1.5

 昏獣は衝撃で横転し、激痛に悶え叫びを上げながら体をくねらせる。


「ヤッタゾ! トンテガ、ヤッタゾ!」


「喜ぶのはあとだ! 早く逃げるぞ!」


 ジルはセリカにも聞こえるよう大声で叫び、昨日の野営地がある南へ向かって駆け出した。


 その途中、走りながら振り返り昏獣を確認する。


 昏獣は既に起き上がり、こちらを追いかけようとしていた。


 だが右後ろ脚を引きずっており、まともに走れる状態でないことは明らかだった。


 その脚に、一見して深刻な傷はない。トンテが筒を張りつけたのは鱗甲板の上であり、発生した爆発は表面を焦がしこそすれ、肉や骨に与えたダメージは皆無だった。


 ならば何故、脚を引きずるほどの状態に陥っているのか。


 それは、トンテの張り付けた『杭缶』に秘密がある。


 杭缶。正式名称『対昏獣内墳式槍撃缶』


 缶の中には爆薬と共に、直径七センチ、長さ一八センチの特殊な物質で出来た杭が入っており、底面の粘着剤――圧力が加わることで粘力が生じる―で張り付け、上部の信管を抜き起爆すれば、ゼロ距離で杭を叩きこめる対昏獣兵器だ。


 あの昏獣の脚には徹甲弾すら弾く鱗甲板を貫通し、表からは分からないほどの深さにまで杭が突き刺さっているのだろう。


 ジルの頭に、このまま畳みかければあいつを仕留められるのではという考えが浮かぶ。


 脚の傷で機動力は地に落ちた。近付かず、セリカの狙撃を主軸として戦えば難なく倒せるかもしれない。


 あの昏獣は成体で間違いないだろう。トンテの話によれば、内部に秘めたマナは高純度。体格からマナの大きさにも期待できる。纏う巨大な鱗甲板もかなりの値が付くはずだ。


 しかし、ジルは頭を振った。


 都合の良い部分だけ考えるな。何よりも考えるべきは危険性だろう。


 あの個体ですら成体じゃなかったどうする。もっと巨大で凶暴な成体が現れ襲ってくるかもしれない。


 仮にアレが成体だとしても、子がいたということは番いである可能性がある。あの昏獣が雄か雌かは分からないが、同程度の大きさの――いや、さらに大きな雄、または雌が現れるかもしれない。


 そもそも探索者は、基本的に大地から生じたマナしか採取しない。武装しているのはあくまで身を守るためであり、マナ目当てでわざわざ昏獣を狙う者など滅多にいない。そんなことをする探索者は愚かだと言えるだろう。


 その理由は単純に、リスクが高過ぎるから。


 昏獣の殆どがあまりに危険で、凶暴な生物だ。そして何より、謎が多過ぎる。


 とある個体を観察、解剖して調査しても、半年後には突然変異で全く別の生き物に変化していることすらある。それも、日に日に過酷になる環境を生き残るための変化。つまり、より凶暴に、より凶悪な変化を遂げるのだ。


 落ちている金と、凶暴で未知な番犬の首にぶら下がっている金。どちらを狙うかと言われれば、一〇〇人中一〇〇人が前者を選ぶだろう。昏獣に手を出さないというのは、探索者にとってそれほどまでに常識であり、初歩的な心構えなのだ。


 それなのに何故ジルたちが昏獣を狙ったのかというと、理由は三つある。


 一つ目は、発見した七体の昏獣が、比較的容易に狩れそうだったから。


 二つ目は、それら発見した昏獣が高純度のマナを持っているという情報があったから。


 そして三つ目は、から。


 ジル、セリカ、トンテ、特にジルとセリカは、早くアヴァロンの居住権を得ようとかなり焦っている。


 その焦りの原因である最愛の人物の顔を思い浮かべ、ジルは頭から昏獣のことを追い出した。


 生きて帰る。今はそれだけを、考えなければならない。

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