1.2
ジルとセリカの周りを四足歩行で走りながら、片言な人語でそう言ったのは、体長七〇センチ程度の生物。
一見すると、犬のようにも見える。だが後ろ脚と尻尾はかなり発達しており、それなりの太さがある。頭と前脚、尻尾は白い長毛に覆われ、腹は鼠色の短毛、それ以外の場所は紺色の短毛に覆われていた。
この生物はカンガルーが突然変異した――諸説あり、実際のところは分かっていない――人と同程度の知能を有する昏獣で、種族名をケルア、名をトンテと言う。
「トンテ。お前の持って来た情報間違ってたぞ。これ見てみろよ。成体から獲ったマナだ」
トンテは二本足でむくりと立ち上がり、ジルが差し出したマナを受け取ってしげしげと眺める。そして、目を見開き尻尾を膨らませると、奇声を発した。
「何ダコノ、ゴミミタイナ、マナハ! モット大キクテ、濁ッタノガ、取レルッテ、アノジジイハ、言ッテイタゾ! 騙シヤガッタナ!」
トンテはマナを地面に叩きつけ、飛び跳ねながら両足で何度も踏みつける。だがどれほど期待はずれでもマナはマナ。トンテは地面からマナを拾い上げると付いた砂を叩いて落し、ジルの手に返した。
「そのガセネタ吹き込んだジジイってのは誰だ? 流石に素性の知らない他人の言葉を鵜呑みにしたわけじゃないんだろ?」
昏獣を捌きながら聞くジルに、トンテは腕を組んで首を傾げながら何かを考える。
「素性ハ知ランシ、赤ノ他人ダゾ。デモ、元『
探索者。それは、この世界に存在する唯一の理想郷『アヴァロン』の居住権を得るためにマナを集める者たちの総称だ。
ジルやセリカ、トンテもこの探索者で、わざわざ昏獣の跋扈する危険地帯でマナを集めているのは、アヴァロンの居住権を得るためだ。
「元探索者って……そもそもそれが嘘かもしれんぞ。俺は元探索者。昔はあんな危険やこんな危険を潜り抜けてきたんだ……とか何とかほざいて、カッコつけたがる奴は多いからな」
「デモデモ! アノジジイ、ジジイノクセニ、メチャクチャガタイ、ヨカッタゾ! 顔中傷ダラケダッタシ!
ガタイが良くて傷だらけ。さらに携帯食糧を持っているというのは、確かに元探索者かもしれないとジルは思い直す。
だが元探索者だというのなら、嘘の情報を同胞に与えることなど普通はあり得ない。
探索者は危険な稼業だ。マナの取り分が減るため探索者同士、大人数で協力して探索することはあまりないが、劣悪な環境を生き抜き昏獣から身を守るために、情報共有などの間接的な協力は基本惜しまない。
トンテの言うジジイが元だとしても探索者であったのなら、クソ野郎でない限り嘘など教えるはずがない。
ジルは言いようのない引っ掛かりを感じ、昏獣を捌く手を止めてトンテに向き直った。
「トンテ。そのジジイが言っていた昏獣は、本当にこいつで間違いないんだろうな?」
「間違イナイゾ。鱗甲板ヲ纏ウ、鼠ノヨウナ昏獣。ソノ成体ノ、胃袋ノ近クニ、カナリ純度ノ高イ、マナガ、アルッテ、言ッテタ」
鱗甲板を纏う、鼠のような昏獣。胃袋の近くにマナ。
純度が高いという部分を除いて、すべての特徴が一致していた。
トンテの情報に嘘がないと仮定した場合、こちらが何かを勘違いしていることになる。
その勘違いに、ジルは一つだけ心当たりがあった。
「なあ……俺たちが仕留めた奴らの中に、成体はいるのか?」
「……ン? ソウイエバ、成体ノ、見分ケニツイテハ、聞イテ、ナカッタナ」
この昏獣を最初に見た際、勝手に小さい五体が子供で大きい二体が親、つまり成体だと決めつけた。
もし仮に、今仕留めた七体がすべて子供であり、成体は一体もいないのだとしたら――
その時、突然トンテが全身の毛を逆立て、地面に顔を押し付けるような形で伏せた。
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