replay

 勇者は不細工なCGポリゴンから実写のイケメン俳優のように進化していた。最初の村も、さえずる小鳥の声や目が眩む朝日まで、美しく再現されている。

 だけど。

 ああ、立ち並ぶ家々の立地も、流れる川に架かる橋の位置まで、全部全部記憶と同じだ。俺は帰ってきたんだって思った。

 カメラを操作して勇者を正面からとらえる。すっかり垢抜けた顔になりやがって……だけど中身は変わってないんだろう? 弱きを助け、悪に抗う俺のヒーロー。またよろしく頼むぜ。

 心の中で呟いて、俺は操作を開始する。相棒の生まれた村は俺にとっても勝手知ったる庭のようなもの。序盤のクエストは難なくクリアできた。

 程なくしてこのゲームのヒロインが登場した。俺はこの子が好きだった。初恋だったと言ってもいい。

 当時は顔も正確にわからないような粗いグラフィックだったけれど、それでも優しい性格は台詞や行動から伝わってきたし、何より主人公に一途な好意を抱いていることがたまらなく愛おしかった。

 だからこそゲームの中盤でこの子が死んでしまった時、俺は主人公とリンクしたように狼狽した。目頭が熱くて、喉はカラカラ。ヒロインの命を奪った敵が憎くて仕方がなかった。

 また同じような感情になることを期待しながら、俺は物語を進める。好きなキャラクターが死んで思う存分悲しめること。たかがゲームの展開に人目も憚らず悔しがれること。ずっと我慢し続け、心の内側に隠しているうちに見失ってしまった気持ちを、まだこの身に宿していると実感したいがために。

 台詞の一つ一つを噛み締めるように読む。あの夏の記憶を再現するように、村人一人一人の言動に目をこらし、耳を傾けた。……セミがうるさい。

 俺は立ち上がり窓を閉め切った。当然暑くなる。古ぼけた空調はちっとも役に立たない。

 なんでだよ。集中させてくれよ。どうして余計なことが気になるんだよ。あの夏は、こうじゃなかった。

 俺は半泣きになりながら、意地でゲームに没頭しようとした。だけど、ゲームの世界は液晶一枚を隔てた遠い遠い彼方。集中しようとすればするほど遠のいていく。

 きっと俺は余計なことを知りすぎたんだろう。もう純粋無垢な小学生じゃないのだ。フルボイスで演じられる劇に、当時とは違う感情ばかりが生まれ、どうにもこうにも違和感を払拭できない。

 あんなに憎かった敵役に哀れみの情を抱くなんて思いもしなかった。あんなに好きだったヒロインの行動に苛つくなんて信じられない。主人公の言葉が妙に薄っぺらく感じるなんて、俺のヒーローはこんな風じゃなかった。

 でも、きっと変わってしまったのはゲームじゃなくて俺自身。偽り続けた俺を、怠け続けている俺を、神様は最後まで救ってはくれないのだろう。

 ふと、覚えのない選択肢が画面に表示された。まさかと思い、記憶と真逆の展開を選ぶ。ヒロインは死ぬはずだった場面で生き残り、ゲームは知らないルートへと突入した。

 もう、たくさんだった。

 俺はゲーム機の電源を乱暴に切ると、いつもそうしているようにベッドに横になる。

 物語の裏側の制作陣の手が透けて見えて、俺はすっかり夢から覚めてしまった。現実逃避すら今の俺には叶わないのだ。あるいは、そんなことをしている場合ではないと本能レベルで理解してしまっていたのかもしれない。

 あの夏は、もう来ないんだ。

 そんな当たり前の事実に、奥歯を噛み締めた。

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