4.13
酒場を占めていた嘲笑が消え、代わりに現れたのは罪悪感と後悔が混じり合った、気まずい静寂。
探索者たちの間で有名なのは、ジルにセリカ、トンテだけではない。
同年代の子供より体が小さく、餓えていることが基本ともいえるこの貧しい庇護居住地の中でも、目を覆いたくなるほど一際痩せ衰えた少女、メイ。
探索者たちの間だけでなく、居住地E021の住民の間でも、メイの方がジルたちより遥かに有名なのだ。
そんな妹を想う兄の姿を見せられて尚、嘲笑しようとするクズはいなかったらしい。
事の発端である男を含め、ジルを笑いものにしていた者たちは皆一様に口を紡ぎ、バツの悪そうな顔で俯き始めた。
……余計に、居辛くなったな。
その様を見てジルは苦笑し、今度こそセリカと共に酒場をあとにした。
酒場に行くまでジルの心は、ホットミールをメイと過ごせた幸福と充実感、その余韻で満たされていた。
だが今は、鬱屈とした虚無感が渦を巻いている。
今更物々交換をしにどこかへ行く気などなれず、ジルたちは帰路に就くことにした。
日が沈みかけ、殆ど人通りのなくなった大通りを二人は進んで行く。
セリカはジルの少し後ろを歩きながら、何か声を掛けるべきかと悩んでいた。
元気付ける言葉。
慰める言葉。
奮い立たせる言葉。
気の紛れる言葉。
寄り添う言葉。
しかしそのどれも違うと思い、セリカは歩調を強め、ジルの左隣に並ぶ。
そして――そっと、手を繋いだ。
「……マメ、できてるな」
「……うん」
「……痛むか?」
「……ちょっとだけ」
「……そうか」
「……うん」
セリカの手を通じて、虚無の心に温かい何かが流れ込んでくる。
こんな風に手を繋いで歩くなど何年ぶりだろうかと、ジルは過去に想いを馳せた。
自分たちがメイと同じ歳の頃、開かれたホットミールで逸れぬよう二人で手を繋ぎ、一緒に歩いておもちゃを配るテントに向かったことがあった。確かその時も、セリカはウサギの何かを貰い無邪気に笑っていた気がする。
あの時が最後なのだとしたら、凡そ九年ぶりだ。
そんなに月日が経っているはずなのに、不思議とセリカの手は当時と何も変わっていないように思えた。少し遠慮がちに力を込めてくるところも、昔と何も変わっていない。
五年前に両親を奪われ、故郷を奪われ、左足と右半身も奪われ、メイはトラウマを抱えて痩せ細り、環境のすべてが変わった。けれど、変わっていないものもあった。
ジルは何気なく、隣を歩くセリカの顔を見つめる。
それに気付いたセリカは瞬く間に顔を紅く染め、酒場での凛々しさが嘘のようにオドオドとし始めた。
「な……なに?」
「……いや、何だか……な……」
セリカとは物心付く前から一緒にいた。そのため家族としての想いが強く、異性として意識したことはあまりない。
だが時折、胸の奥にある柔らかい部分がくすぐられているような、つつかれているような、形容し難い想いが込み上げてくる時がある。
今が、まさにそうだった。
ジルは不意に歩みを止め、セリカの手を強く握り返す。
自分が今何をしようとしているのか、何を言おうとしているのか、ジル自身にもよく分からない。ただ胸の奥から沸き起こるこの想いを、伝えたいと思った。
ジルは困惑と羞恥、そして仄かな期待で揺れるセリカの瞳を見つめながら、口を開く。
――しかし、そこから想いが紡がれることは、なかった。
何故なら突然後方から、駆け足で近付いて来る複数の足音が聞こえてきたからだ。
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