第51話 アテナイ

 ヒロ達はアテナイの城門を潜る。


「あっ、オリオン様!」オリオンの姿を見つけた女性が歓声をあげる。


「オリオン様が帰ってきた!!」子供達が集まってくる。オリオンは笑顔で子供達の頭を撫でる。


「オリオン様、お帰りなさいませ!」目をハートの形にした若い女性達も集まってくる。


「ただいま!」オリオンが返答をするとその場で失神しそうな女性もいるようであった。

 ヒロがちょっと冷たい視線でオリオンを見る。


「な、なにかな……」ヒロの様子を見てオリオンはなぜが針のむしろにいるような感覚に襲われる。


「別に何もないです、行こうカルディア!」ヒロはプイッと横を向くとカルディアの手を掴んで引っ張った。


「えっ!えっ、うん」カルディアは手を引かれるままに連れられていった。



 アテナイの街は賑わっていた。オリオン王子の帰郷で盛り上がっているようであった。オリオンの人気ぶりが伺える。


「お嬢さん達はオリオン様を見に行かないのかい?もう、街中の女の子が行ってるよ」果物屋の主人が人並みと逆走していくヒロ達を見て声をかける。


「きょ、興味ありません!オリオン王子なんて!!」ヒロは真っ赤な顔をして拗ねているような感じである。カルディアはそのヒロの顔を見て、やっぱりヒロは女の子なのだと改めて感じて吹き出してしまった。


「今さらだけど、やっぱりヒロって、解りやすいね」呆れたような声で呟いた。


「姉ちゃん、気に入った!それ!」果物屋の主人はリンゴを二つ投げた。ヒロは反射的に左手でそれを受け取った。暗殺者は必ず右手を開けておくようにと子供の頃から教えられ続けていた。


「親父さん、ありがとう!」ヒロはウィンクしてお礼を言った。


 もらったリンゴを1個カルディアに渡すと、自分の持っている分をかじった。


「美味しい!」カルディアが喜びを体一杯で表す。


「本当だ!旨い!」ヒロも目を見開くほど驚いた。

 改めて街の中の様子を見ると、このリンゴもそうだけれど、売っている物が数段上等な事がヒロやカルディアの目にもよく解る。そして、なにより街の人々の顔が穏やかで幸せそうである。よく統治が行き届いている事がよく理解できた。


「ねえねえ、ヒロ、せっかくだから口紅位しない?」カルディアが唐突に言い出した。カルディアも極めて簡単ではあるが化粧をしている。暗殺者に化粧など不要と里の師範はよく言ってはいたが、年長の女暗殺者達は、女の色気も武器になると言って教えてくれた。その時、最低限の道具を譲ってもらっていた。


「えっ、いや、俺は……」正直言うと、先ほどオリオンを囲んでいた可愛い服を着た乙女達を見て羨ましく思った自分がいた。何度かそういう姿をした事はあったが、常時あのような姿でいてはいざと云う時に対応する事は出来ない。ヒラヒラした服は戦闘の邪魔に成るだけなのだから。


「化粧だけでもいいじゃない。せっかく女の子に生まれたんだから……、綺麗にしましょ」カルディアの気持ちは吹っ切れているようだ。今は仲の良い幼馴染みの女の子同士という対応であった。今度はカルディアがヒロの手を引いて化粧けわい用品の店を探した。



「あった!ここにしましょう!」お洒落な雰囲気の店があった。


「や、やっぱり……、俺は……」ヒロは店の前まで来て躊躇した。


「いいから」カルディアは強引であった。彼女は、ヒロに合いそうな頬紅、口紅を選ぶ。カルディアは女の子と一緒にこういう店でショッピングをする事が無かったので、ある意味新鮮であった。


 店の中の一角を借りるとヒロを座らせてから、カルディアはヒロの髪止めを外す。


「本当に羨ましい、綺麗な髪の毛ね」カルディアは、今までヒロの髪の質までそんなに確認した事はなかった。しかし、こうして触れる彼女の髪の毛は触れた事が無いような手触りであった。


「あ、ありがとう……」ヒロは恥ずかしそうにお礼を言った。

 カルディアはヒロの正面に回ると作業を始めた。


「うわぁ、素敵ですね」店の女定員の目が輝く。ヒロは美しい女剣士に変身していた。


「ねっ、これくらいなら大丈夫でしょ」カルディアは手鏡を渡す。


「えっ、これが俺……なのか?」さすがに自分で見よう見真似でやった化粧と比べると、カルディアのしてくれた物はさりげなく、自然な感じであった。


「カルディア、凄いな……、今度化粧のやり方を教えてもらっても……いいか?」ヒロは恥ずかしそうな小さな声を出しながら鏡に指を触れた。


「うん、いいよ!」カルディアは明るく返答をした。

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