7.7

 ジルは以前にライブラリで見た、体内で電気を生み出しそれを放出することで身を守る、電気ウナギという生物の存在を思い出す。


 あの昏獣たちが電気ウナギに類する生物の突然変異した存在なら、電気を扱えてもおかしくはない。セリカたちの症状も感電が原因なのであれば納得がいく。


 ジルとトンテが無事だったのは、義足のお陰だろう。


 義足に使われている不壊物質の詳細な性質は不明だが、きっと絶縁体だったのだ。衣服も濡れていたのが膝下までであり、素材の殆どが電気を通しにくい麻や革のため、それらを伝う間に電撃の威力がかなり削がれたのだと考えられる。


 種は明かした。しかし、この事態が感電によって生じたのであれば……ロベルトは……。


「お……やじ……親父……」


「ニック? ニック! 動けるか⁉ 早くこの池から抜け出さなきゃ不味い!」


 ニックが僅かに動くようになった体で、ロベルトを仰向けにしようとしていた。 必死に手を伸ばし、肩を掴み、何とか体勢を変えようとしていた。


「ジル……親父を……早く。息が……できない、から……助け……ないと……」


「ニック……ロベルトは……ロベルトは……もう……」


 ――きっと、死んでいる。


 心臓の弱いロベルトが、体内を直接駆け抜ける電撃を受けたらどうなるか。健常者であるセリカやニックですらここまでの被害を受けるのだ。無事で済むわけがない。


 そして何より、ロベルトの頭付近の水面に、水泡が上がってこない。つまり、ロベルトは息ができないのではなく、息をしようとしてない。


「お……父……さん。お父……さん」


 ニーナが朦朧とした様子で、うわ言のようにそう呟く。


「親父……親父……」


 ニックが必死に、ロベルトの体を動かす。


 胸が、張り裂けそうだった。ジルは自分が、涙を流していることに気が付いた。


 残酷過ぎる。

 惨過ぎる。

 救いがなさ過ぎる。


 先程までのパニックから一転、ジルの頭の中は真っ白だった。


 しかし、まだ事態は悪化する。

 さらなる地獄が、姿を現そうとしていた。


「ジル! マタクルゾ! 奴ラ、マタ体ヲ、震ワセテル!」


 ジルは茫然自失とした目で、周囲を見渡す。

 トンテの言う通り、八体の昏獣がまた体を震わせていた。


 再び電撃が来る。直撃を受ければロベルトだけでなく、セリカも、ニックも、ニーナも、助からないだろう。


 だが、助けられる。


 、助けられる。


 電撃を避けることは容易だ。水から出るだけでいい。


 ただし陸に上がるのは間に合わない。後方の陸地も、マナがある前方の陸地も、距離としては一五メートル近くある。仲間を引きずりながらでは時間が掛かり過ぎる。


 しかし、抱き上げれば。


 水面に付かぬよう抱き上げれば、トンテと同じくその一人は雷撃から逃れられる。


 その一人を、ジルは自分を軽蔑したくなるほど迷いなく選択した。


「ニック……ニーナ……ロベルト……すまない……。すま……ない……」


 ジルは、セリカを抱き上げる。


 決して感電しないよう、水面からできるだけ高く、掲げるように。



 ――直後、再び池全体が、青白い光に包まれた。

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