな…?さっきはあんなに取り乱してたのに…バカみたいだ…心なんて もうないのに…〉
考えていると また違う思考が始まる。当時ヨーロッパはエジプトブームであったためルイ17世は心臓は感情を作る器官だという間違った知識を持っていた為か諦観が深くなり余計に心を閉ざしてしまい、やがて本当に感情を無くしたと思い込むようになっていく。
母マリー・アントワネット曰く、ルイ17世は想像力豊かで聞いた話に尾ひれを付ける子だと言っていた。その性格が思い込みを呼ぶことになったようだ。
雨の中、こちらに近づいてくる人影があった。傘を差した40~50代くらいの神父はルイ17世の前に立ち話しかけてきた。
「随分と汚れていますね」
過去の出来事もあってルイ17世は言葉を返すべきか少し考え応えた。
「ごめんない神父さま泥遊びをしてて汚れました」
彼は子供のように喋る演技をした。
これは長い間の幽閉生活の中で感情を思ったままに出さない方が痛い思いをしなくて済んだために自然と身についたスキルだった。
「そうですか。しかし土の中から出てくるとは、イタズラにしては、やり過ぎではありませんかな?」
なんで知ってるのかとい疑問とともに神父は言葉を続ける。
「この場所で死者が土の中から這い出してきたと通報がありまして。それで一つお聞きしたいのですが……もしや
唐突に名前を呼ばれ、少し驚いた様子のルイ17世を見て確信したのか神父は語り続けた。
「おお、やはりそうでしたか!お顔を拝見した時に、もしやと思いましたが」
何やら喜んでいる素振りだが素性も知れない相手にルイ17世は警戒心が高まる。
「……どこかでお会いしましたか?」
演じることが無意味と解ると口調も変わる。こうなると どういう喋り方が一番相手を怒らせるか判らないからだ。
嘘だとバレてる上で演技を続ければキレるかもしれないし、だからといって
「いえ失礼ながらコチラが一方的に知っているだけです。例えばココに密かに埋葬されていた事とか」
表情も声色も特に変わりなく神父は答え、続けて「こんな場所で話を続けるのは体に宜しくない」と言い教会へお越しにならないかと提案された。
怖い気もしたがきっと勘違いだろう。だって自分には感情はもう無いのだから…そう思い込むことで恐怖心を押さえつけルイ17世は疑問を解くために神父の案内に着いていくことにした。
※
教会にやって来て数日が経った。服も綺麗な物を用意してもらい体も清潔になりソコで亡くなった後のことを色々と知ることができた。
しかし生き返った理由は解らなかった。ただ、この神父は、かの救世主と同じ奇跡が起きたのだと思っているらしい。確かに再臨に関する記述は存在するが流石に不遜としか言いようが無かった。
この時代の教会は科学的視野の拡大と革命によって形骸化し無心論者も今では少なくない。この神父は教会の権威復活を望むがゆえにルイ17世を都合の良いように解釈しているようにしか思えず、彼はこの神父に感謝こそしているが信用する気にはなれなかった。だからこそ、この先どうすれば良いか考え込む。
最初、姉との再会を考えたが状況を知ってしまったいま顔を会わせにくかった。
自分が母に強姦されたと発言していたという話は今では誰でも知っている。心があったなら あの時、何も知らず彼らの思惑に乗って口走ったことを恥ずかしくも思っていたことだろう
他にも幽閉中、優しくしてくれた人達に会ってお礼を言いたいとも考えたが居場所が解らない。
それに、礼を言い終えたら、その後どうするのかも問題だ。そもそも持ち合わせもない自分に何を返せるというのか
考え込んだ末に彼は生前に誰かのために生きたいという思いを叶えることを決める
もしも生前の未練が今の自分を形作っているのだとしたら、過去の思いを成就することで神の下に召すことが出来るかもしれない。そんな淡い期待のようなものを感じ次に最低限なにかできる立場が欲しいと思った。出来れば後ろ楯もあると、なお良い
その為には少し先立つものが必要となる。しかし、だからと言ってこの神父に直接 面と向かって頼りたくはない。だからココを出てなんでも良いから仕事を見つけようと考えた。
「出ていってしまわれるのですか…」
神父に、この教会を去ることを告げると当てはあるのかと聞かれハッキリと無いと伝え出来ることは自分でしたいと明確に話すと「では、せめてコレだけでも」と一枚のルイ・ドール金貨と時祷書を差し出してきた。
断るつもりだったが、この金貨は彼の服を洗濯してるときにポケットから出ててきたものだという。もしかしたら誰かが埋葬の際に せめて父親を近くに感じるようにとルイ16世の顔が描かれたこの金貨を忍ばせたのだろうか?今となっては知る由もない。しかし元々、身に付けていたものであるならば拒む理由もなく受け取った。
時祷書の方も君主に対して忠誠の証として贈られることがある品であるため拒み辛かったために受けとることにした。
「ありがたく頂戴いたします」
受けっとた品を手に彼は教会の扉に手をかけゆっくりと開いていく。
「
悪い人では無いかもしれない だけどやっぱり信用できなかったので無意味かもしれないが最後に釘を刺しておいた。
「では、一つだけお願いがあります。私が生きていることは誰にも話さないで下さいね」
「ええ、貴方さまが、そう望むなら」
扉は閉まり先に進む道を作りに彼は歩み始めた……
※
彼が街に出て最初に買ったのはフード付きの赤い服だった。それを着るとフードを目深に被り彼はテュイルリー宮殿へと向かい、そこで門番に言った。
「ボナパルト執政とお会いしたい。彼には赤い服の男が来たと伝えて欲しい。それで意味は通じる」
何を言ってるか解らないが門番は、とりあえずココで待っていてくれと言い、門番の一人がナポレオンに連絡しに行く。
数分後。中に入る許可を得ることに成功した。
〈上手くいくかは賭けだったが、やはり権力者…赤い服の男のことは知っていたか〉
案内を受け彼の執務室へと入っていくと、そこに英雄がいた。
「彼とは二人だけで話したい」そうナポレオンが、一言告げると案内人は退出し二人きりになるとナポレオンの方から話しかけてきた。
「よもや、テュイルリー宮殿の赤い服の男がこれ程、小柄とは知りませんでした」
フランスに存在する都市伝説…テュイルリー宮殿の赤い服の男。アンリ4世もアンヌ・ドートリッシュも…そしてマリー・アントワネットもこの赤い死神と出会い死んだと噂され後世ではナポレオンもこの赤い服の男と出会っていたと言われている。
権力者を死に追いやった存在。知っているなら無視はできないという思惑が上手く行くと彼はフード取り自らの素性を明かし始める。
「始めまして執政。私はルイ・シャルル………マリー・アントワネットとルイ16世の第三子ルイ17世です」
─────こうして…この先に待つ苦しみを知ることもなく物語は始まっていく………
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