第29話 呼び方

「ねえ、ヒロ○、多元宇宙論って知ってる?」少女が聞いてくる。


「なにそれ、知らないわ」ヒロ○と呼ばれた少々は聞いた事の無い言葉に首を傾げる。


「あのね、私達が住んでいる宇宙とはまた、別に宇宙があるかも知れないんだって、そこにはやっぱり私達と同じような人がたくさん住んでいて、私達と同じように生活してるかもしれないのよ」なぜか軽く興奮気味に女は話す。


「なにそれ?でもそんなもの空想なんでしょ?確かめようがないんじゃないの?」聞きながらナンセンスな話だと思った。


「そうだよね……、私が読んだ本ではその宇宙と私達の住んでいる宇宙の間には時間の概念がなくて過去にも未来にも行けるんだって、それならタイムトラベルも可能よね」


「ふーん、よく解らないけれど。タイムマシーンってやつが作れるかもしれないって事だよね?」


「そうね、ヒロ○なら、どの時代に行きたい?」


「そうね……」



        ★        ★         ★


 目が覚めた。ヒロは、また訳のわからない夢を見てしまったようだ。無意識に大きく伸びをしてしまう。まだ真夜中のようであった。ディアナとの戦いでかなりの体力を消耗してしまい宿に戻ったらベッドに倒れてすぐに眠ってしまった。つまり、食事も風呂も入っていない状況であった。隣の部屋も静まりかえっているので、カルディア達も眠っているのであろうと推測する。ヒロは簡単に身支度をすると疲れを癒す為に入浴することにした。


 この宿には露天風呂しかない。ヒロは浴場に誰もいない事を確認してから男専用の風呂に入った。


「あー天国だ!!」体に掛け湯をしてから湯船につかり体を温めた。顔も戦いで泥だらけになったので両手でお湯をすくい丁寧に洗った。そういえば、ディアナの件も片付いたので明日からは元通り、男の姿で生活する事が出来るのだ。そう考えるとやっと気が楽になったようで改めて大きなため息をついてしまった。空に綺麗な星が沢山輝いている。

 

 ガラガラ!


 「えっ!?」脱衣場のドアか開く。こんな遅い時間に風呂に入ってくるとは、ましてや今晩の宿泊客などほとんど居ない筈であった。


 ヒロは息を潜めて岩場に隠れる。冷たい風が吹き一時的に風呂の中が一望出来るようになった。


「オ、オリオン様!!」声をあげそうになったが自分の口をふさいだ。

 オリオンは体を洗うと湯船にゆっくりと浸かりだした。体の体積が大きいせいか沢山のお湯が湯船から溢れていく。


「あー天国だ!」オリオンはヒロと全く同じように声を上げた。

 ヒロは気づかれないように息を潜めている。


「えーと、そこにいるのは……、ヒロ君ですね」オリオンがヒロの存在を的中させる。


「えっ、あ、はい……、そうです」ヒロは観念するかのように返答をする。


「昨日は大変な思いをさせて、本当に申し訳ありませんでした。まさか収穫祭の会場を堂々と襲ってくるとは思わなかったので……」オリオンにとっては本当に予想外だったのであろう。ヒロが助かった時に感窮まって抱き締められた事を思い出して、ヒロはまた赤くなった。


「でも、本当にヒロ君やカルディアさん達が一緒にいてくれて良かった。僕一人ではディアナを捕まえる事は出来なかっただろう。……本当に、自分の力を買い被り過ぎていました」オリオンが珍しく弱気な気持ちを吐露とろした。


「いえ、そんな事はありません!オリオン様が俺の術式を解放してくれた。だから戦えたんです。だからディアナにも勝てたんです。オリオン様がいなければ……」興奮してオリオンの前に飛び出しかけたが、慌てて後ろを向く。


「ありがとう、ヒロ君。そう言ってもらえると嬉しい」オリオンはきっといつもの爽やかな笑顔で笑っているのだとヒロは思った。


「オリオン様……、お願いがあるのですか……」ヒロは改まって口を開く。


「何でしょう。僕に出来る事なら何でもしましょう。ヒロ君のお陰で今回は助かったのだから」


「あの……、俺の事をくんと呼ばないでヒロと呼び捨てしてください。あなたにそんな風に呼ばれる資格は俺にはない」ヒロは小さな声でお願いをした。


「そうですか・・・・・・、うーん、それなら僕にも条件がありますよ」オリオンのほうからお湯を体にかける音がする。なにやら彼がひらめいたような声を上げた。


「な、なんでしょうか?」何を言われるのかヒロはドキドキしていた。今の自分は、オリオンに命じられたら大抵の事は従ってしまうような気がした。それが、どんなに恥ずかしいことであっても・・・・・・。


「僕の事もオリオンと呼び捨てで呼んでください」


「えっ!それは……、無理です……」ヒロにとってそれは他の条件よりも困難に感じた。


「では、僕も無理です」彼は意地悪そうな声で笑う。


「そ、そんなぁ」


「初めに言いましたよね。僕は友達としてあなた達と付き合っていきたいのです。だから、対等の立場で僕の事に接してください。ね、ヒロ」オリオンが突然ヒロの名前を呼び捨てにした。ヒロはなんだか恥ずかしいような嬉しいような不思議な感覚に襲われた。


「さあ、僕の名前をよんで」


「オリオ……」ヒロは小さな声で呟く。


「ヒロ、聞こえませんよ。もう一度」


「オリ、オリオ……」


「もっと大きな声で」


「オリオン!オリオン!」なんだこのプレイは!ヒロは逆上のぼせて倒れそうになる。


「ありがとう、ヒロ。僕は嬉しい、それでは僕は先に上がるがらゆっくりするといいよ」オリオンは男らしく湯船から立ち上がると脱衣場へと歩いていった。

 

 ヒロは、風呂に逆上せたのか、単に血流が早くなっただけなのか解らないくらいにボーとしていた。その胸の鼓動は心地よく脈を打っていた。

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