第28話 オリハルコン

 長い階段を駆け上ると光が見えてきた。どうやら出口に近づいたようであった。


「うっ!まぶしい!!」外は真昼間であった。


 あの収穫祭が夜であった事を考えると単純に半日以上は捕らわれていたようだ。頭上に大きな鳥が飛んでくる。ヒロは目視でそれを確認する。


「鳥!?いや、鳥じゃない!!あれは!!!」それは顔が人、体が獣、そして鳥の翼を背中に生やしていた。


「スフィンクス!?」ヒロは昔、何かの書物で読んだ事のあるような気がした。それはたしか伝説の生き物であったと思う。そのスフィンクスの背中には相いも変わらず下品なほど肌を露出しているディアナの姿があった。


「あら、どうしたのアプロディーテちゃん?もしかして私の所から逃げるつもりなのかしら」ディアナは目を細めヒロの姿を見つめている。その口元は少し笑っているようにも見えた。


「何度も言わせるな!俺の名前はヒロだ!!」ヒロは剣を構える。


「そんな二束三文の剣で私と戦うつもりなの?本当にやる事も考える事も可愛いわねアプロディーテちゃん!」ディアナが右手を振りかざすと掌から長い鎖が飛び出してくる。ヒロは走りながらその鎖を弾き返す。「アプロディーテちゃん、ちょっとはやるようね!もう、お姉さんゾクゾクしちゃうわ!!」ディアナの両手から鎖が飛び出してヒロの体にまとわりつこうとする。ヒロは器用にそれをかわしていく。「もう!ちょっと、お仕置きが必要みたいね。スフィンクス!おやり!!」ディアナの掛け声と共にスフィンクスの口から炎が吹き出した。


「ヒロ様!ここはイオに任せるダニ!!」突然イオの声がしたかと思うとヒロの目の前に氷の壁が現れた。


「イオ!!」そのそばにはアウラとカカの姿もあった。


「それはあなたの使い魔?!アプロディーテちゃん!あなたは唯の女の子じゃないわね!!」ヒロと共闘するアウラ達を見てディアナは口元を引き締めた。


「うるせー、俺は男だー!!!!」ヒロはディアナの言葉を振り払うように、腕を広げる。


「……、な、なんですって!アプロディーテちゃん!!あなた男ですって!!!汚らわしい!汚らわしい!この世から男なんてすべて抹殺するわ!!」突然ディアナの容貌ようぼうが変化を始める。口が裂けて目がつり上がった。それは正に獣そのものであった。


「ヒロ!!」カルディアの声がする。白銀の狼、ルイの背中に彼女は颯爽さっそうと股がり現れた。ルイはカルディアの後ろにヒロを乗せると戦闘体制にうつる。


 そして、空には火の鳥、鳳凰!それはオリオンの使い魔、フマの姿であった。


「オリオン様!」ヒロは嬉しそうに歓喜の声をあげる。


「ちょっと!!カルディアちゃん!は無いの……!?」カルディアは膨れっ面を見せる。


「カルディア!ありがとう!大好きだ!!」ヒロがそう言うとカルディアが爆発しそうな位真っ赤な顔に変わった。


「いっ、いくわよ!!ルイ!!!」ルイは獣と化したディアナめがけて真っ直ぐに突進する。後方ではスフィンクスとフマの攻防が繰り広げられている。

 ディアナが数本の鎖を飛ばしてくるそれをヒロは剣で跳ね返す。


「こしゃくなアプロディーテ!これならどうだ!!」更に本数を増やし鎖の攻撃がヒロを襲う。そのうちの数本が剣に絡まりヒロの体がルイの背中から落ちる。


「ヒロ!」カルディアの声が響き渡る。ヒロは見事に地面に着地すると、アルゴスと戦った時の剣をイメージした。


「オリハルコン!!」ヒロの刃が黄金に輝く。そしてディアナの額目掛けて振り落とされた。


「きゃー!!」ディアナの悲鳴が響き渡る。ヒロはディアナの額に装着されていた宝石を、真っ二つに切り裂いた。その途端ディアナは力尽きるようにその場に倒れた。


「ア、アプロディーテ……ちゃん……」ディアナはその場で意識を失い。スフィンクスは空に溶けるように消えていった。 


「俺の名前は、ヒロだ!」ヒロは剣を振り払う。


「どうして、切らないの!?」カルディアはディアナを斬らなかったヒロの行動が理解出来なかった。


「いや、術式を使って意識を集中したら、ディアナの額にある宝石に邪悪な気を感じたんだ。むやみな殺生はしなくてもいいんじゃないかな……って思ってさ」ヒロは言いながら人差し指で自分の頬を照れ臭そうに掻いた。アサシンとして育てられた筈のヒロにとってそれは何かの変化が始まっているのかなとカルディアは感じた。


「あっ、アプロディーテって何?」カルディアはその名が一体何を指すものなのか解らないでいた。


「うるせぇ、そんなの知らねえよ!」ヒロは顔をまっかにして誤魔化した。


「ヒロ!ヒロ君!!」オリオンが走ってくる。


「オリオン様!」


「よかった!!」オリオンは周りの目を気にせずヒロの体を力一杯抱き締めた。


「ちょ、ちょっと、オリオン様……」ヒロは顔を真っ赤にしてなされるがまま力が抜けてしまったようだ。


「な、何をやっているんですか!?男同志で!!」カルディアが二人を引き離す。今のヒロは女装をした姿のままなので、まんざらおかしくも見えなかった。


「今回は本当に済まなかった。すべて僕のせいだ。ヒロ君に何かあったら、どうしたらいいのか僕は、僕は……」オリオンが珍しく感窮まっている。彼のその様子を見てなぜかヒロは恥ずかしさと嬉しさの混濁した気持ちになった。


「えっと、この女どうしますか?」足元にディアナが倒れている。ヒロは刀の柄で軽く突くような仕草をした。


「あ、あ~ん」なんだか変な声を上げたのでヒロはびっくりして少し後ろに怯んだ。


「そうだな、ひとまず街に連行して牢に入れる。その後で尋問だ」オリオンはディアナの体を持ち上げると、肩に背負った。


「ヒロ様~」遠くから声が聞こえる。それは先ほどまで牢に閉じ込められていたユーリ達であった。


「良かった、みんな無事で!」ヒロは面々の笑みで微笑んだ。


「本当にヒロ様に助けて頂いて、私達は感謝しかありません。お願いです。私達をヒロさまのお嫁さんにしてください!」捕まっていた女性達が一斉にヒロの前で膝を付く。


「えっ!?」


「ヒロ様、この国は一夫多妻性で奥さんの数に制限が無いらしいダニ!」いつの間にそんな事を学んだのか解らないが、イオが豆知識を披露する。


「えっ、む、無理、無理、そんなに俺は養えないよ!」ヒロは大きく首を横に振った。


「ちょっと、ヒロ……」振り返ると鬼の形相をしたカルディアの姿があった。「私達が心配している間に、アンタはハーレムに居たわけね……!」


「ばっ、馬鹿言うな俺は大変な思いをしてだな!!」言いながらヒロは逃げるように走りだした。


「この浮気者!!!」その後をカルディアが追いかける。


「あーん、ヒロ様!!」またその後を十数人の女達が追いかけていく。


「平和だっちゃ」「そうなのねぇ」「腹が減ったダニ……」アウラ達は呆れて見つめていた。

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