第37話 女 神

「ギャーーー!!」ハルピュアの顔が苦痛で歪む。耳を塞ごうにも彼女には獣の前足しかなく上手く自分の耳を塞ぐごとが出来ないのである。


「意外と効いてるダニ……!」イオが言う通り、ハルピュアはカルディアの歌声で苦しんでいる様子であった。


「あ、ああ初めの主旨とはかなり違うけれど……」ヒロは少しつらそうに耳を塞ぐ。まさかカルディアがこんなに音痴とは思っても見なかった。しかし、イオの言う通りハルピュアはかなり苦しそうな顔をしている。


「ヒロ!チャンスだ!!」オリオンが飛びかかろうとする。その瞬間、先ほどハルピュアが飛び出してきた砂漠の穴から別の女の顔が出てくる。一人、二人……。ヒロはディアナが言っていた事を思い出した。ハルピュアは色が変わる事があると……。そう、それは色が変わっているのではなく、複数のハルピュアが存在していたのだ。


 結果から言うと、カルディアの歌によって地下に隠れていたハルピュアをいぶりだしてしまったようだ。これ以上、他のハルピュアが飛び出して来たらと思うとヒロの顔は恐怖でひきつる。


「ディアナ!!ディアナ!カルディアの歌をを止めさせてくれ!!」ヒロは慌ててディアナに指示する。


「へ、へぇ……」ディアナはげっそりとした青い顔で返答をした。何しろカルディアの歌を一番間近で聞いていたのだから、一番メンタルをやられたのは彼女であろう。ディアナが術式を解くとカルディアの歌が聞こえなくなった。


「な、なによ!!歌えって言ったり止めろって言ったり!!」気持ちよく唄っていた歌を止められてカルディアは腕を組んで拗ねた。ディアナはスフィンクスの背中に項垂れるようにその体を預けた。


「三匹が相手!こりゃ大変だ!」ヒロは仕切り直すように剣を構える。


「行くダニ!!」イオが合図すると三人を背中に乗せたルイが一匹のハルピュアに突進する。ハルピュアの鋼の羽でが飛んでくる。それをアウラが光のシールドを作り防いだ。間一髪入れずにカカとイオの連続攻撃炎と氷がハルピュアを襲う。しかし、ハルピュアはその羽を盾にして、攻撃を防御する。


 オリオンは使い魔フマと共闘する。フマは猛烈な輝きを見せてハルピュアに突進し共に爆発する。そして燃え盛る炎の中にから甦るように再び姿を見せた。


「やったか!?」今、披露されたフマの技は彼の最強のものであった。

 炎に包まれるハルピュア。しかし、まるで犬が水を振り払うような仕草をしたかと思うと体にまとわりついていた炎を吹き飛ばした。


「これは予想以上に強敵だ!」オリオンが珍しく弱音を吐露する。


「なにか、なにか弱点は……」ヒロは思考を巡らせる。ヒロの目の前のハルピュアが大きく口を開けると炎を吹き出してくる。


「ヒロ様、危ないちゃ!」アウラはヒロの回周りに黄色いシールドを張り巡らせる。


「すごい、アウラにもこんな凄い力があるのか!」ヒロは驚きのあまり叫んだ。


「惚れ直したっちゃか!」冗談混じりにアウラ達には言う。


「ああ、アウラに惚れ直したよ!!」ヒロがそう言うとアウラは少し赤くなった。


「よしっ!俺も……!!」ヒロは小さな声で術式を唱える。ヒロの髪の色が金色に変わっていく。少しずつではあるがヒロも自分の術式を使えるようになってきたようであった。


「オリハルコン!!」ヒロの剣も黄金に輝く。


「また、あのオリハルコンが……!」その様子を遠くから見ていたオリオンは驚きの声をあげる。先日手に取ったヒロの剣は何の変哲もない、それどころか今にも折れそうな使い込まれたものであった。それがヒロの物質変換の術式により、伝説の金属オリハルコンで作られた名刀へと変化を遂げている。こんな術式を使えるものなど、オリオンは見た事が無いし、聞いた事もなかった。それほどヒロの使う術式は特殊なものなのだ。


 ヒロのオリハルコンがハルピュアの鋼の翼と交錯する。先ほどまでどんな事をしてもびくともしなかった翼が、オリハルコンの剣で真っ二つに切り裂かれる。ハルピュアは苦痛の表情を浮かべて、強烈な悲鳴をあげる。ヒロはその刃を切り返してハルピュアの喉を切り裂く。


「止めて!」ヒロの頭の中を女の声が響く。刃はハルピュアに喉の数センチ手前で止められている。


「そうか、そういうことなのか……」ヒロは一瞬にして何かを悟ったように瞳を閉じた。


「ヒロ!どうして!?」スフィンクスの上にいるカルディアはヒロの行動を見てその目を見開く。一匹目のハルピュアの息の根を止められるチャンスであったのにヒロが攻撃を止めた事を理解できなかった。 

 

 ヒロは両手を胸に当てると、口をゆっくり開いた。


「な、何が起こっているのだ」オリオンも状況が把握出来ないようである。


「これは、美しい……、アプロディーテちゃんの声なの……?」ディアナはうっとりとした目でヒロを見る。


 ヒロは美しい声で歌を歌いだした。その声を聞いてハルピュア達は攻撃をやめて目を閉じる。そして三匹のハルピュア達はヒロの回りを囲むように移動すると大人しい犬のようにその場に座った。


「心地の良い歌ダニ……」アウラ達もヒロの声に癒される感じを覚える。ルイも目を閉じている。

 ヒロは先ほどまで戦っていたハルピュアの髪を撫でる。ハルピュアは幸せそうな顔をした。次第に、ハルピュア達の姿が変化を初めて、三人の臼布うすぬのまとった美しい娘の姿に変わっていく。


 オリオンの目には黄金に輝くヒロの姿が神々しい女神のように映った。


 そしてオリオンの心は高揚と落胆の交錯した微妙な感覚に襲われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る