夏のワクワク観察日記 ~キマダラカメムシと12匹の子どもたち~

 なぜこんなところに卵が。

 そしてこれはなんの卵なのか。


 透明なゴミ袋に几帳面に並べて産みつけられた小さな12個の卵……SF映画とかに出てきそうな、フタのついた黄緑色の球体……を眺めながら思った。


 私と卵の出会いは7月28日だった。



 今まで、壁や布にマルカメムシの卵が付いているのは見たことがある。

 何かよく分からないカメムシ幼虫が孵化した直後の様子も見たことがある。


 今ゴミ袋に付いている卵は、カメムシの卵にしては大きい。しかしこんな所に産卵する生き物なんてカメムシくらいしか思い付かない。


 カメムシのような、違うような……。そう思いつつ「カメムシ 卵」で画像検索してみたら……あった。やっぱり。



 卵の主は外来種のキマダラカメムシらしい。


 キマダラカメムシはクサギカメムシに似ているけれど少し大きく、色合いもちょっぴり違うやつだ。一回、庭で見かけたことがある。


「これはクサギカメムシ……? なんか違うような」と首を傾げつつ見ていたものだ。



 あの大きなキマダラカメムシの虫生はここから始まるのか……。


 なんでプラ袋に卵を産んだのかはよく分からないけれど、ありがたく観察させていただくことにした。



 そして卵発見から6日後の、8月3日。



 卵を確認してみると卵は空っぽになっていた。すべての卵が孵り、卵を取り囲むように幼虫が並んでいる。キマダラカメムシの誕生だ。


 卵は12個。赤ちゃんは12匹。

 全員無事に誕生した。おめでとう!



 私は記念に写真を撮った。幼虫はなんともいえないエイリアンみたいな模様と顔をしている。そして平べったくて丸い。11匹はじっとしていたが、1匹、椅子取りゲームで座れなかった子みたいにウロウロしているのがいた。


 空になった卵には、黒い何かが付いている。

 カメムシの卵には卵殻破砕器というものが付いており、幼虫はそれを使って卵のフタを開け、外に出るらしい。すごい仕組みだ。



 感動しつつも、自分が撮ったカメムシ幼虫の写真が並んだ画面を見て飛び上がってしまった。虫や小さいものがびっしり集まっている様子を見るとゾゾゾッとしてしまう。以前カメムシがトマトの苗にたくさん付いたことや、自分で撮ったセグロアシナガバチの写真を見てゾクッとしたことを思い出す。でも多分、人間も他の生き物から見れば似たような感じだと思う。



 さて、この幼虫たちは今後どうする気なのか。

 蝶や蛾なんかだと親が幼虫の食草に卵を産みつけていき、幼虫は自分が生まれた場所にある葉を食べる、という感じだったはず。このキマダラカメムシはプラ袋の上にいるが、大丈夫なのか?


 検索してみると、どうも幼虫は数日間何も食べず脱皮に備え、脱皮して大きくなったら卵から離れていくらしい。……ということは、プラ袋の上でも良いんだろう。


 私は安心し、キマダラカメムシの脱皮後の姿を見られることを思ってワクワクした。大きくなってから卵から離れるなら、カメムシ幼虫を私がうっかり踏みつぶしてしまう危険性も少し減るし、良いこと尽くしだ。



 ところが、翌日卵を見てみると、卵の上には赤ちゃんが一匹しか残っていなかった。


 窓の近くを見てみると、一匹赤ちゃんがいる。小さいままだが、もうみんなバラバラに散ったらしい。やはりプラ袋の上だったし、不安定な場所だったからか……。


 小さな赤ちゃんたちはバラバラでいると見えづらい。私は幼虫を踏むリスクを避けるため、観察は断念して戸を閉めた。



 ということで観察日記はここで終わり。

 脱皮した姿を見られなかったのは少し心残りだが、みんな無事旅立ったようで良かった。


 旅立つ前にきょうだい達と別れの挨拶でもしたのだろうか。一匹だけウロウロしていたあの子も自分だけの居場所を見つけただろうか。


 いつか大きくなったあの子達と再会できたら嬉しい。


 とはいえ私はカメムシに足を刺されて以降カメムシ恐怖症なので、まずはそれを治さなくてはいけない。





 こうしてキマダラカメムシとの短い日々は終わった。

 はずだった……。



 キマダラカメムシベビーとの別れのわずか2日後、8月6日。

 洗濯物を取り入れている途中に、寝室の床で何かを踏んだ。


「んっ?」



 足元を見ると、黄緑色の小さな球体が転がっていた。

 よく見ると、いくつか同じような丸い物体が床に落ちている。


 はて、これは何だろう。

 ビーズ? 何か日用品に入っていた物体?

 その人工物的な球体を拾い上げてじっと見ると、それにはフタがあるようだった。



 私は床に転がった複数の球体に視線を戻しつつ、心の中で呟いた。


「キマダラカメムシ……」



 なんてことをしてくれたんだ、キマダラカメムシ。

 いや、何かやらかしたらしいのは私の方か。


 踏まれた球体は何ともなっていないように見える。

 すごい。象に踏まれても壊れない強度だったりして。


 それにしても今年はキマダラカメムシの当たり年なのか?

 秋あたりに成虫が大量発生でもするのだろうか?



 とにかく、取り入れた洗濯物や戸のまわりをうろつき、他にキマダラカメムシの卵が付いているところはないかと探した。しかし発生源は見当たらない。


 次に私は床に落ちている黄緑色の球体を拾い集めた。

 キマダラカメムシの卵は、ネットで画像検索した感じだとほぼ「12個」で数が固定されているらしい。


 これを12個集めたら、キマダラカメムシの神が願いを叶えてくれるはずだ。そう自分に言い聞かせながら、這いつくばって卵を探す。しかしどれだけ探しても、卵が5個しか見つからない。


 ここは寝室。もし見落とした卵が寝室で孵化したら……。



 私は「1ーつ、2ーつ、3ーっつ、4ーっつ、5ーつ……あと7個足りなーい……」と焦りながら、いつまでもいつまでも、卵を探し続けるのだった。




 次にキマダラカメムシの卵が現れるのは、あなたの部屋かもしれません。

 その時には必ず12個集めてください。さもないと……。



 信じるか信じないかは、あなた次第です。





 カメムシの仲間には、子育てをする種もいるそうだ。背中にハートマークのあるエサキモンキツノカメムシ(日本全国に分布)のお母さんは卵を抱きかかえて守り、生まれた幼虫が一回脱皮して大きくなるまでその場で守り続けるらしい。素晴らしい母性愛。





関連エッセイ


「カメムシ差別」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896019060/episodes/1177354054898451884


「カメムシは賢い」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896019060/episodes/1177354054899318483

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