1.4

 鮮血が舞い上がり、柔らかな肉が裂け、骨のへし折れる感触を、昏獣は期待していた。


 瑞々しい中にバキバキと子気味良い音が鳴り響くのを、昏獣は期待していた。


 しかし、実際には血など一滴も舞い上がらず、爪を通して感じるのは骨よりも遥かに硬い何か。そして鳴り響いたのは、甲高く硬質な音。


 ――ジルは昏獣の一撃を、右腕一本で受け止めていた。


 引き裂かれた右の袖の下から覗くのは、血管の代わりに青い光の筋がいくつも走り、駆動音を発する黒い機械の腕。


 その腕が昏獣の岩をも削る強靭な爪を、完璧に受け止めている。


 そして、駆動音を発しているのは腕だけではない。


 衣服によって見えないが、ジルの胴や両足からも静かだが力強い駆動音が発せられていた。


 もしこの昏獣に知性があったなら、何故こんなにも小さな生き物が渾身の一撃を受け止められるのだと、恐怖し動揺しただろう。


 だが獣は獣。一撃で駄目だったのなら、もう一度加えればいい。


 単純にそう結論付けた昏獣は、振り下ろした前脚はそのままジルを押さえつけ、立ち上がる形でもう片方の前脚を振り上げた。


 この体勢でもう一撃は防げない。あれが振り下ろされれば間違いなく、機械の混じった肉塊になる。


 ――しかし、ジルに恐怖や焦りはなかった。


 東の崖の上から、鋭い銃声。


 それと同時に、振り上げられた昏獣の前脚が一部吹き飛んだ。

 昏獣は驚いた様子で犬のような短い悲鳴を上げ、音の発生源である東の崖を睨む。


 セリカの放った徹甲弾。分厚い鉄板すら容易く貫く威力と貫通力を持ち合わせているはずだが、昏獣の纏う鱗甲板はそれを受け止めたらしい。鱗甲板の一部が砕けて飛び散ったが、出血は見られない。


 だが、それでいい。


 昏獣は今、片脚はジルを押さえつけもう片脚は振り上げるという、かなり不安定な体勢を取っている。さらに、突如攻撃を仕掛けてきた敵の姿を確認するため崖を注視している。


 ――これ以上ない、隙が出来上がっていた。


 トンテは潜んでいた岩陰から飛び出し、昏獣の右後ろ脚を駆け上る。


 その口には、灰色をした筒状の何か。


 昏獣が自身の脚を上る存在に気が付いた時にはもう遅い。


 トンテは咥えていた筒状の物体を昏獣の太腿に張り付け、上部に取り付けられた栓を引き抜くと、そのまま飛んで地面に着地する。


 ――瞬間、トンテの張り付けた筒が爆発した。

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