4.11
言葉こそ心配を装っているものの、口調は嘲笑のそれ。さらには何故か、噴火寸前の怒りのようなものも感じる。よからぬ空気を察した人々は口を紡ぎ、先程までの喧騒が嘘のように酒場は一瞬で静まり返った。
ジルは面倒なことになりそうだと小さく舌を打ち、声の主に目を向ける。
右に五メートル先。大量のジョッキをテーブルの上に散乱させ、胡乱だが敵意だけはしっかり宿した視線を向けてくる、三〇代前半の男がそこに居た。
この酒場に居る時点で探索者に違いない。見れば肌や衣服がかなり汚れており、探索から帰って来たばかりだと窺える。
顔は知っている。しかし、話したことなど一度もない、名も知らない男だった。
そんな男がどうして俺の名前を知っている? という疑問を、ジルは抱かない。
何故なら自分たちが、探索者たちの中でそれなりに有名人だと知っているからだ。
機械の体をしたジル。
端整な顔立ちをしたセリカ。
ケルアのトンテ。
そんな特徴的な者たちで構成された探索者チーム。
ただでさえ狭い庇護居住地で、有名にならないわけがない。
ジルは男を無視しようかとも思ったが、場の空気がそれを許さず、仕方なく相手をすることにした。
「……あぁ。一応はな。お気遣いどうも」
望んでいた返事ではなかったのだろう。男は不機嫌そうに鼻を鳴らし、視線をジルから隣に立つセリカへと移す。
その視線はどす黒く粘着質で、情欲を一切隠そうとしていなかった。
「いいよなぁ……外で寝る時、一緒に引っ付いて暖取ってんだろぉ? 羨ましいよなぁ。俺なんか臭い野郎どもと肩寄せ合ってるんだぜ? 最悪だよなぁ」
男の言う野郎どもらしき同じテーブルを囲む三人が、同感だぜと下品な笑いを上げる。
「セリカちゃんよぉ。そんな半分機械の野郎なんか捨てて、俺たちと一緒にマナ集めようぜ。夜はしっかり暖めてやるからさぁ」
セリカは、何も言わない。表情を変えることもなく、ただ男を軽蔑の籠った冷たい瞳で睨みつける。
しかし、それは逆効果だった。
男たちは嬉しそうにおどけた様子で大袈裟に怯え、さらに下劣な言葉を並べ立てた。
「……おい」
ジルは無意識の内に、一歩足を踏み出していた。
あいつらの顔面を、機械の力にモノを言わせ殴り飛ばしてやりたい。
鼻をへし折ってやりたい。
一生減らず口を叩けなくしてやりたい。
そんなことをすれば、確実にアヴァロンの法律で裁かれる。賠償金の支払いに、投獄や強制労働。加えて探索に必要な装備の購入が長期間禁止され、食糧の配給も受けられなくなる可能性もある。機械の体を与えてくれたテッドにも迷惑を掛けかねない。
そのことすらも頭から抜け落ち殴り掛かろうとしたジルの腕を、セリカは掴み引き寄せた。
「駄目……私は大丈夫だから……怒ってくれなくていいから……」
セリカの落ち着いた声と言葉で突発的な激情は冷却され、ジルは最悪な結末を想像できる程度には理性を取り戻す。
だが男はジルが手を出してこないと分かり、調子に乗ってさらにまくし立てた。
「知ってるぜぇ。マナ集めるために、昏獣に手ぇ出したみたいだなぁ? その素材売って、羽振りよくマナ買い取ってたみてぇだなぁ? お陰で随分とマナ手に入れたみてぇだけどよぉ……結局やられてボロ雑巾みたいになってんだから、ざまぁねぇよなあ⁉」
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