4.12
男たちは腹を抱えながらどっと笑い、今まで傍観していた他の探索者たちもクスクスとにやけ始める。
それでようやく、ジルは自分たちが絡まれている理由を理解した。
詰まるところ、ただの八つ当たりだ。
ここ数週間。新しい探索方針を取り入れ短期間で多くのマナを手にした。その様子は庇護居住地の人々からマナを買い取っていたこともあり、痛手を被ったことも含めて予想以上に広まっていたのだろう。同業者である探索者の中には、マナを荒稼ぎしている様を面白く思わない者も多かったに違いない。
そして極め付きは、今日のホットミール。
ホットミールは不定期に、突発的に開催される。故に、探索のため庇護居住地を離れていることの多い探索者は、逃すことが多い。
男たちの薄汚れた肌や衣服を見る限り、彼らは今日、それもつい数刻前に探索から帰って来た。つまり、ホットミールに間に合わなかったのだ。
もしかしたら、探索で芳しい結果が得られなかったのかもしれない。そんな状態で庇護居住地に帰ってみれば、ホットミールがちょうど終わっていた。そして苛立ちを発散するため酒場で飲んだくれていたところに、マナを荒稼ぎしていたと噂のジルがホットミールで配られる物資を携えて現れた。
泥酔し感情が極端になっている状態なら、理不尽に八つ当たりしてしまうのも無理はないのかもしれない。
いつの間にか、身を焦がすほどの怒りはどこかへ消えていた。
その代わりに現れたのが、男たちへの憐れみ。
ジルは溜息をつき、男たちを一瞥してから踵を返す。
「セリカ。俺たちは邪魔みたいだ。場所を移そう」
歩き出したジルに、まだ憂さの晴れない男は再び罵声を投げ掛ける。
「逃げんのかぁ? 情けねぇなぁ。ここまで言われといて何もしないなんざ、お前男じゃねぇよ。玉なしか? ……いや、もしかしてお前、玉まで機械なのかぁ?」
――過去にこれほどまで、酒場が沸いたことがあっただろうか。
男と同じく、少なからずジルを気に食わないと思っていたのだろう周りの探索者たちも腹がよじれんばかりに笑い転げ、もはや遠慮はないとばかりにヤジを飛ばし始める。
再び怒りの炎が燃え上がるのを感じ、それが限界に達する前に酒場を出ようとジルは歩調を早めた。
しかし、次に男の放った言葉が、ジルの足を止めさせた。
「もういっそのこと全身機械になっちまえよ。そうすりゃ馬車馬みてぇに働けんだろ? マナもたんまり集まるし、食べる部分もねぇから、昏獣にも狙われなくなるだろうしなぁ!」
それは奇しくも、ジルが昼間に半ば本気で考えていたことだった。
全身が機械の体なら、いくらでも無茶を押し通せる。いくらでも危険に飛びこめる。いくらでも昏獣と戦える。
そしてメイを、早くアヴァロンへ住まわせてやれる。
「ジル。あんなの気にする必要ない。早く行こう」
立ち止まり動かないジルに、セリカはそう言った。
だがジルは歩き出そうとしない。
そもそもセリカの声や、探索者たちの嘲笑も聞こえていなかった。
ジルは己の左手を見つめながら、とあることを思い出していた。
それは、ホットミールでメイの手を繋ぎ、おもちゃを配るテントへ歩いていた時のこと。
子供たちで出来た列を見つけたメイが、嬉しそうに手をギュッと握り返してきた。
あの小さく細く、筋張った少しだけ温かいメイの手。
もし全身が機械の体になったのなら、確かに馬車馬のように体を酷使しマナを集め、アヴァロンの居住権を早急に得ることができるだろう。
だがしかし、その代償として――
「この左手まで機械になっちまったら……メイの手握っても、何も感じなくなっちまう」
――その思わず漏れ出た小さな呟きは、嘲笑渦巻く酒場を驚くほど駆け巡った。
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