第一章 雪白の悪魔
第一話 探索者
1.1
「セリカ。こっちは位置に着いた。タイミングは任せる」
『……了解』
右耳に装着した無線機から、短い返答が届く。その声に硬さや震えは一切なく、集中しながらもかなりリラックスしていることが窺えた。
初撃は必ず当ててくれるだろう。頼んだぞと、精悍な顔をした少年――ジルは、無線の相手、セリカの居る右手の崖の上に一瞬だけ目を向ける。そして岩陰に身を隠しながら、前方の昏獣を改めて見据えた。
体毛が鎧のように変化した
一帯は植物の殆ど生えていない岩石地帯。一見して他に昏獣の姿は見られないが、巨大な岩や隆起した地盤などで死角が多く、油断はできない。
それでももう一人――いや、もう一匹いる仲間が周囲を走り回って警戒を行っているため、何かあれば知らせてくれるだろう。
ジルは短く息を吐き出し、前方の昏獣だけに意識を集中する。
――その時、乾いた銃声が響き渡り、それと同時に昏獣の一体、親と思われる個体の頭部が半分吹き飛んだ。
ナイスショット。ジルは心の中で呟く。
仲間が突然死に、動揺を見せる昏獣。だがその動揺も一瞬のこと、昏獣たちは甲高い咆哮を上げると銃声の発生源に向かって駆け出した。
そこにすかさず、ジルも岩陰から飛び出す。
昏獣との距離は約二〇メートル。ジルはその距離をたったの四歩、初速から時速五〇キロという速さで踏破し、勢いそのまま、およそ人間のものとは思えない漆黒の右拳で、最後部の昏獣の頭を殴りつけた。
瞬間、ゴポリと拳が頭部にめり込み、昏獣は絶命した。
疾走していた昏獣は後方からの急襲に気付き、急停止して振り返る。その直後、再び銃声が鳴り響き先頭を走っていた昏獣の頭が吹き飛ぶ。
奇襲に続き急襲、さらに急襲。
完全にパニックに陥った昏獣は、もはや敵ではない。
あとは作業のようにジルが三体、セリカが狙撃で一体を仕留め、狩りは完璧な形で幕を閉じた。
「……お疲れ様」
「あぁ。お疲れさん」
崖から降りて来た、迷彩柄のフードを目深に被った少女セリカと、ジルは軽くハイタッチを交わす。
「意外と楽だったね」
セリカはそう言って、自身の背丈ほどもあるスナイパーライフルを背負い直し、フードを脱いでその顔を露にした。
まつ毛が長く、目鼻立ちの整った凛々しい容貌。自身の撃ち抜いた昏獣を流し目で眺めるその姿は、死と隣り合わせであるこの黄昏た大地の中ですら多くの男の目を引き付けるだろう。
だがそんな顔を今から一七年前、彼女が生まれた時から目にしていた幼馴染のジルは、今更セリカの顔を見たところで特に何かしらの感慨を抱くことはなく、右手に付いた返り血を無造作に振り払った。
「とりあえず捌くぞ。肉や骨、内臓は放置。鱗甲板はそれなりの値段で取引されるから一キロくらいは持ってく。マナは純度にかかわらず回収だ」
ジルの指示にセリカは頷き、二人はナイフを取り出して昏獣を捌き始める。
昏獣の解体など二人にとっては手慣れた作業だ。溢れる血や内臓を見ても何も感じない。それどころか体内に存在するマナがどれほどのものか楽しみで、気が急いてすらしまう。
マナは突如世界各地に発生した、枯渇した石油やガスに代わるエネルギー物質。その詳細は発生理由を含めて未だ不明。何故エネルギーを内包しているのか、どのようにして発生するのか、そもそもマナとは何なのか。それらの理由を知るものは殆どおらず、皆がただエネルギーとして使える塊としか、知識として有していない。
マナは基本的に、昏獣の体内か芽吹かなくなった草木の代わりにと大地から生じるのだが、そのエネルギーの内包量は――純度は、黄昏の『深度』に大きく影響する。
昏獣の体内に存在するマナはその昏獣が突然変異で元となる生物から進化していればしているほど、大地から生じるマナは環境が過酷であればあるほど純度が高くなるのだ。
今回仕留めた昏獣は、特に成体の体内に存在するマナの純度が高いという情報があった。だから子供はともかく、成体を捌くジルの手は期待で少し震えていた。
――しかし、その期待は大きく裏切られた。
「……こんなもんかよ」
成体の一体。胃袋に付着する形で存在したマナを見て、ジルは落胆の声を漏らした。
マナの純度は上からS、A+、A、B+、B、C、D、E、F、Gの一〇段階に分けられ、純度が高いほど青く濁り、純度が低いほど透き通る。
ジルの視線の先にあるマナは多少濁ってはいるが、向こう側が見える程度に透けていた。純度は高く見積もってもB。大きさも小石大で大きいとはとても言えない。
ジルの声を聞き、肩越しからマナを覗き見たセリカも表情を暗くする。
「個体差があるだけかもしれないよ。あっちの成体も捌いてみる」
セリカは最初に狙撃した成体の昏獣の元に向かい、手早く捌く。だが内部のマナは、先程のマナと大差ない大きさと純度だった。
セリカの持ち帰ったマナを見て、ジルは苛立ちを露にする。
「クソ……デマ情報か? それともあいつの勘違いか? ただでさえ昏獣との戦いは危険で高い弾薬を消費するってのに……これじゃ割に合わないぞ」
「そんなに怒らないでよ。弾は三発しか使ってないし、総合的に見たらまあまあの成果だと思う」
ジルは納得のいかない様子で溜息をつき、セリカと共に残りの昏獣を捌き始める。
――すると、そんな二人の元に高く可愛らしい声を発しながら駆けて来る、背嚢を背負った一匹の昏獣が現れた。
「オウオウ! 終ワッタカ? 終ワッタナ? マナハドウダ? 言ッタ通リ、凄イヤツ、アッタカ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます